エバレットの死を悼む『資格』が有るモノは…… 居るのだろうか?
一生懸命に生きているのですが、こうなってしまった。
エバレットの『最後の挨拶』の「その後」の話。
かなり辛いお話なので、耐性の無い方は、ブラウザバック宜しくお願いします。
後宮女官長からの至急の知らせは、長い外遊での外交交渉に疲れた果て『身体』を休めていた王太后陛下にとって、『青天の霹靂』とも云える、衝撃的な報告であった。
「エバレット様が…… エバレット様が、『静謐の間』にお入りに成られました。 エバレット様付きの王宮女官が報告に…… いえ、近くで警備しておりました、近衛武官が取次ぎ、知らせて参りました」
「グッ…… 今、なんと言ったッ! な、何が有ったと云うのかッ!」
「い、未だ、詳細は…… しかし、『静謐の間』の扉は内側より閉じられ、結界がエバレット様の名により張り直された事は確認致しました」
「直ぐに向かう」
「御意に」
極秘裏に知らせを受けた王太后は、疲れた身体に鞭を打ち、急ぎ後宮外苑の一室に向かった。 喘ぐ息を押し殺し、急ぐ老女。 この国の国母として君臨し、また、王国貴種の『淑女の頂点』である老女の表情は昏い。
息子である、現国王が仕出かした婚姻政略の失態を覆すべく、吟味に吟味を重ね、ようやく手に入れた、孫の婚姻予定者。 焼けつくような憔悴感と怒りが、王太后陛下の胸を焼く。
“極めつけに優秀で、実の孫である王太子よりも、よほど見どころの有るエバレットが 何故に、何故に、『静謐の間』などという場所に、入らねばならぬのか!”
怒りと哀しみと憔悴を綯交ぜにした感情を胸に、足早に後宮の回廊を歩む。 周囲に王太后付きの侍従、王宮女官、後宮武官は、常に王太后陛下に付き従っていたが、このように感情を顕わにしている老女を見た事が無い。 畏れと恐怖が各人の胸を締め付ける。
足早に沈黙と共に歩む王太后陛下が、突然、口を開く。 重く沈んだ、沈痛な声音が周囲に広がる。 声の向く先は、近くに居た後宮女官長。 その語気は鋭く重い。
「女官長、何故、『静謐の間』なのだ。 あの部屋は、王族が罪を犯し、その身を罰するが為の不吉な部屋。 あの部屋の使用には、極めて厳重な制限が掛けられている筈。 何故、エバレットが…… いまだ、準王族でしかない、あの娘が、なに故に、部屋の中に入る事が出来たのか。 直言を許可する。 女官長、答えよ」
「御意に…… 王太后陛下 も、申し上げます…… 王妃教育を施されしエバレット様は、その義務を果たされたと…… 王室典範の求める所を、履行されたのでは無いかと、愚考いたします。 その…… 王宮の女官の間では…… 王太子殿下の行動と、直前に成された宣下が原因かと…… 囁かれております」
「王太子の宣下? なんだ、それは。 余は、聞いて居らぬ」
「王宮女官達も、己が耳を疑っております。 本当にその宣下が成されたのかと、未だ真偽は不確かなのです。 宣下は、エバレット様を叱責なされ、婚姻予定者から外すと…… 別の令嬢を側に置くと…… その旨は、『耳』共が陛下にも届けて居る筈に御座います。 国内の重要で有ると判断された情報は、全て国王陛下の元に届けられておりましたので、適切に処置されると…… 王宮女官庁、後宮近衛隊一同、信じておりました。 が……」
「王太子が宣下とな。 詰まるところ、国王が承認したのか? 王妃も追従したと? 余が国内に居らぬ間にかッ!! 愚かなッ! 何処の『 馬の骨 』なのだ。 我が国の未来に暗冥を置いたのはッ!!」
「それが、同じ家の前当主の『姫子』との、報告が御座います。 王立礼法院に於いて、王太子殿下の宸襟に棲まわれるようになったと…… か、確認は未だ……」
「エバレットの…… 異母妹か。 ぐッ! な、ならん! ならんぞ!! エバレットは、その出自が故、たいそう苦しんでおった。 本来、あの者が受けるべき『全てのモノ』は、国王陛下の愚行の為に潰えたのだ。 本来ならば…… 本来ならば……… クゥ…… 余は…… 王家の者として、エバレットに返さねばならぬのだ……」
悲痛な声が回廊に広がる。 王太后陛下の言葉は、周囲を埋める女官武官には、血を吐くように耳朶を打つ。 隣国や外国への社交外交にも、帯同した彼等はエバレット嬢の聡明で美しい姿を瞼の裏に思い浮かべ…… 余りの事に言葉が出ない。 いや、出せずにいた。
事実を報告する、後宮女官長の胆力に只々敬服するしかない。
――――――
足早に『静謐の間』の前まで歩みを進める一同。 扉の前で泣き崩れている後宮女官の一人に一瞥を向ける王太后陛下の瞳に哀しみの色が揺らぐ。 一介の王宮女官が、心を決めたエバレット嬢を引き留める事は出来ないと、理解する王太后陛下。 極めて静かに声を、その女官に掛ける。
「……止められなんだか」
「…………」
「よい。 エバレットは、『王室典範』に殉じたと…… 典範の求る所に、その身を以て応えたのであるな」
「…………」
沈黙を以て応える、エバレット嬢付の王宮女官。 沈痛な面持ちの王太后陛下は、殊更に声音を強め、周囲に侍る者達に伝える。 断固とした、口調で…… 後悔と悔恨を含んだ『声』で……
「皆の者、この場を固めよ。 何人もこの場に近寄らせてはならぬ。 そして、この事実は、誰にも告げるな。 今より、この場に於ける事実は秘匿する。 愚かな国王にも、賢しらな王太子にも、愚物たる王妃にも…… 余が全てを取り仕切る。 これは罪だ。 罪なのだ。 王家が冒した、神をも畏れぬ、最悪の凶行なのだ。 しかし、事を詳らかにしては、王国が持たぬ。 よいか、緘口令を敷け。 エバレットは急な病を得て、倒れたと…… そう、告げるがいい…… 極秘裏に、エミリーベル゠レバルト゠ウルガスト前女公爵と、その配エルネスト卿を、王太后宮へ招聘せよ。 行け……」
侍従、女官は直ちに動いた。 近衛武官と、王宮女官長のみが王太后陛下の側に侍す。 王太后陛下は、瞑目し扉の前に立った。 枯れ木の様な手が『聖結石』に添えられ、口からは、【神聖魔術語】の開門の祝詞が紡がれる。
重い音を響かせ、質素な扉は開かれた。 ごく仄かに、魔法灯の光が揺らめいている室内からは、強く、甘い香りが漂って来た。 一歩、一歩 『静謐の間』に歩みを進める王太后陛下。 その口からは、旅立つ人へ向けての、葬送の辞が紡がれる。
ふと、その密やかな声が止まり、背後に侍する者達に、声が掛かる。
「そなた達は、暫くこの場で待機せよ。 『静謐の間』には、余が任じた者しか、入室する事は出来ぬでな」
悲痛とも取れる王太后陛下の言葉が、侍る者達の耳朶を打つ。 同行する事を、完膚なきまでに押し留める言葉には、紛れも無い『拒絶』の意思が込められていた。 誰も同道しようとはしていない。 一人きりで、『静謐の間』に入るのだと云う意思を示された。 そう……
老女は、二人きりになりたかったのだ。
―――― もう、この世には居ない エバレット嬢と二人きりに。
王太后陛下の背後で扉が閉まる。 只々、それを見詰め、受け入れる事しか…… 残された者達には出来なかった。
シンと静まり返った『静謐の間』に二つの人影。 未だ距離のある二人の間。 その間を埋めようと、老女は一歩一歩確かめる様に歩み、言葉が口から洩れ落ちる。
「エバレット…… そなた…… 何故に…… 何故に、この婆に云わなんだ。 王母として、息子の教育に失敗した余には、云えなんだか。 愚鈍な王妃を立てる為に、背後で動かざるを得なかった余は、それほど、頼りなかったか…… 愚か者達から遠ざけ、教育官に王太子を委ね、王たる者の矜持を植え付けようとも、王太子の見識の浅さ、愚行を成す為人は、余には手に余ると考えたか…… 」
重ねる言葉は、血を吐く様な『後悔と憐み』を含み、一歩一歩と長椅子に進める歩は、遅々として進まなかった。 ようやく、ようやっと、長椅子の傍らに辿り着くと、老女は王族として見せてはならぬ程の激情を浮かべ膝を突く。 差し出した枯れ木の様な腕に、公爵令嬢 エバレット゠ニールス゠ウルガストの冷たい亡骸を掻き抱き、ホロホロと年老いた二つの眼から、涙が溢れ、そして、零れ落ちた。
「王太后としてしか…… そなたと相対できなかったと、そう云うか…… 余は…… 我は…… わたくしは…… 其方が実の孫であれば、どれほど良かったかと…… いつも、いつも……」
傍らのテーブルの上の赤黒い封印の切られた小瓶が視界に入った老女は、うら若き亡骸を掻き抱きながら、零れ落ちる悔恨の言葉を、止める事が出来なかった。
「『王家の秘薬』を、全て飲み切ったか…… それ程までに、厭わしかったか…… それ程までに、疎ましかったか。 それ程までに…… 王家はエバレットに…… 無理を強いていたのか」
物言わぬエバレットの顔に一筋の髪が掛かる。 その髪を丁寧に、丁寧に梳き、整えた王太后陛下。 悲しみに打ちひしがれた彼女は、それでも、この国の王太后であった。 なにより、国王の生母。 国母と云われる立場の人間でもあった。 意を決したように呟く。
「……なにも、何も出来なかった…… しかし…… しかしの、エバレットや。 そちの自死は悪手たり得るぞ。 わたくしは…… 我は…… 余は、この国の国母。 エバレットの死の真相を糊塗せねばならぬ。 済まぬ……エバレット。 とても、赦せとは…… 言えぬな」
老女は静かに目を伏せ、余りにも軽い亡骸に更に心を痛めつつ、彼女を抱き上げ『静謐の間』から退出した。 その足は王太后宮に向かう。 まるで、最愛の孫娘を抱くかの様に……
侍る者達は言葉も出ず、また、王太后陛下の代わりに亡骸を運ぶ事を進言する事も出来ず……
只々、人払いをし、王太后の後を歩むばかりであった。
―――――――― ☆ ――――――――
その夜、伝令は走った。 王太后陛下の御名御璽が入った招聘状を胸に、全速力で。 瞬く間に王都を抜け、月が昇り始めた夜の街道を駆け抜けた。 行く先はウルガスト前公爵が療養している、ウルガスト公爵家の静養地。
王都から幾らも離れていない、その場所に伝令が駆けこんだのは、月が夜空の中央に掛かる頃。
慌ただしく、只ひたすら慌ただしくウルガスト公爵邸は騒めき、幾許もしない内に家紋入りの六頭立ての馬車が邸を出発する。 先導するは彼の伝令。
一刻も早く……
前公爵夫妻を王太后宮に迎える為に。
夜が白々と明ける頃、馬車は王城に辿り着き、中から転げ落ちる様に二人の人物が王城に駆け込む。 周到に人払いがされた後宮回廊を、猜疑の表情を浮かべた ウルガスト前公爵夫妻が、王太后宮に案内された。
―――――――――――
王太后宮 謁見の間。
壮年の夫婦が相対するは、老齢の王太后陛下。
人払いがされた『謁見の間』には、極限られた警護の武官の姿しかない。
ピンとした『 緊張の糸 』が、六つの瞳の間に鋼線のように張り巡らされた。 沈黙が何よりも重い。 やがて均衡は、王太后殿下の言葉で崩れる。 それも、最悪の形で……
「ファルクス王太子の婚姻予定者である、公爵令嬢 エバレット゠ニールス゠ウルガストは、急な病を得て現在、王太后宮にて王宮医師団の手厚い看護の元、療養に入った」
「それは…… 誠ですか。 エバレットが、病ですと…… それも、急な…… はっ、ま、まさか、毒を盛られたのでは!」
ウルガスト前女公爵が配 ウルガスト代公 エルネスト卿が、思わずと云った風に豪奢な椅子から腰を浮かせる。 隣に座っていた、エミリーベル゠レバルト゠ウルガスト前女公爵 の顔色が蒼褪め、細かく震える。 許可なく言葉を発した夫の腿を二度、軽く叩く。 しかし、王太后陛下はそんな彼の不敬を許し、沈痛な面持ちのまま、沈黙を守る。
その様子に、まだ何か続きが有るのだと察したエルネスト卿は、言葉を無くし、椅子に腰を落とした。 ゆっくりと息を吸い、言葉を続ける王太后陛下。
「直言の許可を与える。 また、この場に於いてのみ、不敬は問わぬ」
「王太后陛下…… それは、如何なる趣意からのお言葉成るか」
「……夜明けと共に、そちの娘は…… 王太子婚姻予定者、公爵令嬢 エバレット゠ニールス゠ウルガストは、医師団の看護の甲斐も無く、命を落とす。 ……事とする」
「は?」
「どういう意味ですのッ!」
王太后殿下の言葉に、ウルガスト前公爵夫妻は詰め寄った。 急な呼出し。 取るモノも取り敢えず、最低限の礼節を護る為だけの装いは、前公爵夫妻としては、余りにも粗末な姿。 余りの言葉に、表情に鬼気すら乗る。
「エバレットは…… そち達の娘 エバレットは…… 永久に帰っては来ぬ。 『王家の秘薬』を自ら飲み干し、『王室典範』の求めるに従い、永遠となった。 しかし、これは、外部には漏らせぬ。 漏らしたら最後、この国の未来に光は無い」
「ど、どういう…… 事…… ですかッ!!」
「明日の貴族院議会に成れば、全てが判ろうかと思うが、お主たちには先に伝え置かねばならぬと判断した。 ……ファルクス王太子と彼を取り巻く者共。 その当主共。 さらに、余の愚息と、その愚妻、更に ……この国の内務を司る重鎮共、王権を軽く見積もる輩達が画策しよった。 意思はファルクス王太子に有るがな」
「それは…… こ、婚姻予定の解消? む、娘はその為にどれ程の研鑽と努力を積んだかッ! ご存知ないとは、云わせませんぞ、王太后陛下」
「判っておるわ、虚け。 その為の幇助に、そちの家でも厳しく教育してきたのであろうが。 ……あの娘は優秀であったのだ。 我等、大人が思う以上に、『貴族の淑女』としての矜持を、あの小さく軽い身体一杯に…… 保持しておったのだ。 自身の出自の意味すらを、見極めた上でな。 そして、何より、ウルガスト公爵家の体面を保つ為に、自身に責務と責任を課しておった。 余の目から見ても、それは、ありありと判った」
「では、何故! 何故に、命を落とさねば成らなかったのかッ! 家に…… 私の手に、何故、還して下さらなんだ!! アレは…… アレは…… 私とエメラルダの生きた証ぞッ! その旨は、王家も他の高位貴族も承認したではないかッ!! 比翼の翼を捥ぐ事はしないと、確約されたでは無いか!」
逍遥と項垂れるのは、ウルガスト前女公爵。 その瞳には深い悲しみが浮かんでは消える。 その『確約』は、彼女にもまた、強く『貴族の義務』を意識させていた。 すべては、ウルガスト公爵家の存続の為と。
彼女の寂しそうな視線の先にいたエルネスト卿。
彼女の『配』となってから、常に付きまとっていた『凡庸』と云う『世評』とは違う、溌溂とした『情熱と冷静』を併せ持つ、元ゲラルディーニ侯爵家の継嗣としての エルネスト卿の姿が思い起こされたのだろうか?
彼の『激高する姿』は、かくも激しい。 彼の実家である、ゲラルディーニ侯爵家では、彼の強い光を発する瞳を眼にする者は、その圧に気圧され跪くと云われる所以だった。
現国王陛下が、王太子時代に自身の感情のまま、婚姻予定者を変更した事に起因する、高位貴族家の婚姻政策の再構築。 一番の被害者と云うべき者の『激高』が、王太后宮の閉ざされた謁見室に響き渡る。
「エルネスト卿、エミリーベルの前ぞ。 抑えよ」
「それと、此れとは!」
「抑えよと、申し付けた。 よいか、エルネスト。 問題は、もう少し複雑なのだ。 陰で動き回った輩や、蒙昧な国王が、ファルクスに仕掛けた罠の餌はの…… お主らのもう一人の娘児なのだ。 公爵家の血を持たぬ娘の代わりに、今度こそ、『正統なる蒼き血』を王家に入れようとな。 愚かな……」
「はっ?」
「えっ?」
「ファルクス王太子が『己が妃に』と、望みし女性は公爵家二女 フレデリカ゠ノニエール゠ウルガストであり、それを強力に後押ししたのが、現ウルガスト公爵である ウルガスト公爵 クラージュ卿よ。 お主らの家の教育がそうさせた様だな」
椅子から飛び出さんばかりに激高していたエルネスト卿は、豪奢な椅子にその身を預け、激高していた『表情』が、呆ける。 同じように前女公爵エミリーベルも又……
深く嘆息した王太后陛下は、彼等に向ける視線は持たなかった。 余りにも惨い告知であった。 親の代の醜聞と、国を安定させるが為の方策が、全て裏目に出たと、そう云っても過言では無かった。
「………………娘に、会わせて頂きたい………………」
呟くように…… 密かな声がエルネストの口から漏れ出した。 憔悴した前公爵夫妻に、視線を向けられずにいる王太后陛下は、ややもすると震えそうになる声を心の中で叱咤激励し、語り掛ける。
「そうしてやってくれ。 国の安寧の為に殉じた、そなたの『自慢の娘』だからな」
「あぁ…… あぁぁ…… あぁぁぁぁぁ」
頭を抱え、髪を掻きむしる様に掴み、嗚咽の絶叫を迸らせるエルネスト。 そんな夫をどうしようもない程、哀しい視線で見詰めるエミリーベル。 深く思いあってしかるべきの二人。 『事情』と『誤解』と『錯誤』が、この夫婦をこんな形にしてしまった。
高位貴族が高位貴族で有る為に必要な責務。 生まれついて持った権利と権能に対して、要求されるのは貴族の義務と矜持。 それを押し付けたのは、他でもない王家。
「あ゙あ゙あ゙あぁぁぁ わ、私は! 私は! 愛さなければ良かったのだ! エメラルダを生涯の心の妻などにしなければ良かったのだ!! 既に、婚姻していた私達を何故! 何故、引き裂いたのだ!! 王家は、この国は!! どこまで!! どこまで、我等を!!!!」
無残に崩れ落ちるエルネスト。 王太后陛下は、その姿から目を背けたかった。 王太后自身が言った、『罪』の重さを、まざまざと見せつけられているのだと、そう理解していたからであった。
だから……
老女は、目を背けては成らなかった。
「エバレットは病死。 王太子の婚姻予定者は白紙とされる。 そして、然るべき時間持った後で、フレデリカにその役目を負わす事になる。 今、考えられる最善とは、“ これなのだ ” としか…… 言えぬ。 事を詳らかにし、混乱を助長すれば、国は…… どうしようもなく乱れる。 良く諭せ、あの愚かなる者達に。 判るな、エルネスト、エミリーベル」
床に蹲り、嗚咽を吐き出しているエルネスト。 彼は、貴族社会の軋轢の中、王家の尊い者が行った愚行により、永遠を誓った者を失った。 貴族の義務の名のもとに、ただ一つだけの『許し』を得た筈だった。
すべてを呑み込む為に、彼の愛だけは、残してもらえるように……
それすらも、奪われてしまった。 欲するが故に……
――――― 手から全てが零れ落ちた。
公爵家の存続と云う義務を一身に背負ったエミリーベル。 しかし、其処には確固とした自分の気持ちが有った。 たとえ、顧みられなかろうと、夫に心からの愛を捧げた。 エミリーベルの貴族としての責務は、公爵家を護り、愛する夫の心の拠り所を護る事。
その為に、公爵家当主として、エバレットとファルクス王太子殿下との縁組を画策した。 そして、それは成った。
エバレットを、公爵家の長女として受け入れ、教育したのも、それが故。 病で母を失った エバレット にとって、自分は母では無い。 彼女の母は、愛する夫が愛して止まない、エメラルダ只一人しか居ない…… よって、心の距離は取らねば成らない。
それが、エバレットにとって最善であるから……
……だと、思っていた。
ガラガラと何かが崩れ落ちる音が、エミリーベルの心から響く。 何もかも…… そう、何もかもが、瓦解する音に違いなかった…… そして、彼女も又、崩れ落ちた。 愛する夫と同じように……
慟哭の叫びをあげながら……
王太后陛下の声が、謁見の間に広がる。
「王侯貴族には…… この国には…… エバレットの死を悼む『資格』が有るモノは…… 居るのだろうか? のう、エルネストよ……」
さらなる慟哭が、王太后宮謁見室に響き渡っていった。
やはり、『その後の物語』は難しいです。
読んで下さった方に、感謝を!