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諏訪見町のわんこたち、時々ねこ  作者: 竹 美津
わんこやにゃんこ達のお話:本編
10/24

おりこうなクルル


私達のパートナーである犬達は、純粋な人と比べて、決して知能が劣る訳ではありません。


喋り方がたどたどしい、幼く聞こえる単語の連なりでしか言葉を発する事ができない、だから劣っている、とおっしゃる方もいるでしょう。

ですが、それは偏見です。


まず彼等は、言葉の代わりに情報の5割程度を、耳と尻尾、それから表情や声色、匂いなどで伝え合います。人でも行っていますが、彼等はそれでおおよそ充分なのです。口にするのは、その上くどくどしい、と彼等には思えます。

もし伝わらない事が多い、とあなたが思うなら、それはあなたの、受信アンテナの形が、ちょっとばかり犬達より大雑把にできていて、繊細な音の違いを聞き取れない。そういう事なのです。


そして、有耳有尾の者達でも、きちんとした学習を早期に始める事によって、全く人と変わらない言語能力を有する事ができるのです。

もちろん他の能力においても然りです。


それなのに、人口の約30%が何らかのアニマルの恩恵を受けている今現在であっても、従属的な見方でしか彼等と付き合っていけない人が沢山います。

彼等はあなたのアイピローやお気に入りのクッションでは、ありません。

その上、何でも言うことをきく奴隷や召し使いなどでも、ありません。

それを私は改善したいのです。


そう、私の身を以って、できることなら示しましょう。



******



クルルはおりこうにしている。していなければならない。


講演の最後はクルの番だ。難しめの言葉で喋る。ほんとうは簡単なことでも。

それが、「犬達の未来を救うの」だって、初音教授が言うからだ。


なるべく「威厳」をもって。「好感度」の高い、清潔な笑顔で。且つ、「媚びを感じさせない」ように。


その度合いはどのくらいかなあ、というのを、クルは、最初に初音教授の部屋で練習をした時から、一回も忘れた事はない。ベッドの上で、もうちょっと口の端っこあげて、そうそう、ああ、だめだめ、それじゃあ嬉しい笑顔すぎるわよ!あははは! って言った教授の笑い声、そうして丁度良かった時の、誉めてくれる、そう、言葉が、言葉がもう、クルには聞こえている。


「はじめまして、私はクルルです。初音教授の学習カリキュラムで、皆さんともっと分かり合えるよう、きちんとした言葉を学習してきました。••••••私のおしゃべりは、どうでしょう、聞きづらくはないですか?」


一息に喋る。おおおお、と声があがるのも、いつもの事だ。これはクルが考えた。最初は紙に書いて、覚えて、喋る。いつも少し、内容を変える。でないと、「ただ記憶を繰り返すスピーカー」なんだろう、と悪評叩かれてしまうから、だ。


大体喋ることが終わると、質問コーナーがあって、その時は初音教授が人を選ぶ。あんまり変な事を言う人だったら、初音教授がクルを助けてくれるけれど、なるべくそれはしないって、教授とクルルとの2人で決めていた。

クルが何とかするのが、クルの力を皆に見せる、事になるからだ。


「••••••教授は、その、クルルさんと一緒に暮らしているんですよね?お子さんも体外受精でできたとか•••。その•••、教授は68歳と聞いていますけれど、年齢の事もありますし、おっしゃってる論とご自分の家庭生活は、合ってないんじゃないですか。それからお二人のお子さんの成績なんかについても、お聞きしたいんですが。」


クルは考える。難しい言葉は、簡単な言葉に直して考えなさい。その内考えなくても、かんたんな方の意味が難しい言葉にくっついてくる。

全てはその繰り返しなの。わかる?


『歳とってるおばあさんの初音教授が、若いクルルと暮らしてるのは、なんかえろい』

『お前らの子供はバカなのかどうか』


初音教授はえろいかも。でも、こういうとこでそういうこと言っちゃ、おりこうじゃない。

それにクルだって時々えろいし。

みんなだって発情期じゃなくたって、撫でられたりぎゅうっと抱いたり、抱かれたりしたいんじゃないかなあ、と思う。


クルと初音教授の子供はバカじゃない。かわいい。

ちょっと拗ねていて、家から出ていった。大学生をやってるんだっていう。

クルは寂しい。

頬っぺたを舐めたら、好きなんだけどでも、もう子供じゃありません、って顔をした。払ったら悪いかな、っていうふうに、心の尻尾が二回位、揺れている。舐め返すのはやめて、口を噤んで、我慢する、あの目。あれはとてもかわいい。


「••••••私も教授も、お互いのできる範囲で、家族同志助け合うし、楽しく暮らしていますよ。お考えのような、一方的な関係ではありません。それから。」


この質問が終わったら、初音教授はきっと泣く。悔しくって。

言葉、言葉はきもちいいもの。時々それが鋭く痛むもの。

ふるふると振るう尻尾があるなら、元気ない時の伏せた耳があったなら、皆、教授と八千代みたいにならないのに。

八千代には、便利な犬耳も、素敵な尻尾も、付いてなかったのだ。


「うちの子供は、とってもいいこです。某大学で、なかなか真面目に、勉強しているようですよ。」


お手本の微笑み。クルの笑顔で締めくくる。


ああ、教授、泣かないで。


クルは笑いながら、もう後ろの早い呼吸と怒りの温度が伝わって辛かった。尻尾を、耳を、動かさないようにするのがとても辛くて、辛くて、この間遊んだ事やなんかを一生懸命考えて微笑んだ。

これがおしごと、でしょう、八千代。


ねえ八千代。

クルは知ってる。


まざりはじめてしまったら、もう純粋なふたつにわけることはできない。

コーヒーとミルクみたいにだ。

だから、二人の痛い気持ちも、この先、みんなが味わう痛みでしょう。

そんなの、今年は寒いよね、ってくらいのことじゃないかな。


ねえ、クルはおりこうでしょう。


難しい言葉で言わなくても、わかるんだ。


家にいるとき、そっぽむいてても。

二人の心の尻尾が、ほんとは揺れてるんだって。


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