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1-4 ゴムの木を求めて


チャプター04


ゴムの木を求めて






ゴムの木が生えている場所は、この王都から南に馬で三日ほどの距離の村にあるらしい。

俺が自転車を組み上げているうちにヒィロとヨツナが調べてくれた。

場所が分かれば待つ必要などない、すぐさま完成した自転車で王都を発つ。

道行も迷う事の無い街道一本道を、4台の自転車で進む。


「ひゃっほー! このチャリいいわね! 元の世界に持って帰りたーい!」

「あぶないですよヨツナさん!」

「はは、まぁ気持ちはわかるけど。この自転車はすごいよテン」


俺が組み上げた自転車はクロスバイクとカテゴライズされる車種だ。

クロスバイクとは山道等の悪路に特化したマウンテンバイクと、舗装路を高速で走る事に特化したロードバイクの2種類の自転車、

その2つの特性を掛け合わせる、両タイプを”クロス”した仕様の自転車の事を言う。

どちらかに特化した自転車よりも面白味には欠けるが使い勝手が良く、

日本で流通している量販店のスポーツ自転車の大半はクロスバイクに分類される。

今回組み上げたクロスバイクは、悪路を想定してマウンテンバイク寄りにパーツをアセンブルした。

フレームはロードバイクに近いがコンパクトに組み上げ、材質はアルミとカーボンバックで軽量と柔軟性を両立。

フロントフォークにはサスペンションを搭載。

必要な天然ゴムはないが、代用素材で作り上げたタイヤは太く悪路に強い26×1.95HEサイズを採用。

そして長距離走行の疲労を考えて、電動アシスト機能を搭載。

大容量バッテリーにペダル直結型のモータードライブユニットの採用。

ここは日本ではないのでアシストのパワー制限を気にする必要もない、

脚力1に対してアシスト3の高倍率設定のユニットを自作した。

これならば非力な者でも長旅が余裕だろう。

鉱物操作スキルには記録能力もついており、同じ構成でもう2台複製し、人数分を揃えた。

普段は通学用のシティサイクルに乗っているヨツナからすれば、

少しペダルを踏みこむだけでグンと加速する電動アシスト自転車の感覚は新鮮な事だろう。

小柄で華奢なマレジキも乗り心地は悪くなさそうだし、

そもそもスポーツ自転車を愛用しているヒィロには何も問題がない。

バッテリーの消耗が激しいので度々休憩と充電は必要だが、

馬であれば休息や食事が必要な事を考えれば、自転車の方が早く目的地に到達する予定だ。


「それにしてもテン、いま使ってるタイヤ、そんなに乗り味悪くないけど?」


今回の旅の目的はそもそもタイヤに使う天然ゴムを入手するためだが、タイヤが無ければ自転車は動かない。

そのために、今回は臨時で組み上げたエアレスタイヤを装備させた。

合成ゴムを硬質にしたバネを多用した、羽根が多すぎる扇風機と形容すればわかりやすいデザインか。

すでに今の自転車に装備されているタイヤは悪くないとヒィロは言ってくれる。

しかし、俺としてはまだ納得がゆかぬ未完成品。理由はある。


「有名メーカーの試作品を模倣したホイールだ、おそらく耐久性に問題がある、一ヵ月も使わん」


かなり昔に、パンクしないタイヤを独自技術で開発中と、大々的に発表した一流メーカーがあった。

独創的かつ機能性にあふれたデザインなので俺も良く覚えており、製品化を楽しみにしていたのだが。

ある年に”2年後に商品として販売する”と告知して以来ぷっつりと音沙汰が無くなり、

それから5年ほど経ってからつい最近になってようやく続報が流れたが、

自転車ではなく、同じ構造のタイヤをEV車へ搭載して検証中という内容だった。

構造としては面白いと自分で製作して思ったが、なにかしらの問題が発生して未だ発売に踏み切れていないと予想できる。

いかにパンクしないタイヤの開発が難しいものか、察して余りあった。


「必要なのは日常生活に耐えうる、安全性を第一にしたタイヤだ。

 自転車は命を乗せて走る、故に、その安全性に一切の妥協も許されない」


これは、俺が自転車に携わる者として絶対のポリシーとしている。

俺の自転車の師匠である爺さんから幾度となく言い聞かせられた自転車技士の心構えの一つ。

いかな状況であろうと”自転車が原因となる事故だけは決して許されない”。

本音を言えばいま3人に使ってもらっている特殊ホイールも、

自分で数か月試乗して、安全性を確認してから採用したかった。

不安があるので、なにか問題が生じないか、逐一チェックをし続けている。

と、今まさにチェックしているホイールがこちらに近づいてくる。


「あ、あの……ワグルマ君」


マレジキが俺の名を呼び、隣に並んできた。

ヒュウとなぜか口笛を吹いて少し後ろに下がっていくヒィロとヨツナ。

マレジキは俺になにか話があるのだろうか?

これまで話したことは無いはずのクラスメイト。

最近になってヨツナとよく話すようになったのは知っているが、

あの召喚の場から抜け出す際にヨツナが声をかけて、付いてきたのは意外だった。

冷静に考えれば、身の安全を考えるだけならばあの集団と一緒に居たほうがよかっただろう。

そういえば自転車を組み上げている際に夢中で気が付かなかったが、

あの時に食べた気がするおにぎりは、マレジキがスキルで作り出した物らしい。


「わ、ワグルマ君は、いつもの青い自転車に乗っているんですね」

「ああ、相棒だからな」


俺が乗るのはスキルで自作した自転車ではない。

元の世界から一緒にやってきた愛車『パナソニック・XU1』。

東京オリンピック2020の種目、競輪において先導車として採用されたマシン特性を、

一般販売の電動アシストにフィードバックした自転車だ。

性能面は、タイヤサイズは700×50C、29インチのビッグタイヤを装備。

悪路と舗装路の安定性を両立しており、走るフィールドを選ばない。

eバイク(スポーツ電動アシスト自転車のカテゴリ名)の中では珍しく泥除けも標準装備して普段使いもしやすい。

さらに電動アシスト自転車を作らせればコストパフォーマンスは最強のパナソニック製。

カタログ定価25万円と同クラスのeバイクの中では破格の安さも魅力だ。

自転車に興味が無い者からすれば原付を買った方が良いと思われるが、俺はこのマシンに大きく魅了され迷うことなく注文。

納車に4カ月待ち、それからコイツに乗らない日は一日としてない。

と、このXU1について語る俺の顔を見て、マレジキが優しい笑顔を浮かべている。


「……どうした? なにか変だったか?」

「いいえ、自転車に夢中になってるワグルマ君が、あまりにも楽しそうでしたから」


そういえば、マシンを組んでいる時もマレジキが俺の顔をずっと眺めていたような気もした。

ヒィロのように整った顔をしているわけではない、見ていて面白い物ではないと思うが。

嘲笑をするような表情ではない、どちらかというと、母親が息子を見るような……。

悪い気はしない。それとこういう時、俺ばかり話すのは良くないか。


「マレジキは、たしか駅前大衆食堂の娘だったな」

「は、はい。知っているんですね……?」

「ああ、最近ヨツナから君の事はよく聞かされている」


む、言っては良くない話だったか?

マレジキは頬を膨らませてヨツナの方を睨んでいる。


「学校が無い日は店の手伝いをし、常連にもファンが多いと聞いた。

 その愛らしい外見と気立てならば、店に通いたくなる男も出てくるだろうな」

「あ……あいらしいって……。その、ワグルマ君って、そういう事言うんですね……」

「良いモノを良いと言うぐらいはする。

 俺は自転車にしか興味がないと聞いていたか?

 これでも世間一般の価値観は持ち合わせている」


後ろから「「うそつけ」」と聞えよがしな声が重なっていた。

あいつらは俺をなんだと思っているのか。


「クラスの男子にも君に好印象を持つ者も少なくないはずだ。

 今更だが、俺達と一緒に来てよかったのか?」


いまならまだ引き返せる距離だが、と言い掛けたが、その前にマレジキは首を横に振る。


「私、女子の友達ってほとんど居なくて。

 男子も、その……あまりよくない視線ばかり私に向けて。

 だから、あの時にヨツナが誘ってくれて、すごく嬉しかったんです」


よくない視線……? ああ、そういう事か。

そういえばマレジキがいない時に男達が胸がどうとか騒いでいたな。

ふむ、言われてみるとかなり大きいな。スイカやメロンとか連中は例えていたが――。


「あ……あの、ワグルマ君?」

「っと、すまん」


胸を凝視されてマレジキの頬が赤くなっている。

セクハラだったな、視線を慌てて外す。

それからしばらく気まずい空気が流れるのだが、

マレジキは俺の隣を走るのを止めようとはしていない、嫌がられてはいないのか?

んむ……、どうにも女子と話す、と言うのは難しいな。

と、明らかに様子を見ていた後ろから呼ばれる。


「おーい、そろそろバッテリー少なくなってきたし、この辺で休もうよー」


ヨツナに言われて気が付けばバッテリー残量が半分以下に減少している。

充電タイミングを合わせるために全車のバッテリー容量は同じにしてある。

俺達はこの世界の早朝に召喚されたので、時刻としてはそろそろ昼下がりぐらいか。

大樹の下へ移動し、俺はカーボンシートを錬成、キャンピングシートとして草の上に敷く。

その上に4人で座るのだが、ヒィロとヨツナが当然のように並んで座るので、俺の隣にはマレジキが座る事になる。

先のセクハラは、もう気にはしていないようだ、気まずいままにならずに助かった。

発電機を作り出し、ガソリンを燃料にして発電開始。

4台分のバッテリーの充電を待つ間に、軽く食べて休憩となった。


「皆さん、何を召し上がりますか?」

「あたしミートスパゲッティ!」

「僕はハンバーガーで」

「やきそばパンを頼む」


マレジキがオーダーをうけて、スキルで料理を作り出す。

まるで何も荷物が必要のないピクニックだな。

ミートスパをフォークでくるくる回し取りながら、ヨツナはご満悦といった様子。


「いやー、いいわね。電チャリで旅をしながら青空の下で美味しいご飯。

 これだけで人生楽しめるわよ」

「その二つとも、テンとマレジキさんのおかげだけどね」


ハンバーガー片手に、ヨツナの頬についたミートソースを拭い取ってあげてるヒィロ。

あまりにも自然すぎる男女のスキンシップにマレジキは感心すらしており。

サンドイッチを小さく食べ進めながら聞いてくる。


「ところでこれから目指す『ナリテ』という村の事ですが。

 このペースなら2日ほどで到着する見込みですけど、

 何か村の情報はありますか?」

「うん、ナリテは林業を生業とする村らしいよ。

 王都から近い事もあって、都の建材のほとんどはそこから出荷されているんだって」

「王都の建材の出荷場ですか、そうとなれば、この国の重要拠点の一つですね」


資源というものはどの世界もどの時代も文明の根幹を担う存在だ。

木造建築の多かったあの街で、木材の重要さは考えるまでもない。

ただ、ここで一つ気になった事があり、俺は発言する。


「そんな重要な村ならば行き来する者も少なくはないはずだ。

 だが王都からここまでの道中、街道で誰ともすれ違わなかったのはなぜだ?」


街道は俺達の世界のように舗装をされているわけではないが、荒れているでもなく整備はされている。

つまり人の行き来は盛んであると予想が付くが、人影すら見当たらない。

少々不自然ではないか?

ん~、とヨツナが顎に人差し指をあてて、しばし思案したのち。


「王都とナリテは街道一本道で繋がってるって話よね?

 じゃあ道を間違えたわけでもないだろうし……。

 たまたますれ違わなかっただけじゃないの?」

「まだ王都を出発して半日も経ってないからね。

 それに、すれ違った人達が僕らの自転車を見たらびっくりするだろうから、

 できれば見つからないに越したことはないよね」


この件は一応頭の隅に留めておく事にして、

バッテリーの充電が終わるまで他愛のない談笑をしたのち、俺達は再び走り出した。

王都から離れていくにつれて、人の手の入っていない自然が広がっていく。

岩の上で休んでいるのは……猫か?

目が4つあるが、元の世界ではさすがに見たことも聞いたこともない種だ。

ヨツナが可愛い触りたいと騒いでいたが、危ないからダメだとヒィロにたしなめられている。

モンスターという人を襲う生物も居ると聞いた、あの猫がそうでないとは限らない。

他にも遠目にオオカミのような生物も見かけたが、自転車で走るこちらを見て興奮する様子もなく、穏やかなものだった。

そろそろ日も傾き始めた頃合いで、俺達は今日の移動を止める事にした。

あくまでもここは俺達の知らない場所、体力に余裕は持ちたい。

それと、時差にしてマイナス6時間ほどあるようで、元の世界ならとうに夕食時になっている。

はやめに寝て、この世界の時差に身体を慣らそうという話になった。

寝る場所だが、もちろん野宿などするつもりはないしその必要もない。

俺はスキルで鉄板を錬成し、簡易的なプレハブ小屋を建てる。

ここに来るまでの走りながら皆に必要な設備の注文を受けており、

とくに女性陣から強く希望されたシャワールームは念入りに製作。

問題は、鉱物以外は錬成できない俺では水がだせない事だが、そこはすでに解決策が見えている。

昼の休みの間にヨツナが使い方をチェックしていた魔法がある。


「それじゃいくわよー、ウォーターボール! を発射せずに貯水タンクにぽーん!」


シャワー室の隣に備え付けた貯水タンクがあっという間に水で満たされた。

あとは発電機によって暖められた水がコックをひねれば出てくるようになっている。

広いリビングには合成ゴムで柔らかく仕上げたソファにアルミテーブル。

寝室は二つ、男用と女用で分けてある。

ヨツナはヒィロと寝ると言い出したが、3人で即却下したのは余談だ。

ヒィロがリビングに入ってソファに座り、疲労をため息にして吐き出してから一言。


「……なんだか便利すぎて、旅をしてる気分じゃないね」

「たしかに、荷物無しの自転車旅でやるような快適さではないな」


プレハブ小屋の作りに不具合がないかチェックしながら答える俺。

女子二人はさっそくシャワーを浴びている、しばらくは出てこないだろう。

いまのうちに、と言いたげにヒィロは温かい目で俺を見る。


「どうだいテン、彼女を作る気になった?」

「なんだ、急に」

「マレジキさんといい雰囲気だったじゃない」

「あれを良い雰囲気というのか?」

「少なくとも僕達にはそう見えたけどね。

 こんなわけのわからない世界に飛ばされてしまったんだ。

 寄り添う相手が居ないと、きっと心がもたないよ」

「…………なるほど、そういう事か」


ヒィロとヨツナがやたらとマレジキを意識させようとしていた意味がようやくわかった。

回りくどい、単刀直入に言えば良いものを。


「ようやく気付いた?」

「ああ、俺にマレジキをサポートしろと言うんだろ?」


マレジキは家族の愛情を受けて育ってきたと言っていた。

ならば心の拠り所が必要で、しかしヒィロとヨツナはペアなので、

必然的に余っている俺にこの世界で拠り所を任せたいというわけだ。

なるほど、理には叶っている。

……まちがっていないと思ったのだが、ガクッとヒィロの姿勢が崩れた。


「テーン、もうちょっと、こう、君からもベクトルをね……?」

「ん? どういう意味だ?」

「いや……まぁ、うん、マレジキさんに頑張ってもらうしかないなって」


必要以上に頑張らせないように俺にフォローさせるんじゃないのか?

意図を汲み取れてはいないようだが、ひとまずマレジキを気にかけてやれば問題はないはずだ。

その後しばらくして女子2人がリビングに戻ってきて、交代で俺達がシャワーを浴びた後。

扉をあけた瞬間、とてつもなくいい匂いが漂ってきた。

テーブルの上、鍋でグツグツ煮立っているのはすきやき。

そして鍋の横に用意されている肉は、スーパーマーケットレベルでは見たことが無い色をしている。


「ねぇねぇ見てみて! ナナミに松坂牛のすきやきを出してもらっちゃった!」

「まさか食材の指定までできるとは思いませんでした」


つくづく異世界で自転車旅をしている実感がない。

ヒィロは顔を抑えて、しかしいい匂いに口角が緩むのを抑え切れず。


「えっとね、その、あんまり生活水準をあげないようにしようね」

「あ、そう? じゃあナナミ、ヒィロには普通のお肉だしてあげて」

「いや食べるよ!? 食べさせてよ! 食べた事ないんだから!」


こんなもの、一生のうちに何度食べる事ができるかわからないごちそうだ。

それを気心がしれた友人達と旅の最中で味わえるというのはわるくない。

俺はマレジキの隣に腰かけ。


「馳走になる」

「はい、いっぱい食べてくださいね♪」


グラムいったいいくらするのか考えたくもない御馳走を4人で味わい。

異世界での初めての夜は更けていくのだった。




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