ミルクのどこ
走る。走る。ミルクは走る。追われて走る。口に咥えたタオル地の、塞ぐ苦しさ、もさもさが舌にえぐっとなっても離さない。
家から出てきて何日か、おっきくぱんぱんだったお腹のミルクは、目をつけられた。
同じノラのクルヤが教えてくれた。あれは、あくしつペット業者なんだって。ペットってのが間違いだって、クルヤは言った。だって、こうして。
ミルクのお腹、混ざり合ったこどもが、ちゃんと生まれた。
ミルクは自分でしたい人とした。ぐっときゅんとぐるぐるなって、その人のことが欲しかったから。窓から入って布団に潜り込んだら、ひえっと言ってでも、ミルクの事を、そっと抱いてくれた。
嫌い、って言われちゃった。
もう会わない。でも、ミルクは後悔していない。
一緒に居たいのは、ミルクを育てた藤原のお父さん。ミルクの全部を持つひとだった。ずっと一緒にいると思ってた。
でも、ミルクが他所で済ませてくると、泣いて、泣いて、またミルクのお腹がおっきくなる度、泣いて辛くて仕方がないって顔をした。
その内、別の犬がきた。
もう、ミルクの事で泣かなくなった。
目が真っ直ぐ見えない。繋がらない。
それが分かってミルクは家を出た。
藤原のお父さんが、ミルクのお腹を見て泣いた、その気持ちと、同じにミルクはなった。でも仕方ない。だってミルクはしたい人としたかった。藤原の父さんが、ミルクとそれをしたかったなんて、ずっとずっと、落ち着く心地の良い匂いは優しかったから、思いもしなかった。
じゃあ、って、お腹が大きくなるまえ、藤原の父さんともしてみたんだけど、もうダメみたいだった。
だからいいんだ。
ミルクはしたいことをした。
お母さんだ。つよいんだ。
ミルクが蹲る、血とお腹の水の匂いがむっとする建物の隙間、その奥。
クルヤはご飯をくれに来た。お乳がたくさん出るように。
ミルクはふらっとなっては寝て、寝てはお乳をあげて、クルヤのご飯を良く食べた。こどもの尻尾は4本、1本だけ、ぐわんと大きい。似てる。すき。
こども服、おしめのパッケージ。どこからかクルヤは持ってくる。時々ミルクのほっぺを舐める。
こどもは毛布に包まって、キュンキュン鳴いて乳を探す。
あったかくて、ほっとする匂い。ふるふる、がたがた、まとめて集めて、もう寒くはないでしょう。
ミルクの泣いた気持ちを吸い取って、ぐんぐん日に日に大きくなる。
その4匹を、はじめてごはんを食べにそこを出た、ミルクの留守に、やられたんだ。
呼んだ。呼んだ。夜に遠吠え、どこ、どこ、どこ!
どこ、どこ!!
おあーあ、あおーうおうおう!
ひゃん、と遠くで声がした。車のドア、ごー、バタンと閉まる音。連れていかれる!
ミルクは走った。車のエンジン、ぎぎぎ、ぐぎぎぎ。るるるるん。
ドッ、と走り出すその瞬間に、窓からごわんと飛び込んで、運転席のしっちゃかめっちゃかを蹴り出して、ほら居た!ミルクのこどもたち。3匹抱えて1匹口に、ドア開けバッと走り出る。
いやだ、いやだ。だってきゅんきゅん泣いてるじゃないか。ミルクのだ。ミルクのだ!
ジグザグに走って細い道。車で追われてぜえはあ、脚がぬるっとしはじめた。血の匂い。指の爪は車のドアに引っ掛けて剥いだ。
滴る匂いが気になるけど、ひとはミルク達ほど匂いを知らない。だから大丈夫、たぶん。
木の匂い。立て掛け材木、その、壁と木の間につるっと入り込む。先へ、先へ、追いかけてくる、車を降りて、ひたひた、音がする、声がする、どこだどこだ、あの雌はどこだ、やっちまおうか、どうせ傷ものだし、邪魔だ。
ミルクと、ミルクの泣いた気持ちを吸ったこどもは蹲る。
木と木と木が、たくさんある、暗い部屋。ごそごそ、削り屑。ふー、はー、息に舞い上がる、木の乾いた匂い。コンクリートの冷たい床、だけど、冷たくない場所もある。古い畳が重なってる。
そこへ、そうっと身体を寄せる。
汗かいた胸に、こどもがきゅんと鳴いてお乳をふんふん探した。ふんふん、ふん。口がばくばく、もうそんな時間だった。
ミルクは服をぐいっとあげて、小さいのから抱き上げた。
「あら、赤ちゃん。と、お母さん?」
力さんの工場に、いらっしゃい?
低くて優しい声の人が、見つけてくれて。
ハイクロ、カンロ、ペパロニ、ソルティの4匹のこどもが大きくなって。ミルクに挨拶にくるようになるまで、木の匂いのおうちに匿ってくれるだなんて、ミルクは知らなかったけど。
「あらあら、可愛いわねぇん。力さんが来たからには、もう大丈夫よ!」
一緒にいたり、したりする人じゃなくても、ほっぺを撫でて、ほっぺをぺろりとしてくれる、人は、犬は、いるんだ。
ミルクは、後悔しない。
ミルクのどこを、ちゃんと。
八千代とこども、ちゃんと、見つけたんだから。




