表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

2-5 女神を騙りし者


チャプター5


女神を騙りし者






この世にある食は全て女神シチーセブン様からの賜り物であり。

ゆえにそれらすべては女神の使徒たる聖堂教会が管理する。

それらを女神の啓示に従い分配する事、これこそが女神に与えられた崇高なる役目である。

教会に食が一任され、絶対的な権利を有する理由。

なればこそ、彼ら以外が食を民に施すなど許されざる行為であった。

聖堂騎士団、騎士団長『ポール・ミュラー』は部下から届いた一報に、烈火の如く憤慨する。


「異界のガキ共め! あろうことか女神の権威に泥を塗るような真似、断じて許されぬぞ!」


金髪碧眼と絵に描いたような高貴な容姿も、

額に浮かんだ青筋が優雅さを感じさせていない。

報告した部下がそんなに怒る事かと戸惑う。


「しかし巷では女神様が我らの窮地に降臨されたと噂が……」


女神の降臨を喜ぶべきが教会のはずでは?

だがポールはさらに怒りを増大させる。


「貴様、もし女神が降臨されたというのならば、なぜ我々信徒に何も知らされておらんのだ!?

 民を救済する大義が我らにくだされぬはずがあるまい!」


あってはならぬそんな事。

本日の食料の配給、王都の奥にある聖堂教会にわざわざ足を運ばせて死なぬ程度の食料を有料配布する。

余分にお布施を用意できるものはその量を倍にして、教会に逆らった者、役立たずには欠片としてやらぬ。

それでもなお人が列をなすはずが、今日はあまりにも人が少なかった。

何事かと調べれば、異世界の召喚勇者が無償の炊き出しなどを行っているという。

それも、女神シチーセブンの名を騙って。

とても捨て置けるはずもない。


「直ちに兵を集めよ! 召喚した勇者共もだ!

 女神を名乗る不届き者をひっとらえる!」


異世界から召喚した勇者達は軟弱だ。

たかが一週間ほど最低限の食事を与えている程度でもう精神が参っている。

食事で釣れば同じ勇者とて戦うだろう。

そして自分、ポールの手にはミュラー家に代々伝わる宝剣がある。

今では王国唯一のミスリルで作られた最強の剣。

それに加えて歴代最強とも呼び声も高いポールの剣術をもってすれば、

いくらあちら側についているというスキル大勇者持ちの勇者とて勝てるはずもない。

すぐに300人の兵を集め、こちらで管理している召喚勇者も20人全員招集し、教会の前広場で今回の目的を説明する。


「現在、王都中央大広場にて女神を名乗る逆賊が背信行為を行っている。

 いま食を切り詰め耐え忍ぶ民に、毒を混ぜた食料を出しているそうだ!

 我らはこれより逆賊の鎮圧を行う。

 なお、逆賊は異世界から召喚し、その日のうちに逃げ出した勇者達。

 スキルこそは警戒すべきだが、所詮は戦いを知らぬ子供だ。

 ――女神を名乗る少女の勇者以外は殺しても構わん!」


ザワザワと召喚した勇者20人が動揺している。

情けないガキ共だとポールは。


「見事手柄を立てた者にはいつもの食料の倍を与えるよう女神様からの信託も下っている。

 なおその逆は……いわずともわかるな?」


この一週間、グルメに尽くした国からやって来た異世界のガキ共には耐えがたい食生活を送っており、

精神はもはや我慢の限界。

たとえ同郷とて殺してくれるはずだ。

ニヤリと笑うポールの背に、聞き覚えの無い声がぶつけられた。


「ふーん、食料倍程度なんだ、女神様ってのは随分とケチ臭いわね」

「3秒考えたら、バカな事言ってるって気づきそうなものだけどね」


女と男の声、振り返るとそこには、召喚勇者達と同じ制服を着た、しかしポールが知らぬ2人が立っていた。

つまり、召喚したその日に脱走した裏切者の勇者一味。

こちらの勇者達は顔を知った者の登場にざわついている。


「ふん、こちらから出向く手間が省けたか。

 貴様らにはすでに女神への反逆罪と信託が下っている。

 今ここで投降すれば、私が女神に願い、命だけは助けてやろう」


圧倒的慈悲によるこの申し出、感涙極まって土下座をして受けるのが常識だ。

しかし裏切者2人は、返答もせずにしばし待ち。


「あれ? 言いたい事はもう終わりかな?」

「おじさんの演説、ギャグとしては割と面白いから、もっと聞いてあげてもいいわよ」


なるほど、慈悲などいらぬ、この場で地に這いつくばらせて死よりも過酷な地獄を味合わせてやろう。


「いけ勇者達よ! 女神に逆らう罪深き者達を滅せよ!」


この2人がスキル『大勇者』と『大魔導士』を授かった者。

能力差は大きいが、勇者をぶつければ数の差で鎮圧はできよう。

被害はでるだろうが、召喚勇者など減ればまた呼び出し補充すれば済む話だ。

顔見知りと戦う事にまだ抵抗のある勇者達だが、

胃袋はこちらが抑えている、とくに体格の大きい男勇者が、真っ先に飛び掛かった。


「悪く思うな、ケンムぅっ!」


あの男勇者は女神から格闘技のスキルを受けた者。

20人の勇者の中で単純な戦闘力は随一だ。

両手の手甲より繰り出される拳の連打は素人はもちろん、我ら騎士団の隊長クラスでも防げない。

格闘家のスキルを発動し、一瞬で間合いを詰める。

突き出された拳を、裏切者の男は素手で軽くいなし、

格闘家の勇者は宙を舞い、弧を描いて地面に叩きつけられた。

倒れた勇者が頭を打たぬように手で支えながら、裏切者の男が声をかける。


「ハカマダ君、ちょっと冷静になりなよ」

「ぐぅ……うるさい! お前を倒せば……メシが……っ!」

「ヨツナ」

「はぁい、ほら肉まんでいい?」


裏切者の女が抱えていた袋から取り出した白い、食べ物か?


「に、にくまん! うおおお!!」


彼らの世界では馴染のある食べ物にかぶりつく。

それを見ていた他の勇者達が生唾を飲み込んで見ている。

裏切者の女は袋を彼らに見せつけ。


「とりあえず1人1コ貰ってきたけど、もっと食べたいなら中央広場でナナミが炊き出しやってるわよ。

 食べ終わったら街の復旧を手伝ってよね。

 これはまだナイショなんだけど、お仕事がんばったら、夜の炊き出しにプリンが付くわよ?」


裏切者の言う意味はよくわからない。

ただ、その言葉が異世界勇者に大きな効果があった。

勇者達は我先にと駆け出し、白い食べ物を受け取って、咥えたまま走り去っていく。


「まてガキ共! 言う事を聞かんかぁ!!」


20人の勇者が全員あっけなく戦闘を離脱。

残されたのは騎士団長ポールと、騎士団の主力300人。


「おのれ……異世界のガキ共などあてにならん」

「よく言うわね、先陣切らせたクセに」

「黙れ! もう容赦はせん、貴様を始末し、そのまま異世界の勇者全員を殺す!」


全員抜刀、剣先を裏切者に突きつけ。


「者ども、かかれ!!」


今まで長年続く魔族との戦争を生き抜いたエリート部隊。

その300の兵をもってして、裏切り者のガキ共と潰す。

向かってくる鎧の兵士達を見ても、ガキ共は顔色一つ変えず。


「ヒィロ、あんまりケガさせちゃだめよ。この人達も貴重な労働力なんだから」

「わかってるよ、ヨツナこそ手足は残しておいてね」


――戦いは、圧倒的だった。

女の裏切者は杖を振るって魔法を操り、兵士達を焼き、凍らせ、潰し、切り裂く。

男の裏切者は腰の剣すら引き抜かず、徒手空拳のみで剣やメイスを振るう兵士の尽くを地面に叩き伏せていった。

300人の兵士のうち200人が、わずか10分で叩きのめされ、敵わぬと兵士達の勢いが止まった。

おかしい、他の召喚勇者達と戦闘力の桁が違う。


「なんだ貴様ら……いったい……?」


これが大魔導士と大勇者の力だというのか?

ねじ伏せられた兵士達はまだ生きている。

うめく者達に男の裏切者は。


「誰も彼もが空腹で全然力がでてないじゃないか。

 君達も広場でご飯を食べてきなよ」

「そうそう、こんな見てくれだけのおっさんの言う事、もう聞かなくていいってば。

 うちの女神様の料理はおいしいわよ」


緊張で強張っていた兵士達の表情が揺らいだ、まずい。


「騙されるな皆の者!

 女神の名を騙る不届き者の施しなど受けてはならん!

 我らに恵みを下さる女神への信仰を忘れたか!?」

「ふーん、じゃあその女神様に今すぐに恵みを授かりなさいよ。

 いま、この場で、すぐに」

「はっ、女神は我らを通じて恵みをもたらすのだ!

 その短絡的な発想、いかにもガキの――」

「はい、そこの兵士さん、おいしいわよ」


地面に伏した兵士の口に、袋に残っていた食べ物をねじ込む女の裏切り者。

よほど美味だったのか、兵士はあっという間に平らげてしまい、

羨ましいと涎すらたらす兵士達を見回して裏切者の女は。


「このおっさんにはできない。あたし達にはできる。ね? どっちにつく?」


カランと、剣が地面に落ちる音がした。

一度の後に、もう何十度と続く金属と土が当たる音。

まだ健在だった兵士達の戦意が消え失せ、そこに立ち尽くしている。


「貴様ら……戦わんか!」


もうポールの言葉に耳を傾ける者はいない。


「この戦いは女神からの信託である! 我らが信仰は今日この日の為にこそ――」

「おっさん、もういい加減女神様の名を騙って自分の欲望叶えるのやめたら?

 あたしも鬼じゃないし、ちゃんと反省すれば、見逃してあげるけど?」

「ふざけるな! 余所者が何を偉そうにほざく!」

「は? 人を勝手に呼びつけておいて余所者扱いとか頭おかしいんじゃないの?」

「うるさい! 貴様ら異世界のガキは素直に俺に従っていればよいのだ! 逆らうな!」

「ついに女神じゃなくて俺とか言い出したわね」


なんだその目は、ゴミを見るような目で。

この王国に代々続くミュラー家の末裔を。

ミスリルで作られし宝剣を受け継ぐ由緒正しき貴族を!

これ以上見下されるのは我慢ならぬ!

宝剣を構え、裏切者の女に斬りかかる。

ミスリルは魔法に対して強力な抵抗力を備えている。

つまり、魔法使いの魔法を全て切って無効化できる。

この剣を持つ限り、魔法使いに負けることはありえない!

と、女の前に男が遮るように割り込み。

これまで鞘から引き抜かなかった剣に手を伸ばす。

どんな剣であろうと、このミスリルの剣に勝る剣はありえない。

その剣ごと叩き斬ってくれよう!

振り下ろすミスリルの剣が、急に軽くなる。

宝剣は真ん中から、鮮やかすぎるほどに斬り折られていた。


「バカな……? 一族に伝わる宝剣が、な――」


ぜ、と最後の音に空気が送り込まれない。

視界が揺れて、地面に落ちる。

瞳に映っているのは、自分の体……?

意識が薄れていく、いやだいやだ死にたくない!

どうしてこんな目に?

黒く薄れていく意識の端に、これまで見たことが無い輝きを湛える刀身。

それが、ポール・ミュラーが30年の人生において最後に見た光景だった。







ポール・ミュラーという名前だった男の、首を失った体が地面に倒れた。

テンに作ってもらったオリハルコンの剣についた血糊を振り払う僕。

人を殺したのは初めてだったけど、僕にはこの男が同じ人間にはどうしても思えなかった。

村でモンスターを斬り殺した時と気持ちは変わらない。

平気な僕とは違い、周囲の兵士達は動揺しているし、ヨツナも多少なりともショックを受けてはいるようだ。


「人ってさ、死ぬ時って呆気ないんだね」


この男の歳は30ぐらいだろうか、その間に人生は色々あったのだろうけど。


「この男は女神の名を騙って利用し、権威を振りかざし、1人2人どころじゃない人々を不幸に陥れた。

 甘い蜜を何十年と吸い続けて生きてきた男、改心するはずないよ」


ヨツナは見逃してもなんて言ってたけど、僕は最初から生かしておくつもりはなかった。

既得権益で育ってきた人間に全うに働く気なんてあるわけない。

ヨツナもそうだね、とは納得してくれたようだ。

さぁ、僕達にはまだやる事がある。


「僕達を召喚した神官長に会いに行くよ」

「……うん」


この国の状況を把握した今、あの神官長には色々と聞きたい事があるからね。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ