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1-3 足りない物がある



チャプター03


足りない物がある




「まて君! どこへ行くつもりだ!」

「邪魔だ、どけ」


神官達が引き留めるのも聞かず、僕の友人、テンは召喚儀式の部屋を飛び出していった。

まったく、女神様というのはわかっているのかわかっていないのか。

テンにあんなスキルを与えてしまっておとなしくしているはずがないのに。

追いかけないと、と慌てて追いかける僕とヨツナ。

と、ヨツナはその前にと振り返り、黒髪のクラスメイトに声をかける。


「ナナミ、一緒に行こ」

「あ……はいっ!」


僕が認識している範囲ではマレジキさんにヨツナ以外に親しい友人は居ないようだった。

ヨツナが声をかけると、彼女も慌ててついてきた。

なんだかすごいスキルを授かったという僕とヨツナを呼び止める神官長。


「待ちなさい! 大勇者と大魔導士の2人には――」

「友達を連れ戻しに行くんですよ!」


などとできるはずもない事を口にして、体よくさっさとこの場を後にした。

来たこともない場所 ―ここは城の中らしい― をさっさと外に出せと先を急ぐテンの後ろを、

僕とヨツナ、マレジキさんの3人はついていく。


「この自転車バカは、異世界に来ても平常運転ね。どうするのヒィロ?」

「どうするもなにも、ああなったテンは落ち着くまで話なんて聞かないよ」


そう、話なんて聞くはずもない。

その証拠として、テンが押して歩いているのは愛用の自転車。

学校の駐輪場を使わずに、教室まで持ち込んでいるのだ。

当然、教室に自転車を持ち込むなんて非常識だ。

しかし咎める教師の声にも耳を貸さず、触れれば激怒する。

今回教室ごと転移させられたので、鞄や教室の机と一緒にあの自転車もこの世界に来たというわけだ。

城内を彷徨い、ようやく見えた出口に向かう。

途中、門番が内側から現れた不審者にびっくりして止めに入ったが。


「僕達は転移されてきた勇者? です」

「異世界転移なんて信じられないから、外を見せろってワガママを言ったんですー」

「お、お仕事、お疲れ様です」


かなり無理矢理な話だったが、納得してくれたようで外に出してくれた。

身なりもこの世界にはないだろう制服姿だったからだろうか。

助かった、テンの事だからあそこで通せんぼされ続けていたら、門番の鎧が屑鉄になるまで殴り続けていただろう。

普段は他に興味がなさそうにしているが、自転車が絡むと人が変わる。

どこの何を目指しているのかはわからないが、自転車を押して歩くテンの後ろをついていく。

日本では絶対にない、ファンタジー世界同じみの街並みは、確かに知らない街だった。

学校の制服姿が目立つのか、道行く人がこちらを見てくる。

注目は少々恥ずかしいけれど、そのお陰でこの街の観察も同時にできた。


「男がほとんどいないね」

「うん、露店の品物もあんまり良いものとはいえなさそう」

「建物も……かなり傷んだ様子ですね」


男が見当たらないのは魔族との戦争に駆り出されているからか。

流通が無く商品の品質が悪く。

建築に関わる人出も足りないのか、王都というには建物がみすぼらしい。

城の前の大通りなんて、一番栄えていなければいけない場所だろうに。


「王都のお膝元がこれじゃ、人類側が不利っていうのは本当みたいね」


ヨツナは神官長の言っていた戦況に今のところ疑う余地はなさそうだと判断している。

そんな光景を認識しているのかしていないのか、何人も邪魔をするなとズンズン先を進むテン。

通り沿いの建物を外観から物色して進み、やがて、崩れ落ちそうな程傷んだ建物。

おそらく以前は何かの店舗だったろう跡地を見つけ、ようやく立ち止まった。

気ままな奴、とヨツナが問いかける。


「テン、どうしたのよ、こんなとこで立ち止まって」

「……ここにするか」


ヨツナの疑問に答えず、倒壊した建物に手をあてて、独り言を一つ。


「―錬成・操作」


光が瓦礫を包み込み、広がっていく。

ふわりと光が晴れると、崩れ落ちていた建物は鉄板で形作られた店舗へと姿を変えていた。

出来の悪い特撮みたいな光景に、マレジキさんもポカンと口をあけて。


「すごい……お店ができてしまいました……」


自分が作ったのだから、この店はもう自分の物といわんばかりに遠慮なく中に入っていくテン。

鉱物錬成と鉱物操作。とんでもないスキルだけれど、

それで作り出した物のはじめてが自転車で、次がお店というのがなんともテンらしい。

周囲の住人があんぐりと仰天しているがもうそれを気にしても仕方がないか。

テンを追って店の中に入ると、さすがに内装はまだ何もない。

ひとまず、カウンターに工具箱、工具一式。

それから金属製のテーブルとイスをピシュンピシュンと作り出していくテン。

きちんとイスを人数分用意するあたり、一応こちらを意識してくれてはいるのだろう。

街を進むときに自転車に乗らずに押して歩いてくれていたからそれはよくわかっている。

と、イスの上に何かを出そうとして、止まった。


「金属以外はだせないか」


イスの上に布製のクッションを置こうとしてくれたらしい。

ふむ、としばし考え込んだ後。

現れたのはアルミを紐状に錬成して編み上げたクッションだった。

無機質で無骨だが一応柔らかく、それほど長時間座らないのならばお尻が痛くなることはなさそうだ。


「…………このスキルで作り出せる物を把握しないとな」


つまり、スキルの研究に集中するから気にするなと僕達に暗に言いたいらしい。

丁度いい、今話すべき事はいっぱいある。

僕とヨツナ、マレジキさんはテンが用意してくれた椅子に腰かけ、ヨツナが話はじめる。


「それで、これからどうするの?」


戦うために呼ばれた勇者。

元の世界に戻る方法は魔王を倒す事が条件、だという。

まず、はじめに確認する事があった。


「テンはともかく、僕とヨツナには元の世界に帰る理由が特にないんだよね」


家族も居ないし、身寄りも仮初。

まだこの世界の事はよくわからないが、

存在価値、という意味では”向こう”も”ここ”も変わりはない。

いっそ、ヨツナとここで生きていくのも悪くないとすら思っている。

ヨツナもそうね、と同調し。


「卑怯だけど、あたしはヒィロと一緒に居られるなら、どこでもいいよ」

「それは僕も一緒だよ」


互いの頬に手を当て、温もりを感じあう。

目の前で濃厚なラブシーンを見せつけられて、マレジキさんは焦りながらも。


「わ……私は、帰れないと……困ります……。

 お父さんもお母さんも、妹も……きっと心配しているから……」


普通はそうだよね。クラスメイト達もほぼ全員が元の世界に繋がりがあるだろう。

となれば、あの神官長の言う通りに、命じられるまま魔王を倒すために戦うのか?

……そうしようと素直に思える程、僕は愚か者ではないつもりだ。

テンはどうだろう? テンも元の世界に家族がいる。

スキルの研究はどうかと目をやれば。

黒いドロドロとした液体を、アルミバケツに入れて何かを試している。

まさかと思うけど……。


「テン……それ……原油?」

「ああ、鉱物扱いで出せるようだ。分解もできる」


原油といえば現代においてあらゆる利用価値がある鉱物資源。

ガソリンも軽油も灯油もLPガスもプラスチックもすべて素材は同じ。

手から原油が出せるって……それ、元の世界に来たらどれだけの金銭価値を生むのか……。

よく見ればその辺に宝石のような物もゴロゴロ転がっている。

あれはダイヤモンドだろうか? 石っコロみたいに転がしていいものじゃないと思うんだけど。

光の中で原油を弄り、錬成したのは合成ゴム。

ひっぱり、圧し潰し、形を変えて練り直し。

腕を組んで唸りだした。


「天然ゴムが必要だ」


天然ゴムといえば、ゴムの木の樹液から作り出す木材資源だ。

たしかにそれは鉱物ではないね。

サドルやグリップなどはすでに合成ゴムで作れているようで床に並べてあるが、

どうにもタイヤだけは満足いくものが出来ない様子。

どういう事かとヨツナが問いかける。


「それって必要なの?」

「必要だ。天然ゴムと合成ゴムを配合しなければ俺が求めるタイヤは作れない」

「ほら、あのウレタンっぽいのでできたパンクしないタイヤってのもあるじゃない。あれじゃダメなの?」

「ノーパンクタイヤは衝撃吸収性能の低さに問題がある。

 パンクはしないが、スポークや駆動系への負担が大きく自転車の寿命が短くなるのが欠点だ。

 日常生活の足として広く流通させるには、まだ心もとないな」


そういえばテンが前に言っていたね。

パンクしないタイヤは10年以上前からあるのに未だにほとんどの自転車に採用されていないのは、

根本的な欠点が解決されていないからだって。

空気を定期的に補充する必要のあるチューブタイヤが結局の所優れている面が多く、

色々な企業がパンクしないタイヤの開発に着手するも、構造的な問題が解消できずほぼ製品化には至ってないとか。

テンは僕の方を見て。


「この世界にゴムの木はありそうか?」


ゴムの木。天然ゴムを作るうえで欠かせない樹木だけど、

たしか、元の世界で育つのはインドネシアやタイ等の熱帯気候の植物だったはず。

この世界の常識は知らないけれど、あるのだろうか?


「ん~、少なくとも城からここに来るまでに、ゴムで作られた物は見なかったね」

「あたしも見てないなー」


そもそもゴムの木があるのかどうか? それをゴムとして加工する技術や知識があるのか?

城の明かりも松明だったようだし、それほど技術水準は高くなさそうだ。

探すのは少々大変だろうがと思っていたら、マレジキさんがえっと、と手をあげて。


「あ……あの。見間違いじゃなければなんですけど……。

 お城にあった観葉植物……、たぶん……ゴムの木だったと思います」


か細いながらも勇気をだしてテンに伝えるマレジキさん。

ようやくテンと目が合うも顔を真っ赤にしている。

テンは彼女の気持ちにも気づかず、欲しかった情報に立ち上がり。


「観葉植物の出所を調べて向かう」


決断が速い。たとえそこが片道3年の道のりでも行ってやると言わんばかり。

と、すぐに出ていくのかとおもいきや、自転車のパーツを大量に作り出しはじめた。

ヨツナが首をかしげて問いかける。


「ん? 行くんじゃないの?」

「今後、お前たちの自転車も必要だろう。マレジキも来るか?」


僕達が付いていく事はテンの中で決まっているらしい。

いやまぁ、もちろんついていくんだけど。

これまでまともに会話をした事がないマレジキさんには確認する。

まぁ、断るはずがないんだけど。


「は、はい! 私も行きます!」

「なら3台分だ、それと発電機も作る、時間をくれ」

「わかった、それじゃその間に僕のほうでゴムの木の生産地を調べておくよ」


観葉植物を扱っているような材木屋なら、さっきの通り道で見かけた気がする。

ヨツナも立ち上がり。


「あたしはヒィロについていくわ。

 ナナミは……んふふ、テンの傍にいてあげてね」


ヨツナは露骨すぎるな……、まぁ、テンはマレジキさんの片想いになんて気づきもしないだろうけど。

あれぐらい露骨にしないと、テンに恋愛感情を意識させる事は……いや、それでも無理そう。

まぁ応援はしよう、テンにも彼女が居たほうがいいとは前から常々思ってはいるし。

と、その彼女候補として僕とヨツナが推薦するマレジキさんが。


「皆さん、お腹が空いていませんか?」


そういえば昼食中に召喚されてしまったので中途半端になっていた。

空いているし喉も渇いてきたけれど。

この街の惨状では、食事の確保も難しそうだ。

食べ物はどうしようと今更ながら考えていると、

マレジキさんは両手を受け皿にして。


「――スキル・レストラン」


ポンとそれぞれの手に現れたのは、白い皿に乗ったおにぎり3つづつ。

それとコップに入った麦茶も一緒に。


「中身は鮭と梅とツナです」


ニコリと大抵の男子ならコロリと魅了されてしまいそうな愛らしい笑顔。

ヨツナは迷う事なくかぶりつき。


「うっま! なにこれ美味しすぎる! こんなおにぎり食べた事ないんですけど!?」


僕も食べてみると、あきらかに上等な米と食材が使われているとわかる食感。

そして計算しつくされた素朴な味と、素人では絶対に作れないだろう料理だった。


「えっと、これがマレジキさんのスキル?」

「はい、スキル・レストラン。

 願った料理を生み出せるようです。

 ですから今後、食料の心配はありません」


喉を通したおにぎりは幻でもなんでもなく、きちんとお腹に溜まっている。

テンの鉱物を無制限に生み出して加工するスキルもそうだが。

マレジキさんのスキルもまた、少し考えただけで凄まじい物と理解が及ぶ。


「はぁ、お似合いだね、2人とも」

「おにあ――っ! な、なななな、何を言い出すんですかケンム君!」


ボンッと音が聞こえたほど顔を真っ赤にして慌てているマレジキさん。

お似合いもお似合いだよ。

スキルの使い方次第では戦争だって起こりかけねない2人という意味で。

今後、このスキルを巡ってトラブルが生じる事は必至だろう。


――なら、それを守るのは僕の役目だね。



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