変わらぬ愛をここに
その日は突然訪れた。
ある日の食卓。口を開いたのはアルベルトだった。
「ユウヤ君がここで暮らすようになってそれなりに時間が経った。そろそろ結婚式をしようと思うんだ」
ゴクリ、と生唾を飲み込む。ついにこの時が来てしまったか。
嫌というわけではないが、いざ結婚するとなると嬉しいや幸せよりも漠然とした不安の方が大きい。
「具体的には明日……」
「ゲホッ!ゴホッ!」
予想よりもかなり早い日程に思いっきりせき込んでしまった。
「どうした?何か問題があるのか?」
問題しかねぇわ!もっと余裕をもって日程を組め!前もって連絡しろ!なんて言えるわけもない。
「な、なにもぉ~?」
これが俺の精いっぱいだった。情けない。
「み、みんなにはもう伝えてあるのかよ。急に結婚式やるなんて街のみんなの予定も合わないんじゃないか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。君とユエナの結婚を認めてからすぐに結婚式の予定は皆に伝えてある」
「え」
思わず声が出てしまう。知らなかったの俺だけかよ!というか街の奴らは結婚式が決まってるって知っててあの反応してたのかよ!
ぐぬぬ……と唸っている俺には誰も触れずにアルベルトは淡々と、けれども心底楽しそうな顔で話を続けた。
「人間の結婚がどういうものかは知らないが、我々の言う結婚とは一人に生涯愛を捧げ、共に残りの生を歩んでいくという誓いのようなものだ」
なるほど。ここまではほとんど人間の結婚と変わらないな。この世界の人間の間での結婚がどういうものかは知らないが、おそらく俺の考えているものとそう変わらないだろう。
「結婚をするにあたり、我々はそれを公に知らせる儀式を行う。それが結婚式だ。魔人の結婚式は晴れ着を着た結婚する二人が街を歩き、街の人間全員に結婚を知らせ、生涯の愛を誓うものとなっている。どうだ?何か質問はあるか?」
質問と言われても、なんで俺にだけ黙っていたのかとかユエナの晴れ着ってどんなのですかとかユエナを産んでくれてありがとうございますくらいしかないけど……
「無いようだな。それでは、今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ」
話を聞く限りそんなに体力が必要なようには感じないんだけどな。でも、アルベルトのことだ。こんなことを言うのには何か理由があるのだろう。今日は早めに休むことにしよう。
その翌日。
「まぁ、こんなものだろう」
俺はしっかりとした礼服を着せられ、鏡の前に立たされていた。
「この服、本当に似合ってんのか?なんか自信ないんだが……」
「何言ってんだ。俺が見立ててやったんだ。最低限外に出してユエナと並んでも恥ずかしくない格好をしてるよ」
「なんか話し方違くね?」
「いいだろう?たまには気を抜いても。男同士仲良くやろうじゃないか」
ニッと笑うアルベルト。この人にもこんな一面があったのか。かっちりとした印象が強い人だったけど、素と公の差が大きいだけで思っているほどガッチガチではないかもしれない。
そろそろユエナの着替えも終わるころだろうか。談笑していても気になってしまう。
「なんだ?さっきから目が泳ぎまくってるぞ?ユエナのことが気になるか?」
「そりゃあもう」
即答した。仕方がないだろう。ユエナの晴れ着姿か。晴れ着ってどんなのだろう。ウエディングドレスとかかな。それとも普通のドレスとか?
これから現れるユエナの晴れ着姿に思いをはせていると、コンコン、とドアがノックされた。
「どうぞ」
ガチャ、と開いた扉の奥には、純白のドレスを着たユエナと、うるんだ瞳でユエナを見ているエレナさんの姿があった。
ドレスは白色でユエナの清廉さや美しさをより一層際立たせ、レースなどで装飾されてはいるが、決して主張は強くなく、派手な印象ない。ひらひらふりふり過ぎず、けれど素朴というわけではなく自然と目を惹きつけられるユエナのようなドレスだ。
思わず見惚れていると、アルベルトが肘で突いてきた。
しまった。女の子がおめかししてきたなら感想を言わないと。
「すごく綺麗……かわいいよ」
「ほんとに?…………ユウヤ?なんで泣いてるの?」
「え?」
目の下に触れてみると涙でぬれていた。あれ?なんで泣いてるんだろう。
「かわいいユエナを見て、これまで大変だったけどこれからはユエナともっと時間を共有できると思ったから……かな?」
「そ、そう……いつも肯定するようなことしか言わないから……こんなにかわいいと思ってくれてるなんて……」
小声で何か言っているユエナ。珍しく照れているのか顔を赤くして目を逸らした。
「ほんとに……ユエナが結婚するのね……」
「ああ。それも人間の男と、だ」
アルベルトとエレナさんは感慨深そうにこちらを見ていた。
「ユウヤもかっこいいよ。いつもと雰囲気が違って、惚れ直しちゃう」
「ありがとう。……ユエナ、これまで一緒に旅をしてくれてありがとう。いつも隣で支えてくれてありがとう。俺と……結婚してくれてありがとう。これからも……一緒にいて俺を助けてくれますか?」
「私の方こそ、あの時見つけてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。いつも隣で支えてくれてありがとう。これからもよろしくね?」
「そろそろ行こう。みんなが待ちくたびれてしまう」
長引きそうな空気を察してか、このままだと涙腺が崩壊してしまいそうになったからかアルベルトが俺たちを外へ促した。
「気づいてるんだろ?」
「なににですか?」
アルベルトの目は少しうるんでいるように見えた。初めて会った時よりもアルベルト達との関係はずっと良くなった気がする。今は、この空間が、この人たちと過ごす時間が、たまらなく愛おしい。
◉
ざわざわと大勢の話し声が聞こえる。
俺たちは噴水がある街の広場に集まっていた。集まっているのは俺たちだけではない。この街の住人全員が集まっている。
話し声は収まらず、ずっとざわざわとした声が聞こえている。
「ゴホン!」
わざとらしくアルベルトが席をすると、すぐに場が静かになった。最近忘れてたけどこの人めっちゃ信頼されてるんだよな。こういう時はこの人がこの街のリーダーだと思い知らされるな。
場が静かになったことを確認してからアルベルトが話し出した。
「皆、今日はよく集まってくれた。知っての通り、今日、我が娘ユエナと人間の男のカシワギユウヤが結婚する。よって、この結婚を皆に広く知らせるとともに、この結婚の証人となってもらう。では、カシワギユウヤ、前に出て自分の意志を表明しろ」
は?何それ。そんなの聞いてないぞ!これって下手なことを言ってみんなの信用を失えば結婚もなかったことになるんじゃ……
こんな大事なことを急に振ってくるなよ!
とにかく何か話さないと……
「え、えーっと……」
変に取り繕って変なことを口走るよりは思っていることをそのまま行った方がいい気がする。
「改めて、柏木勇也です。この度ユエナさんと結婚させていただくことになりました。皆さん知っての通り僕は人間です。でも、ユエナさんと会って、この街で過ごして、自分の考えが間違っていなかったと確信しました。人間も魔人も何も変わらない。種族の違いなんて関係なく僕はユエナさんを愛しているし、皆さんとも仲良くしたいです。今後ともよろしくお願いします」
これでよかったのだろうが。緊張しすぎて何を話していたか全く覚えていないんだが。
「では、ユエナ。意思表示を」
よかった。あれでよかったっぽい。今度はユエナが前に出て話し始めた。
「私は、ユウヤが好き。誰が何と言おうと結婚はやめない。それと……私が、人間と魔人の橋渡しになれたらいいな、と思う」
ユエナ……そうだよね。ユエナが俺と結婚してくれる。それは、人間と魔人という異種族間のもので、俺なんかよりもずっと覚悟が必要だっただろう。ならならば俺はユエナを守り、サポートし、ずっと支えていこう。
「それぞれの意志は理解していただけただろう。この結婚に反対の者はいるか?」
アルベルトが全体に向けて問いかける。ここで意義があったらどうしようかとヒヤヒヤしたが、幸い誰も意義を唱えなかった。
「それでは、皆、新たな人生を踏み出す若者に祝いの言葉をかけてやれ!」
アルベルトの言葉を聞いた途端、待ってましたとばかりにその場にいた人たちがこちらにやってきて口々に祝いの言葉をかける。
「おめでとう!」
「次は俺の結婚を祝ってくれよ!」
「ユエナ、かわいいよ!」
などなど……いつも仲良くしていた人たちが言葉をかけてくれた。仲のいい人たちに祝ってもらえるってこんなにも幸せなことなんだな。
祝いの言葉がひと段落した時、男連中が俺の前に現れた。さっきまでは笑顔で祝ってくれていたのに今はなんだか表情が暗い。
「カシワギ……」
その中にいた八百屋の兄ちゃんが低い声で話し始めた。
「ユエナがみんなから慕われてるのは知ってるよな?」
「あぁ。見てればわかる。それがどうした?」
何が言いたいのかわからない。慕われているのはいいことじゃないか。
「何が言いたいかわかるか?」
さっぱりわからん。
「ユエナと結婚したいって気持ちは俺たちも同じなんだよぉ!」
……?……!?
突然のこと過ぎて一瞬思考が止まってた。
なるほど。なんとなくそうなんじゃないかとは思っていたが、いざこうして言われると嫉妬と独占欲が出てきてしまうな。
「ユエナと結婚したければ俺達を倒してからにしろ!」
「はぁ!?」
今度は声が出てしまった。こんな漫画みたいなこと本当にいうやつがいるんだな。
「行くぞ!」
「え?ちょ、ま……!」
明日に備えるってこういうことかよ!俺が何の準備もできていないにも関わらず魔人たちは一斉に襲い掛かってきた。魔法で、拳で、武器で。というか武器って、どこに隠してたんだよ。
俺は急いでギアを上げ、全方位に向かって威圧的な圧を放つ。
襲ってきた魔人たちの何人かは怯んだが、ほとんどはそのまま突っ込んでくる。だが、更にギアを上げ、実際に抵抗を感じるほどに圧を上げ、そのまま魔人たちを吹き飛ばした。
「誰が何と言おうと、ユエナは渡さない。言ってることがクズってのはわかってる。でも……なんとなくわかるだろ?言葉では言い表しづらいんだよ」
俺は拳を握ると、魔人たちに向けて構えた。
その場の全員が不敵な笑みを浮かべ、漢の戦いが始まった。
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次回も金曜日の18時に投稿します。




