2-1 三輪自転車
チャプター01
三輪自転車
ゴムの木に切り傷をつけ、そこから溢れ出る樹液がゴムの原料となる。
ナリテ村を魔族の手から解放したあと、俺はさっそく森の中に入り、目当ての物を入手。
これに硫黄とカーボンブラック等、そして自作の合成ゴムと混ぜ合わせて帯状に成形。
ナイロンをすだれ状の布にして、帯状のゴムでサンドイッチし、
ワイヤーを通してタイヤの下地、カーカス部を製作。
その上に溝を付けたタイヤの表面トレッド部を貼り合わせ。
熱を加えて成形し、ついに、念願の、自転車のタイヤ第一号が完成した。
「ふむ、このスキルは実に便利だな」
スキル鉱物操作を使えば材料さえ用意すれば鉱物以外の薬品加工も行えてしまう。
ある程度の材料を確保できたのならば独自構造、配合のタイヤを研究するのもいいだろう。
さて、俺は自転車技士だ、タイヤを作っただけで満足する気はない。
ここが林業で成り立つ村だというなら資材運搬用の道具が必要だろう。
そのための自転車を今ここで作り上げる。
タイヤサイズは20インチ1本と16インチを2本。
カーカス部とトレッド部の間に軟質プラスチックフィルムを挟み込で対刺突パンク仕様に。
フレームは極太の一本を曲げてノの字に組み剛性と跨ぎやすさを確保。
後輪はタイヤを2つ、前輪はタイヤを1つの三輪自転車を組み上げる。
2輪と違って転倒する事が無いという理由でご年配向けとよく思われがちな三輪自転車だが、
その実、通常の2輪とは乗り方のクセが違う為、買ったはいいが乗れずに倉庫にしまってしまう顧客は割と多い。
自転車とは基本的に”車体を傾けて”曲がる構造だが、
三輪は転倒しない=傾けられないので曲がる際に独特な操作感覚になるからだ。
それを解消するために三輪自転車にはスウィング機構という物が搭載されており、
後輪2つはそのままで前半分だけが傾く構造になっているため、通常の自転車とほとんど同じ乗り味にはされている。
が、それはつまり転倒しないから三輪自転車を選んだご老人にとっては望んでいない機能であり、
一応メーカー品ならばまず付属するスウィング機構固定用の金具を装着して足腰の弱ったご老人に渡すのだが、そうすれば今度は曲がりづらくなる。
三輪自転車は「転倒しないから楽な自転車」と思って買うと失敗しやすい自転車だ。
しかしそれを差し置いて、現状最も荷物を運ぶのに適したのがこの三輪自転車でもある。
後輪2つの間に大きなカゴを取り付け、かつ耐荷重も確保されているため通常自転車の倍以上の積載量を誇る。
積載量と言えば、通常の自転車の後ろにリヤカーを引かせている者もいるが、
あれは通常の自転車の構造を大きく無視した負担をかけるため、結果的に自転車の損壊に繋がる。
自転車は状況に合わせた最適な構造のモノを使うべき、外部装備はよほど計画的なものでない限りは奨められない。
さっそく組みあがった三輪自転車をもって木こり達の元へと向かう。
木こり達は伐採した木材を選別していたところで、リーダー各の中年の男が俺を見つけ手を振る。
「おお! 鉄の勇者のあんちゃん!」
ナリテ村を魔族の手から解放してから2日が経ち、村は復旧作業に入っていた。
これまで休止させられていた木材の調達も再開し、作業は順調のようだ。
木こりの男は作業順調と豪快に笑いながら。
「いやぁ、伐採道具もなにもかも壊されちまってたからこの村はもう終わりと思ってたんだが。
鉄の勇者のあんちゃんがこんなに大量の斧やら道具やらを用意してくれたお陰で、
前よりも作業効率が上がったぜ」
「他に必要な物があれば言ってくれ」
ヒィロには村の復興に協力して欲しいと言われている。
希少金属は出すなと注意されているのでミスリル製の斧なんてものは作らないが、
鉄や鋼製程度の道具ならばいくらでも作り出そう。
その代わり。
「ああわかってる、ゴムの樹液がこれからもいっぱいいるって言うんだろ?
あんた達の頼みだ、俺達は協力を惜しみやしねぇよ」
と、ここで俺がもってきた三輪自転車に気が付く木こりの男。
「あんちゃん、そりゃいったいなんだい?」
「木材運搬用の自転車だ、これがあれば運搬作業が楽になるだろう」
木こりの男に自転車の使い方を教える俺。
スウィング機構があっても二輪と比べて転倒しづらいという利点はあるので、
自転車に乗った事がない者でも乗れるようになるにはそれほど時間はかからない。
木こりの男はそういった要領がいいのか、数度試しただけで三輪自転車を乗りこなしている。
「おお! こりゃいい! この速度で後ろのカゴに物詰んで運べるわけか!」
馬や牛車のように色々と準備する必要もなく、身一つで運搬作業ができる自転車は便利だろう。
後ろのカゴも日本でなら道路交通法規定違反の大型サイズだが、この世界でそんなものを気にする必要はない。
さすがに発電機などの関係で電動アシスト機能は搭載していないが、肉体派のきこり達には不要と判断した。
しかしこれは試験機、まだまだ環境に完全に適応したマシンとは言えない。
「これをしばらく使って、要望があれば聞かせてくれ。
それを元に改良をし、最適な自転車を作りたい」
「なるほどな、あんたのその目、職人だ。
ところで俺達がとってきたゴムの木の樹液ってのは、どこに使われてるんだ?」
「このタイヤという部分だ」
「ほぉ! あの樹液がこの柔らかいのに硬い妙な部分になるのか!?」
自分達の採取した資材がこんな使われ方をされているとは、と喜ぶ木こりの男。
「よぅし、あんたの職人魂気に入った! 俺達も気合で協力させてもらうぜぇ!」
部下達に喝を入れながら、作業に戻っていく木こりの男。
さて、一仕事終わらせたので、時間は少し早めだが昼食にするか。
村の中央広場では、今はマレジキがスキル・レストランを使って炊き出しを行っている。
ある事情でこの村の食料は不足しており、魔族の手からこの村を解放しても厳しい状況であった。
その事情というのは実にくだらない内容だったが、現実に村人たちは困窮しており。
それならばとマレジキは協力を惜しまず、連日炊き出しを行ってくれている。
広場が見えてくれば、スープのはいった大鍋から器に盛りつけ、村人に振る舞うマレジキの姿。
村人はやたらと仰々しくスープを受け取り。
「本日もお恵みに感謝いたします、女神様」
「ゆっくり召し上がってください、それと私は女神ではありませんから……」
「ありがたやありがたや、女神様の施しに感謝してもしきれませんのじゃ」
「いえ、ですから私は女神ではなく……。
ああ、お婆さん、そんなに慌てなくてもスープはたくさんありますから」
無償で食事を提供するマレジキは村人から『女神様』と呼ばれている。
本人は毎度しっかり否定するのだが、どうにも本気と捉えられていない。
今日の炊き出しは、豚肉と大豆をケチャップで煮込んだポークビーンズとバターロールか。
俺に気が付き、マレジキの顔に花のような笑顔が浮かぶ。
「あ! ワグルマ君! お食事ですか?」
「ああ、いただく」
器に入ったスープと皿の上のパンを受け取り、席に着く。
俺達からすれば質素なぐらいの普通の料理だが、この世界の住人にとっては御馳走らしく。
人類側の食生活がどれだけ追い込まれているのかと思わされる。
質素な料理と言ってもとてもおいしく、行った事は無いが高級ホテルのレストランに出せるレベルではないだろうか。
…………うまい、やはりこのうまさは炊き出しの範疇を越えている。
村人が女神を崇め奉るのもわからないでもないな。
ふと、食べている横顔に視線を感じてそちらを向くと。
マレジキが俺の方を見ていて、目が合って慌てて逸らされた。
ふむ、マレジキは料理を食べる横顔を見るのが好きなのか?
実家は食堂となれば、俺も家は”一応”自転車屋なので、客商売仲間としてそういった心持ちは感心する。
学園アンケート、嫁にしたい女子ナンバーワンだったか、そんな話を誰かがしていたな。
理解できる、マレジキはつくづくいい女だ。
食器を空にすると、シュンッと消える食器達。
さて、出発の準備をしよう。
ヒィロの奴が、そろそろ動き出すだろうからな。