2-4 王都正常化計画
チャプター4
王都正常化計画
ケンム君の王国正常化計画はその日のうち、すぐに開始されました。
丁度時刻もお昼過ぎ、炊き出しを行うにも良いタイミングです。
ケンム君、ヨツナさん、そしてワグルマ君の3人でアルミテーブルとパイプイスを広場に並べ、
私は料理の準備をはじめます。
献立は、住民の皆さんは食が細く胃が弱くなっていると思いますから、
食べやすいように、しかし活力になるように、
牛肉をトロトロになるまで煮込んだビーフシチューとやわらかいバターロール。
自衛隊の炊き出しなどで使うような巨大な鍋をテーブルの上に載せます。
これだけ大きな鍋となると匂いもあたりいっぱいに広がり、
お腹を空かせた住人の方達がたまらず顔を出してきました。
そこでヨツナが呼び込みを始めます。
「はーい! あたしたちは召喚された勇者だよー!
皆のために今日はご飯を用意してきました!
お代はもちろんいらないよ! さぁ、どんどん食べていってね!」
音魔法による拡声も使い、範囲は広場から少し広めほどに聞こえるように。
遠巻きに見る皆さんの反応はというと。
「ママ! 食べ物だって! いい匂いだよ!」
「だめよ! このご時世にタダでご飯なんてあるわけないわ、我慢なさい」
匂いにお腹は鳴っても、荒んだ人々の心はそう簡単に動きません。
ヨツナが何度もあやしくはないと声をかけるも、なかなか聞き入れてはくれず。
けれど食事が惜しく去りはせず、あと一押しと言った様子。
と、ここで広場に設置された、ナリテ村と繋がるワープポータルから、
あちらでまだ食事を摂っていなかった木こりの方達がやってきました。
「おお! 懐かしの王都だ、まさか本当に一瞬で移動しちまうとはなぁ」
王都の住人の方が、木こりのおじさんに気が付いて驚いています。
「まぁゴートンさんじゃないの!? 5年前にナリテ村に行ったんじゃないのかい!?」
「あん? おお、カルロスんとこの奥さんか。
なんだ知らんのか? そちらの勇者様達が魔族に襲われた村を救ってくれてな。
こうやってすぐに行き来できるワープポータルも設置してくれたんだ!」
これですぐに王都に資材を運べ、炊き出しも利用できると喜ぶ木こりのおじさん。
辺りを見回し、次に私の前に広がる空席を見比べて。
「おいおい! せっかく女神様が食の施しを授けて下さっているのに、
なーにをお待たせしてやがる!?」
なんと無礼な、と一喝してから、私の前に来られて。
「女神様、仕事に夢中でお恵みを授かるのに遅れた事、申し訳ございません。
遅ればせながら、施しをありがたく頂戴致します」
「はい、あと私は女神ではありませんから……」
「はは、そうでしたね、では、頂きます!」
あの表情は絶対にわかってらっしゃらないですね……。
女神様は記憶を無くしていらっしゃる、や、正体を隠されている、等。
もうナリテ村で散々と言われましたから……。
木こりのおじさんはビーフシチューを一口、うんと頷き、歓喜に震え。
「おいしゅうございます!
ああ、これほどまでに贅沢に肉を使ったスープをお恵み頂けるなど。
このゴートン、この恩に全身全霊をかけて報いさせていただきやす!」
それから木こりのおじさんと一緒に来た方達も食事を受け取り、嬉しそうに食べて頂けて。
そこでようやく、王都の住人の方が動き出しました。
「お……俺にもくれ……、本当にタダなんだろうな!?」
「はい、まずは皆さんに元気になって頂くための炊き出しですから」
一人が切っ掛けとなり、あとは雪崩のように皆さんが押しかけて来られます。
100人分は用意されていた鍋はあっという間に空になってしまい、
すぐに新しい分をスキルで作り出すと。
「り……料理が何もないところから現れたぞ!?」
「女神様だ……本当に、女神様が降臨なさったんだ!」
ですから、私は女神ではないのですが……。
しかし皆さんの目を見ればわかります、もう否定はできそうにありません。
シチューとパンはすごい勢いで無くなっていき、
これまでどれほどの空腹に悩まされ続けていたのか。
行列がどんどんと増えていきます、私とヨツナ、ケンム君で鍋からお皿に盛りつけてはいますが、
その手すらも足りません。それを見かねた方達が手を挙げてくださいました。
「女神様、お料理さえ出して頂ければ配膳はこちらでさせて頂きますよ」
「ありがとうございます! 助かります!」
「そんなお言葉勿体ない! どうかお任せくださいませ」
「女神様の施しの手伝いができるなんて、七代先まで自慢ができますわ♪」
料理を食べ終えた住人のおばさん達が進んで手助けして下さり、
私は料理を作る事だけに専念できるようになりました。
「よし、それじゃ行ってきますかね」
「うん、ここはお願いします」
ヨツナとケンム君は他の人に配膳を譲り、私とワグルマ君に目配せをしてからこの場を離れて行きました。
お二人は、今から別行動です。
私の仕事は引き続き炊き出しを行う事。
食べ終わった方達は広場から遠くに住んでいる住人にも声をかけに行かれ、
用意したテーブルは埋まり、さらに増えていく行列。
助けて下さる方も増えてはいますが、それ以上に食事を求めて集まった人々の数の多さ。
いったいどれほどの人が、食に飢えていたのでしょうか?
中には……。
「俺達みたいな低層の人間にゃ配給なんてありつけないんだ!
うう、まさか女神様御自らがいらっしゃるなんて、ありがたやぁ!」
「これであたしら、飢え死にしなくてすみます!」
――私は女神ではありません。
ですが、女神の名を利用して人々に空腹を強いる者が居る。
その真実に、じくじくと胸が騒ぎます。
さぁ、そろそろ打ち合わせにあった炊き出しの例外の方がいらっしゃる頃合いでしょうか。
炊き出しの話を聞きつけた、ボロボロの白衣をまとった老齢のお医者さんがやって来られました。
「す、すみません。私の病院には立つこともままならぬ病人が大勢おります。
女神様のお恵みを彼らにもいただけないでしょうか?」
事情がありこの広場に足を運べない方ももちろんいらっしゃいます。
それは想定されていたので、もちろん用意はできています。
「ワグルマ君、お持ち帰り希望の方です」
「ああ、用意はできている」
料理を提供する裏で、ワグルマ君が食料を運搬するための自転車を用意してくれています。
ナリテ村の三輪自転車では木材を懸架していた後方の荷台に保温バックを備え付けたカゴを取り付け、
食事を運ぶ専用仕様に組み上げてくれたそうです。
「今からこの自転車の乗り方を教える。
これに料理を載せて持って帰るといい」
広場の端に作った自転車練習場。
ワグルマ君はお医者さんに手ほどきをしています。
いくら三輪とはいえ、ワグルマ君は随分と教え慣れているようで、
年配のお医者さんだというのに、すぐに乗れるようになっています。
「私のような老人でもこれなら楽に運べますね……!
しかも馬もいらずに……! 助かります、食事を病院に届けたら返しに――」
「いや、医者ならそのまま使ってくれていい。
異常や気になるところがあれば、そこの通り沿いにある俺の店に持ってきてくれ」
三輪自転車の後ろカゴに、今日の料理をタッパーに詰め、パンを載せ。
それとみかんや桃の缶詰、なぜか食事扱いで健康ゼリー食品も作れたのでそちらも箱に詰めて。
病人にこそいっぱい食べてもらわないといけませんからね。
それから食事を食べ終わった方達の中で手の空いている方を、
組み上げた木材運搬用の三輪自転車数台の前に集めて、ワグルマ君が説明に入ります。
「これを使ってナリテ村から王都に木材を運んで欲しい」
王都復興には資材がたくさん必要です。
三輪自転車を使って、ワープポータル経由でナリテ村から運び込み、
街の人達の手で復興作業を始めてもらいます。
特に仕事のアテもなく途方に暮れていた方達も多く、
食事の対価としての仕事として、自発的に動いてくださる方がとても多くて助かります。
まずは王都正常化計画の第一段階は順調。
表向きは、ですけれど。
私は聖堂教会の本部がある方向を見る。
遠くからも見える、とても大きな十字架を掲げた石造りの協会。
今あちらでは、ヨツナとケンム君が戦っているはずです。