那緒は三日月に笑う4
「玉子焼き、おいし?」
「あ、ああ、その、美味しいよ。ありがとう、那緒さん。」
「那緒……おかあさ、お、おいしいよ!」
うにぃん、ゴロロロ。
喉が鳴るわ。
ワタクシ、高瀬の司と智久に挟まれて、朝ごはん中。ノラの猫っ仔たちも、御相伴に舌鼓だけど、今までも司、ノラにご飯あげてたのかしら。
優しいじゃない。お金もかかるだのに、父子家庭ってやつ、そんなに余裕はないはずよ。きっとノラも、ワタクシたちの夜の猫集会決議ひそひそ、だけの事じゃなくって、ここが気持ちよくて来ちゃうのだわ。
猫のことはお任せあれ、これからは那緒が、ここでノラの面倒を見てやらなきゃあね。
勅使塚が言ってたわ。
ワタクシに遺された財産は、そこそこありますと。足りなくなったら働けば良いわ。
「何でそんなアバズレ猫なんかに……つか」
ギロッ。
司の名前、呼ぶんじゃないわ。
千代子は藤十郎に押さえつけられて、そうよ、警察よ。お望み通り、警察を呼んでやったのよ。パトカーキュキュッと急行よ。
猫だけじゃご不満でしょ?パートナーの、大谷の鬼八郎巡査も一緒よ。
千代子は正座させられた。
やだわ、何で千代子に朝ごはん、食べさせてやらなきゃならないんだ。もちろんワタクシは、贔屓ありあり、面倒みるわと決めた猫、そして司と智久と、せっせとご飯をよそって司にお代わり渡す勅使塚にしか、ご飯あげないわよ。
「広丸千代子さん。こちらのお家は、あなたの血の繋がったお子さんがいらっしゃるお家ではありますが、婚姻関係は家主の高瀬司さんと結んでおられない。広丸さんと結婚している。智久くんの親権も司さんにありますし、不倫関係にある、いわば、公的には、ここのお家に招かれてだけ来れる、お客さんでありますよね。」
何も、ここのお家に対して、権利を有さない。
「ここは私の家よ!」
「違います。大谷巡査、不倫関係にもありません。その、確かに智久ができる時、私と千代子さんに関係はありましたが、彼女が既婚者だと知った時から、私は指一本たりとも彼女に触れていません。広丸さんからも、今後の関係は、深める事のないよう、断つようにと、智久を引き取る時の条件として、誓約しています。」
司は、暴れ千代子に腹据えかねたのか、パッキリクッキリ言い渡す。
そうよね。長い事、司は千代子に、困らされていたみたい。お家にも、来ちゃいけなかったらしいのよ、千代子。
それなのに。気まぐれに来ては偉そうに。
智久の母親ヅラする割に、面倒はみない。冷たく突き放す。
猫の情報、甘く見るなよ。千代子がやってきた我儘気まま、割をくった親子は、苦い思いを堪えてきたんだ。
千代子。
司とゴロニャンの仲良しでもないのに、よく今まで、この家を我が物顔で、靴脱ぎ上がれたもんだわよ。
「高瀬司さんが、千代子さんを家に入れないと決めた時から、不法侵入として扱えます。猫の陽だまり場は、公的にも保護されています。こちらは、今まさに陽だまり場として利用されつつあった。家主の司さんが、許可していたんですからね。そこに不法で侵入して暴れた、という事は、住居侵入罪だけでなく、猫保護法違反としての逮捕もありえます。」
「なっ……!」
千代子は絶句しているけど、今までが甘く見通し。お人好し、司が智久可愛いの気持ちだけで、おかあさんの千代子を厳しくしなかっただけだったんだ。
「うなぁ。智久、ご飯お代わりする?お豆ご飯、おいし?」
「ウン!食べる!おいしい、那緒おかあさん!」
すり、とワタクシにくっついてくる智久は、きっと今まで、さみしの仔。
パクパク食べて、ご機嫌のニココだわ。
「智久……!何でそんなケモノをお母さんだなんて!私がお母さんよ!この家は私の……!」
智久は、もむもむ、ごっくんとブロコリを食べて、お豆ご飯を勅使塚から受け取る。
「ぼくが、広丸のお家に行ったときのこと、おぼえてる?千代子…か、さん。」
おかあさん、ってもう言いたくないのよ、智久。その、しかめた顔を、ワタクシご飯茶碗を置いて、ムニムニとしてあげたの。クフフ、と笑って、少しほぐれた顔だけど、智久はちゃんと、言いたい事をお言いなさい。
「おかあさん、って胸がすーすーして、広丸のお家まで行ったんだ。千代子…か、さんは、ぼくを見つけて。あらどこの子かしら、よその家に入ってくるんじゃないわよ!躾がなってない子ね!……って言った。広丸のおじさんが、怖い顔して、ここに来ちゃダメだ、って。ずっと、千代子か、さんは、広丸のおじさんに、違うのよ、勝手に来たのよ!私はあんな子知らないわ!って。……言ってた。」
ニーン。眉が寄っちゃうわ。
広丸のお家に行くのに、どんなに勇気を振り絞ったか。
智久の気持ちを考えたら、ワタクシ。
もうおかあさんを、最初からやっていなかったじゃないか。子じゃない、親じゃない。言ったどの口で。
沈む智久は、お豆ご飯を、パクんと食べた。
ワタクシは、お胸に寄せて、その小さな肩を抱いて、頭に頬をすりすりしたわ。ヨシヨシ、ワタクシが、ちゃんと愛する。智久、ヨシヨシ。
「うるさいわね!こっちにも都合があるのよ!」
「あなたに都合があるように、こちらにも都合があります。千代子さん。ここではっきりさせましょう。もう、この家に、二度と来ないで下さい。智久にひどい事を言わないでほしい。私も、あなたを……好ましく思う気持ちは、ずっと前に、無くしてしまったし。」
千代子は暴れた。
大谷の鬼八郎巡査と猫の藤十郎が、ガッと押さえて、あらよという間にパトカーで、揉み合いながら連れて行ったわ。
ふー、と司。
ああ、愛しの司。
ワタクシ、尻尾がビビビとするわ。
「智久、学校?」
「うん。行ってくるね。那緒、おかあさん、帰っちゃわない?いる?」
見上げるまん丸、縋る目よ。ほっぺをペロリ、ザーリザーリ。
「ワタクシ、ここにいる。待ってるわ。行ってらっしゃい。」
ぽむぽむ、と優しくよ。背中を叩けば、ニコ、ニッコリと。本当の嬉しい顔してランドセルしょって、手を振って。勢い智久、かけてった。
残った司のお家には、猫たち司に、ワタクシと、朝ごはんの甲斐甲斐し、勅使塚お世話で今頃ごはん。
モグモグ食べる1人に、何となく、司は何かを言いたそう。
ワタクシ、お茶を淹れたわ。
お茶を飲み飲み、コテン、と。
司の肩に、首なげ耳擦り、すりすりと、ああ、やっとねぇ。ワタクシの愛しい司。んなぁぁぁあお。むふ。
す、とお茶を飲んで、司は言ったわ。
「那緒さん。……あなたはボスですね。そして私に、少なからず好意をもっている。か、な。私の自惚れでなければ。違いますか。……勝手な話なんですが、私は、猫を、利用しました。ごめんなさい。猫の陽だまり場として、ここを使ってほしい。そして、私が猫を利用する、那緒さんを利用する、それを、どうか許してほしいんです。」
司のほっぺは赤くなってる。
緊張に。男震いしている。
そしてワタクシを?利用ですって?
良きよ、良きだわ、嬉しいわ。
「ワタクシたちが、智久と司をもらった。それだけよ。」
ううん、と司は首を振る。
あれよ、これって、不器用ってやつ。生真面目、誠実、嘘がつけない。
そんなの猫はどうだって良いのに、仕方のない、可愛い人よ。
「私は、千代子さんを、これで切れると思った。あの人には……本当に嫌な思いをさせられました。」
ギュッと握る拳が、何をか語るわ。
「智久に、猫ちゃんたちがついてくれて。猫の陽だまり場にウチがなって。賑やかで、智久が寂しくない今なら。千代子さんを切れると思った。ずっとずっと、あの人を切り捨てたかった。」
那緒さんが、お母さんになるって言ってくれて。今だ!って思いました。
しょんぼり、と司は肩落とす。
「那緒さんたちが、何で優しくしてくれるのか、分からない。でも、私はそれを、しめしめ、って利用したんだ。父子家庭で、稼ぎもそれほどないし、猫ちゃんたちに、ご馳走をあげられるでもない。甲斐性のない私です。でも、猫がいてくれる家は、賑やかで、楽しくて。こんな家で、これからずっと、暮らしていけたらな、って夢みた。」
―――ワタクシは、雌の威厳でもって、静かに告白を聞いているわ。
「那緒さん。猫は家につくという。この家に、どうか、住んでもらえませんか。猫はいたずらはするけど、嘘はつかないって。那緒さんはボスだ。きっと、一本筋の通った猫だと思う。私は2度と千代子さんに、この家を引っ掻き回して欲しくない。私と、智久だけだと、負けてしまうんです。……利用して、ごめんなさい。父子家庭の面倒見させるみたいに思うかも、でも、那緒さんたちには、迷惑かけないように、しますから!そんなに得なんてかもしれない、だけど、精一杯……!」
す、と司の肩を止めたの。
土下座なんて、しなくて良いのよ。
ああ、ワタクシは手に入れた!!
「司。ワタクシと、パートナーになる。」
「えっ、いや、そこまで厚かましくは!」
「……なる!」
うわっ!と叫び、身体と身体、雄と雌とはピッタリ合うの。飛び込み畳に、司と那緒、1人と1匹んなぁあ〜おおう。ゴロゴロロ。
鼻と鼻をくっつけて、ワタクシ、かきくどく、ってやつよ。
「司。ごちゃごちゃ、どうでもいい。ワタクシは司のパートナー。智久のおかあさん。猫は愛情深いのよ。利用するならしてごらん。オトウサンのカールが、往生するまで、看取りの那緒は、あんなじじいに利用され、面倒みさせられての、散々言われ可哀想猫だって。だけどね。」
可哀想とか、違ったわ。
司はギュッとワタクシを抱いて、真面目な顔して、畳の上。
「楽しかった。嬉しかった。最後を一緒で、ワタクシ、シヤワセってやつ。利用されても包んで抱いて、この那緒、ボスだもの。にんにん、良いよう、ぐるーり、おっきな猫よ。カールは楽しく逝ったった。司と智久、ずっとこの先、お任せあれの、ドンとこいだわ!」
ニャーン。
うっとり、ほっぺをすりすり。
息を飲むのがわかるのよ。純情、不器用、震える指先、どうかそのまま、肩を抱いてね。
「ナオのボス。お祝いのタイ?」
魚屋、真綾が、ニンニンしながら胡座かき、カカカと笑って司が真っ赤、ワタワタ逃げる。あら、良いところなのに。
放され手枕、ご飯の後のゆっくりゴロリと。尻尾がパタパタ、ニシャアと笑う。三日月に。
欲しいものは手に入れて。
大事にするのが猫ってやつ。
千代子は大事にしなかった。粗末にするから手放しちゃうんだ。
「真綾。猫集会、千代子が2度と陽だまり場、来られないよう、ニャゴニャゴやるぞ。広丸の猫に繋ぎ。イタズラしたり、やり放題よ。離婚させ、実家帰らせ尻尾巻かすぞ。」
「アイニャー!」
司がビックリしてるけど。
大船に乗ってどんぶらこ。
猫にかかればなんのその、シヤワセ陽だまり、最後に笑うはこの那緒。
「ヌフフフフ。」
うなぁ〜ぅん。しなり弓形、司に寄り添う。
那緒は、三日月に笑う。




