クルヤのおうち:椎根とクルヤ:よっぱらっぱ
川に流されるおうちの記載があります。
苦手な方は、すみません、避けてやってください。
てんてん。と、てん。てん。
クルヤの家はトタンの屋根。
やねとやねとの間の隙間、クルヤの身体がふたつ分の幅。
隣はタバコ屋、もう一つの隣はたこ焼き屋。間のクルヤは、なんでも屋。
今日の雨は、お上品だ。
てんてん。と。てん。てん。と、てん。
台風の時。クルヤの家は、隣と隣の家の屋根から、どざっと水が集まって、ざあざあ川底の音になる。
どどど、どどどどどろろろろろ。どどどど。
ざざ、ざああ、ざざざああ。ざああ。
どばしゃーって感じの屋根打たれ。
たぶん呼んでる。
昔むかしの、お乳を分けた兄弟が、冷たくなって川の底。
まだ、目が開かないうちに流された。川の側のおうちにいた、誰かと、誰か。
むぎむぐ、あったかかったお乳の感じを覚えているから、きっと母さんも。
どっと来た時、大きな手、水の中。苦しい苦しいのクルヤを、ほっぽり投げた。
がんっ!とキラキラがきて、ぷつっときれた後、目が覚めたらもう、クルヤのお家は無かったらしい。流されたんだ。
時々、最後にクルヤを掴んでほっぽり投げた手を、思い出す。
ギュウっと握って、ひと掴み、ほんとに痛かったんだ。時々その、ぎゅっと痛いのが、欲しいような気もする。
てん、てん。と。てん。
ぼんやりしてたら、松坂のレツが来た。黄色い傘。長靴、ぶかぶか。てん、と、てん。
レツが、ぐいっと、差し出す布。
「えー?」 まーたぁ?
レツは家もあるし、一緒いっしょの人だって居るのに、よく抜け出して物を売りに来る。ムッとした顔で。
でも、それって、もってくる家のひとに言ってないから、クルヤは時々怒られるし。
「スカート?えー。」
食べられないものは、あんま売れない。特にこういう、ひらひらの。
「レツ着れば?」
「やだっ!絶対!!」 がーるるるるる。
レツは大人、大人のちびっこ。店番、座ってるクルヤと、立ってても同じ位の背の高さだ。パピヨンっていうのらしい。
木で作った、パタンと倒れたり出したりできるカウンターにこないだ、肘ついてガラガラガタン!と倒れて大暴れした。倒れるよって言ったのに。
自分が悪いのに、よく分かんないけど、いつも怒ってる。疲れないかなー。
「えー。またけんか?」
いつも怪我してる。今日のはなかなかすごい。強いのとやった、みたい。匂いも、うん。
「あー、ハイクロ?」
だな。ハイクロだ。勝てるわけないのに。ハイクロとやったって。
「があああぁぁーっ!おさけ!」
がんっ!とカウンター。またバタンて落ちたけど、今日はレツ倒れなかった。覚えたみたい。
おさけはダメだな。隣のおばあちゃんにもらった三角の、ころころっとしたのあげよう。甘くて、おちちでいちご、美味しい。
「なんで!お酒!!」
「あー、サービス。レツ泣くし、お酒ダメ。」
クルヤは出かけるし。スカート、売れないし。
「乳めぐり!?」
「おー、そー。乳めぐり、ね。」
くんくん、いい匂い乳めぐり。きゅんきゅん、ちっちゃいこども。かわいくてすき。クルヤも産めたら良かったのに。
女の子ナンパしてみたけど、ここのお家狭いから、こどもここで産めないって断られた。
うーん。お家のある子は難しいし、うーん。クルヤはほんとのとこ、こどもはいくらかいるんだけど。
センターに協力、ってやつで、わかんない機械で、ぶるぶるってすると子供のもとが出る。
お金すごくもらえる。
クルヤはどうやら、いい血の犬らしい。シュナウザーっての。書類、流されちゃって、わかんないんだけど。
ほんとはこども、ひとりほしい。って言ったら、センターの針谷さんが、おかねと、おうちと、あとこどもに好かれること、って条件を出した。
クルヤは商売やってるけど、そんな上手くもない。
ぶるぶるってするのは繁殖期の年二回だから、こども、ひとりくるにはあと5回位ぶるぶるしなきゃなんない。
でも、ぶるぶるする時、なんでかあのぎゅっと痛い手を思い出して。弾けるみたいな胸のなか、それからつつうと鼻のなか、しんとしてくるから。
がっかり尻尾が垂れて、痛痒くって、あのあと、なんもする気なしーってぐったり、耳もダレダレ。勇気いる。
女の子とする、柔らかくってほんわり気持ちいいのと、全然違うくって。すごくがっかりする。
「••••••あー、レツー。」
「レツも行くっ。」
レツの耳垂れ。
怒ってばっかりのレツは、あんな感じのがっかりが、たくさんくるんだと思う。それで、すぐまたゴワンと怒るのがくるんだろう。やっぱ疲れそうだなー。
「うん、うん。」
じゃあ、一緒いくかあー。
レツの横、ぱしぱし雨の粒。髪を濡らす、匂い、生きてる。きもちいい。
ぴたぴた、落ちる雫、レツは黄色い傘で避ける。いやな顔してる。
さくさく歩く、ときどき、ぶるるってすると、黄色の傘が、きゅって縮まる。おもしろい。
「冷たい!」
「あー、うん。いーいきもち。」
くすくす。楽しいと笑っちゃうね。レツも濡れればいいのに。
ほんとのとこ、お金がたまっても、あの家を出るかはわかんない。
てん、てん、と。てん、て呼ぶ雨の音、兄弟が、挨拶しに来られなくなるかもだから。
クルヤが、ちゃんと、楽しんでるかどうか、時々、見に来てくれるんだとおもうから。
「もー!」
レツはぶつぶつ。
ぺろんと舐めたら、ひゅっと縮んだ。
隣町のミルクの、二度目のこどもがあったかい部屋のなかから、ひゅんひゅん寄って、雫をたくさん舐めてくれた。
そのときも、レツはうえーいって顔してみてた。
あったかいのと、つめたいのと。
ほんとはどっちも、同じところから来てるって、レツはどうして気付かないんだろう?
クルヤはどっちも、大好きなんだけどもな。
***
そんなこと言ったって会っちゃった。
椎根に。
クルヤの、うああぁんに。
「お店。どうするの?」
レツがうがうが。クルヤはほわほわ。椎根。埃。湿り、黒いあの服、火に乾いてく、クルヤの血。
思い出しては。
「うあああ•••ん•••あー。」
何がクルヤの中に。
入ったのかな。
虫みたいなの。ぞわぞわするの。
火と人ひとと。
椎根の匂いを思うとき、クルヤはゾッとびりびりと。使い物にならないわんこ、溜め息、でもね。
クルヤみたいなおっきいのは、喜ばれないって。
ごめんって。
「あー。ごめんねって•••。」
椎根、言ってた。しゅん。
「があ!あいつやだ!レツはやだね!」
だからいいじゃん、ごめんねでもいいじゃん、てレツはそんなで。
だからってでも、クルヤの中にはもう、何かがあって、どんどんざくざく、椎根の形に削られていく。
どこもかしこも。
あっちもこっちも。
滅茶苦茶なんだって。レツも知ってる癖に。
「あっ椎根!」「わうっ!!」
ああん。尻尾振れちゃう。どきどきやきもき。ああああん。
べしっ
「きゅん!」
「•••恥ずかしい。声に出てるから、クルヤ。」
椎根。叩かれた。耳垂れ尾垂れ。ひんひんと。
「だから声に出てるって。あー。」
唸ったあと、椎根は言った。
「あのさ••••••家出してきたんだけど、•••泊めてくれる?」
クルヤの尻尾は振れすぎて、空の彼方に飛んでった。
***
「もう。クルヤ!止めなっ!」
「あー。やだよう。やだやだ。」
いつもと逆、レツからダメ出し。
ばたばた。やだやだ。
クルヤの家に椎根がいる。
椎根はクルヤとくっついて、ふーかふーかと眠っては、学校へ行く。
「やだあ!」
何がやだって、何もやな事がないのがだ。椎根はいい子で、しつけもきちんと、部屋の隅っこ丸まって、クルヤの邪魔したりなんかしない。
「なにがやだよ。」
「うわん。寂しい。」
寂しい寂しいのわんこ。ワインらっぱっぱ。部屋が一緒だって、こっち向いてくれないんじゃ。
「一人みたいなのクルヤ。椎根いるのに。わんゎん。」
「ふーん。」
ぐびり。
レツもらっぱっぱ。
「さいすけらって全然ダメだもんれつのことわおーん!」
ひあーん!
いきなり泣き出すわんこが二匹。
昼間っから店のまえ、でも椎根帰ってくるんだよな、ってクルヤはやっぱ、片付けよ、なんて台拭いたりして。わおーん。
午後3時までの酔いどれわんこ飲み会だった。
椎根にバレて、ぽこり。頭にげんこ、耳垂れクルヤは、えへへと笑った。




