第9話
特別訓練室、かつてはセイガもここで大佐から過酷な訓練を受けていたこの場所に、今はハリュウがいる。
そして……
「よろしくお願いしまっす! ナターリヤ戦次長!」
「ターラでいいよ、近い間柄の奴等はそう呼んでいる」
畏まってお辞儀するハリュウの前には筋骨隆々の女性、戦次長ターラが腕を組み仁王立ちしていた。
ベリーショートの銀髪に凛々しい顔立ち、軍服からタンクトップとパンツ姿に切り替えているため、白い綺麗な肌に残る数々の傷が非常に目立つ。
ふと見ればハンサムな男性俳優のような姿だが、匂いというか雰囲気には確かに女性らしい面も窺える。
「ハイ! ターラ、戦次長と戦えて嬉しいっす!」
そう、ハリュウが選んだのはターラだった。
直属の上司であるサラはかなり悔しそうだったが、ハリュウとしては一番自分の伸ばしたい面、近接戦闘を極めるためには戦次長の力が必要だったのだ。
「戦うとはまだ言ってないのぜ?」
じろりと、ターラが睨みを利かせる、それだけで強烈な圧がハリュウを襲う。
「ハッ! 失礼しました!」
圧に臆することなく真っ直ぐに自分を見るハリュウの姿に満足したのか、ターラはふんと軽く笑った。
「そうだな、オレとお前はタイプが近い…分かるな?」
「ハイ、近接、銃器、魔法、操縦、等…戦闘技術が多彩な面です」
ハリュウは基本は愛槍「風林火山」を使った近接戦を好みとするが、強力な属性魔法の一種である大気滅殺拳を使ったり、装備品であるアーマーを切り替えての多様な戦闘や銃器の扱いにも長け、特に狙撃の腕は天性の才能を誇っている。
万能な戦闘スタイルはデズモスの任務でも大いに役に立ってきた。
「オレは戦闘技術に関しては大佐以外、誰にも負けない自信があるのぜ」
「オレも…そうありたいっす」
ハリュウの不敵な返し、
「ハハハっ、そういえばオレ達は自称も一緒だったか」
そんなハリュウの気迫を知ってか知らずか、ターラは笑いながらハリュウの肩を大きく叩いた。
「あたっ、痛いっすよ、ターラさん」
「だからまあ、お前の言う通り、とにかく戦闘を重ねるのが一番効果は高いだろうぜ……ただ」
「ただ?」
「普通に戦うだけだとつまんないだろう、だからそうさな、戦闘毎に目標なり縛りなりをつけようと思うのぜ?」
ターラは左手を上げ、大きく握りこぶしを作る。
その瞬間、特別訓練室の無機質な壁が消え、荒野に立つ、高くて広い赤茶色の山頂部にふたりは居た。
特別訓練室は、その用途により、様々な環境を空間ごと変えることが出来る、とても高度な場所なのだ。
「いいっすね、まずはどうします?」
ハリュウが油断なく長さ約2mの木製の槍、風林火山を取り出し構える。
「そうだな、『大気滅殺拳』だけで戦うってのはどうだい?」
ターラもハリュウを真似てか、長さ2m程の金属製の槍を持ち出す。
「……え?ターラも大気滅殺拳を使えるんすか!?」
大気滅殺拳はハリュウが再誕する前から覚えていた武術で、ワールドに来てから同じ技の使い手には会ったことが無かった。
「はは、お前さんが大佐に憧れて竜術をこっそり学んでいるように、オレも隊員の使う面白そうな武術は全部勉強してるのぜ」
それは初耳だったが、ハリュウは改めて、目の前の戦士に尊敬の念を抱いた。
「それじゃあ、どちらが大気滅殺拳を極めているか、勝負っすね」
「精々、いい所を見せてくれよ、オリジナル!」
そして、戦いが始まった。
「先手必勝! 火勁剛波!」
ハリュウの槍が赤く染まり炎の連撃がターラを襲う。
「水克火、だぜ」
ターラが両手を前に出すと黒い水の波動が生じ、ハリュウの一撃を瞬時に打ち消した。
「わは、ホントに大気滅殺拳を使えるんすね、流石の反応速度ですよ」
ハリュウが大きく飛び退きながら風林火山を構えなおす。
大気滅殺拳の属性には五行の考え方があり、相生相克が存在する。
例えば『火』の属性なら『水』に弱く(水克火)、『金』に強い(火克金)、そして『木』によってその力を増し(木生火)、『土』の力を増すことが出来る(火生土)。
5つの属性はそうやってそれぞれ結びついているのだ。
今までもハリュウはその性質を使って色々な敵の攻撃を防いできた。
そうなると一見、技を後で出した方が有利にも見えるが、咄嗟に正しく反応することは難しいし、さらには
「ならば、弩窟盧波!」
「土克水!」
ハリュウの黒く光る槍が天を衝くと同時にターラが黄色い波動を展開させた。
「うらぁ!」
ハリュウの槍が打ち下ろされる瞬間、その光は眩い青に変わっていた。
「羅刹颯波だぁ!」
その鋭い一撃はターラを貫く…
かと思われたが、ターラがその前に体勢を変えてどうにか逃げ切った。
「くそっ、やるじゃあないか」
ハリュウは直前で技を変えた、それは『水』から『木』に、つまり自分の技をさらに高める方法であり、ターラの出した『土』に強い属性になったのだ。
こうなると、反応速度、および使い方が勝敗を分ける。
流石の戦次長もまだ自分程は大気滅殺拳を使いこなせていない、そうハリュウは確信した。
「どうします?やっぱり戦闘条件を変えますか?」
ハリュウの挑発、これは余裕ではなく、勝つための布石だった。
この戦いは考えれば考えるほど、躊躇いから反応速度は落ちる。
「だったらこうしたらいいだろっ!!」
ターラの突き出した槍が真っ直ぐにハリュウを捉える、その色は青だ。
「金克木!」
ハリュウも白い波動を纏わせ、カウンターでターラを撃ち抜こうとする。
勿論相手の変化も考慮して準備はしていた。
しかし、相殺されたのはハリュウの方だった。
「なっ!?」
躱す暇もなく、ターラの一撃がハリュウに当たり、ハリュウは上空へと打ち上げられた。
しかもその頂点に着いた刹那、その上にはターラが待ち構えていた。
「はぁぁぁあ!」
蒼炎に燃える叩き落としに、ハリュウは屈した。
大地はもくもくと煙を上げ、ハリュウの体は半分以上地中にめり込んでしまっていた。
「勝負あり、なのぜ♪」
悠々と降り立つターラ、大きく歯を見せながら槍を肩に担いだ。
「あ……何が起こったんすか?」
ボロボロになりながらもようやく手をつき顔を上げたハリュウが疑問を口にした。
アレは確かに青い波動だったのに…
「別に馬鹿正直に属性を教えてやる義理は無いだろ? オレは敢えて青く光る『火』の波動を出してたんだよ」
言われてみると、今の攻撃はどちらも熱かった。
それに気づいていたら対処も出来たかもしれないが、正直ハリュウにはそこまで反応できる自信は無かった。
「策士、策に溺れる……戦う時は相手のことばかり考えてちゃあ…ダメなのぜ」
ターラが手を伸ばす、それを受けヘロヘロと立ち上がりながらハリュウは現状の自分の弱さを思い知ったのだった。
「あ、コレ因みにあと99セットな」
「えええええ!?」




