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諏訪見町のわんこたち、時々ねこ  作者: 竹 美津
わんこやにゃんこ達のお話:本編
8/24

サクナリ喪失


サクナリは煙を見る。

工場に住んでいるから煙突の真下、その先を見るには、遠くに行くか目を眇めるか、天辺に登ってしまうかだ。

天辺に登るとおっちゃん達が、赤くなったり青くなったり忙しいから、今日は真下で目を凝らす。


「サクちゃんこんなとこいたんか。ほれ。」


ごうりごうりと撫でる手は、誰のもみんな、ばりばり縦横、ひびが入って髪を引く。

煙草と油と、時には熟した柿の匂いがする。

鼠の毛皮色の作業着が、トタンの扉をがらがら開けて、ばらばらうらうら外に出る。


サクナリは、ふうんと目を閉じて、撫でた手に溢れた欠片、煙草の灰をひくひく嗅いだ。お昼休みの匂いだ。


「•••観念してウチィ来いや。」

「やだー。」


嫌だという口を、面白げに抓まれて、むうっと眉を片方あげて、ひゅくんと鳴く。

ハハハと笑って、ごうりごうりと頬を撫でられ、じゃあなと沢さんは昼飯に行った。

郷徳さんも松下さんも深っちゃんも、ごうりごうりとサクナリを撫でて、うちに来いと誘っては、ふられて笑って昼飯に行く。


明日、この工場は閉鎖する。合併とかそんなことを社長が言った。サクナリは工場の、空いたドラム缶に寝そべって、足をぷらぷらしながら聞いていたものだが。


工場長がやってきた。

「サクナリよう。」

うちに時々、飯食いに来いや。


工場長だけはこう言ったので、サクナリはひときわバリバリの手に、頬引っ掻かれながら。


「うん。」

と頷いた。


「サクナリは、」

「ああ。」


時々行くよ。


笑う犬の顔、はたはた揺れる白い尻尾にスカートが揺れる。


じゃあお前。

「時々じゃあない時は、どこぇ居る気だい。」


はた、と尻尾の風が止む。


「煙のとこ。」


「おーか。じゃあ、おいさんの煙草の輪っかでも見に来いや。」

「うん。」


でもサクナリは知っている。

工場長の体から、肉の滅びる甘い臭いがすることを。

きっと、そんなにたくさんは、サクナリに煙草の輪っかを見せない内に、消えて煙になってしまうことを。


「見るよ。時々の後。ずっと。ずっと。」


サクナリは見る。


きっと煙になるから、消えたら煙で会いに行く。そう言って、どこかへ消えたサクナリの、全部の気持ちをもってた人も。

工場長の煙も。


新しい合併後の工場には行かない。

煙の出ない工場だからだ。


煙はいつもどこかにあるから、サクナリはいつも、煙を追って、繋がってる道を追うみたいに、ずっと、ずっと。

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