【おまけ】とあるモブ眼鏡の話
思ったより好評だったので、おまけ話です。
学校は楽しい場所なんかじゃなく勉強する場所なのだと、レオンハルトは思い込むようにしていた。そもそも楽しむことが出来ないのだ。地頭の良さと真面目さだけで生きてきて、昔から友だちを作るのが苦手だった。緊張してしまうのだ。何を喋ったらいいか分からなくなって、口を開くとどもってしまう。俯いて黙り込んでしまうから、みんな「こいつは面白くない」と思って離れていく。
分かっていた。
多忙で低賃金な町工場務めの親から、幼少期の察しの良さや記憶力を褒められ、期待されるがまま王立学園に入学してしまったのが運の尽き。中等部に入学して一か月が経った頃には、親から「どうだい? 友達は出来たかい?」と手紙が来たけれど、親に心配させたくない思いで「出来たよ」と答えてしまい、以降手紙では学校ライフを充実しているフリをしている。
せめて学業だけは成果をあげようと勉強にのめり込むうちに重度の近眼になってしまった。分厚い丸眼鏡をかけて鏡の中にいる自分を見て、レオンハルトは思った。
(え。マジで陰キャの典型みたいじゃん)
自分で言うのは何だが、それなりに容姿が整っていると自負している。猫毛の茶髪に、すっと通った鼻筋。大きくはないが切れ長の茶色い瞳は、中等部の入学式初日に、可愛い女子生徒から「綺麗な目だね」と褒められたこともある。
しかし分厚い眼鏡のせいで顔の良さがすっかり隠れ、陰湿イメージをより押し出してしまっている。ショックだ。高等部にあがってからは、中等部の陰湿キャラから心機一転しようと思っていたのに、あんまりだ。
そうこうしているうちにクラスのカースト上位組に目をつけられ、絶妙にイヤで絶妙に面白い嫌がらせを受けるようになった。学園で表彰されるレベルの画力で彫刻の絵が机に描いてあったり(消すのはすごく大変だった)、校庭の木から降りられなくなっている猫を、必死こいて木に登って助けた翌日には、ふんわりほのぼのタッチな、少年が猫を助けるストーリーの漫画調の絵が描かれていた(消すのがもったいないと思いながら泣く泣く消した)。
やっぱり、学校は楽しい場所ではない。
「レオンハルトさん」
(俺が学校に馴染むのは無理だ)
「レオンハルトさん」
(やっぱりこうして教室の隅っこで目立たないように生きていこう)
「レオンハルトさん」
(そうだ、俺はノミなんだ。この世に絶対に存在しているけど人間の目には見えない。俺の人生は陰キャでいい。学業をそつなくこなして、いいところに就職しよう。青春なんてくそくらえ。陰キャ万歳、ノミ人生万歳!!)
「レオンハルトさん!」
「はい!?」
女子だった。
ハッとするような美貌の美少女で、名前はフェティローズ。中等部から入学したレオンハルトですら遅いと言われてきたのに、この美少女は高等部の秋に編入してきた。きっと彼女もすぐカースト上位に仲間入りするかと思っていたが、彼女は綺麗すぎて逆にクラスから浮いている。態度もそっけなく、一時は氷棘の悪役令嬢と恐れられていた。でも今はそうではないらしい。何でも、彼女は編入初日の不安から冷たい態度を取っていたのだという。
なんにせよ、レオンハルトにとっては縁遠い人物だ。
(んで、なんで俺はこんな美人に顔を近づけられているんだっけ?)
思い出した。
今は美術の授業で、二人一組になってお互いの顔をスケッチブックに描くのだ。
正直、被写体が美人過ぎて困る。
「わたしはもう書き終わりました。レオンハルトさんもどうぞ」
「…………」
(うぐぐ…………なんでよりにもよってフェティローズ様とペアになっちゃったんだ。この人はあの『ザロヴィア』様の婚約者だぞ!!)
ザロヴィア・シースヴェンナ。
シースヴェンナ公爵の息子で、学園で一、二を争う人気者。厳しい剣術の稽古で、同じ学生とは思えないほどに体が引き締まっていて、女子生徒から黄色い悲鳴を受けまくっている。レオンハルトは、あれこそカースト最上位だと思っている。家柄よし顔良し運動神経抜群という三種の神器が揃っている人物だ。そんな人の婚約者を狙っているって思われたりしたら…………。
(ひぃいいいい!?)
視線を感じた。
寒気でブルリと震える。
美術室の窓から辺りを見渡すと、なんと三階の廊下から『噂のザロヴィア様』が、腕を組んで大変機嫌が悪そうにレオンハルトを睨んでいた。美しいお顔は怒っても美しいんだな、と場違いな感想を抱きつつも。
(目を付けられたぁああ!?!?)
恐怖で震えた。
「レオンハルトさん、早く描かないと授業が終わってしまいますよ?」
「そ、そうですね…………」
そうしたいのは山々だが、彼女を直視できない。
だって直視すると、窓の外から物凄い殺気を感じるのだから。
「描けないのですか?」
「へ!? あ、いや…………そんなことは」
「細かい部分を意識し過ぎると逆に描けなくなってしまいますよ。まずは大雑把に人を捉えてみましょう。頭を丸で、体を楕円で薄くアウトラインを引いて、バランスを見ながら細部を描き込むと良いと思います」
「へ、へえ…………」
(わっかりやすっ! 学年一位って聞いたけど本当なんだな)
顔良し、家柄良し、容姿良し、成績良し。
人に教えるのも上手くて、神は一人に分け与え過ぎではと思う。
またしても、背後から殺気を感じた。
(人でも殺したことありますか!? って聞きたいくらいに怖いんだけど。ザロヴィア様。ていうか、授業中じゃないの? なんで廊下に出てるの!?)
レオンハルトは、そこから先をどうやって美術の時間を乗り切ったのかよく覚えていない。とにかく窓の外を見ないようにして、スケッチブックに彼女の体を描き留めた。
絵は……お世辞にも上手いとはいえない出来だったが。
(もう疲れた。学校やだ。ベットにダイブしたい。引きこもりたい……)
とぼとぼと教室に戻るため一人歩いていると、目の前で腕を組んで仁王立ちするザロヴィアがいた。
(あ。終わった。俺の人生終わったわ。バイバイ・マイライフ。父ちゃん母ちゃんごめんなさい、俺の人生はここで終わります)
「さっきの授業でフェティと一緒にいたな」
「あ、え…………」
「何を話していた?」
「え…………いや……」
ザロヴィアに肩をがっちり捕まれたレオンハルトは、ビビった。
(ひぃい近い近い近い! イケメンって凶器じゃないコレ!?)
「フェティは、どんなことで笑っていた?」
「はい…………?」
「フェティが美術の授業だったから、廊下から見ていた。俺は昔のフェティをよく知っている。……もっと笑っていたんだ。俺に色んな話を楽しそうに喋ってくれて、今よりも数倍明るかった。だから、今日はどんなことでフェティが笑っていたのか聞きたい。参考にしたいんだ」
「え……と…………それはつまり、彼女さんの雰囲気が冷たくなったから、何とかしたい……と?」
(あ、これ墓穴だわ)
柳眉をひそめて、怒りをあらわにするザロヴィアに、レオンハルトはまたしても死を悟る。しかし態度が冷たくなったというのは、スケッチブックにザロヴィアの肖像画を描かせて持ち歩き、常日頃それを眺めてニマニマしているフェティローズからすると、全く見当違いな話である。そもそも先ほどの美術の授業でも、傍からは真面目にレオンハルトの絵を描いていたように見えるが、実はフェティローズの頭の中で愛しの婚約者を浮かべ、それを忠実に絵として再現していたのだ。レオンハルトの絵はスケッチブックの隅っこに、目を凝らさないと見えないほどに小さく描いただけ。不真面目? いいやフェティローズは欲望に忠実なだけである。
そんなフェティローズの性格を知らないザロヴィアが、婚約者の態度が昔に比べて冷たくなったと嘆くのも、レオンハルトが解決策を頭から絞り出そうとするのも、いらない労力なのである。
なのだが───
「え……と、フェティローズ様は、俺に絵の描き方を教えてくれていて……」
「教示の最中に笑ったのだな。フェティらしい」
あとは気付いたことを言っていく。
(ザロヴィア様…………メモしてる。真面目か)
「よし分かった」
「あ…………はい」
「今日はこれくらいにしてやる。でももし、フェティに妙な気を起こしたら、その時は容赦しないからな」
「はい…………」
ザロヴィアから解放され、とぼとぼと教室に戻る。
すると机には、また超絶画力の絵が描かれていた。
(…………ん? これ、俺とザロヴィア様じゃね?)
レオンハルトと思われる丸眼鏡男子と、美しく描かれたザロヴィア。
なぜか互いに見つめ合い、頬を赤く染めている。
(え。一部の女子の間でむふふんって流行ってる、男同士の恋愛って言われるアレじゃね)
用語は知っている。
教室の隅っこにいると、俗世の話題が嫌でも耳に入って来るのだ。可愛い見た目の男子が、かっこよくて押しの強い男子に攻められ、恋愛に発展していくという。
『ボーイズ・ラブ』という名前で、一部の女子の間で流行っているのだ。レオンハルトは、彼女たちの間で『受け』として認定されたということになる。
(え。なんでこうなった)
やっぱり学校って楽しむ場所じゃないなと、改めてレオンハルトは思ったのだった。