07 推しのいる幸せ
「なあ、聞いた?」
「聞いた聞いた」
二人の男子生徒が、顔を赤らめながら声を潜めている。
熱心に見つめる先には、美しく、冷たい、氷棘の悪役令嬢と噂されるフェティローズの姿。真剣な眼差しで本を読むフェティローズに、二人はますます熱い視線を送る。
「フェティローズ様ってさ、意外と優しいよな」
「そうだよな。みんなの前であれだけ侮辱されたのに、お咎めなしだぜ? それどころか、クラスメイトのアリアさんと一緒に、あの時の二人も食事に誘ってるんだって」
「優しい……! まるで聖女様みたいだ」
フェティローズが長い銀髪を耳にかける。何の本を読んでいるのか分からなかったが、高尚な哲学本に違いないと、二人は思った。
彼女が本のページをめくるたびに、「んっ」と微かに艶めいた声が漏れて、男子二人はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「なあ、やっぱりあの噂は本当なんじゃないか?」
「ああ。フェティローズ様が、遠く離れたこの地に引っ越してきて、緊張のあまり周りに冷たく接してしまったって」
「そうだよな。だって、フェティローズ様って………」
「すっごい可愛い顔してるよな」
「今までは美人過ぎて近寄りがたいって思ってたけど、あんな優しいフェティローズ様を見ちゃったら、俺好きになっちゃうわ……」
「俺も……」
そのとき、フェティローズの近くにザロヴィアが颯爽と現れた。学園一、二を争う人気者の登場に、男子生徒二人は「まあ、俺達には無理だよなぁ」とがっくり肩を落としたのだった。
◇
ザロヴィアに呼び立てられて、フェティローズは名残惜し気に本を閉じた。ザロヴィアに見つからないように俊敏な動きで本を隠しつつ、綴られた言葉に想いを馳せる。
(後で、しっかり、脳に刻み込むようにしっかり、じっくり、ねっとり読もう。金に物を言わせて書かせた、ザロヴィア様の成長日記……)
どうやって手に入れたかと言えば、シースヴェンナ公爵に仕えていて、かつ、ザロヴィアの幼少期を知っていた侍女を金の力で引き抜き、彼がどんな幼少期を過ごしていたのか、成長記録として書いてもらった。
決して、──そう決して、さきほどフェティローズに熱視線を送っていた男子生徒二人が思い描くような、高尚な哲学本などではない。
それどころか、欲望という欲望が湧いて出てきたような一品を、フェティローズは公共の場で堂々と読んでいたのである。
(うふっ。今までザロヴィア様以外の男性にはこれっぽっちも興味なかったけど、あの成長日記を読むと考えも変わるものね)
昔のザロヴィアは、次期公爵というプレッシャーのせいもあってか、常に無口で、すべてに達観したような、大人みたいな子ども。そんな幼少期時代、一人だけ仲の良かった男の子がいた。
(ザロヴィア様が男の子とじゃれ合う……どうしてかしら、今まで全く感じてこなかったものが、急に花が開いたように、くすぐったい思いがするのよね)
言ってみれば、その男の子に出会っていなければ、ザロヴィアはフェティローズに挨拶せず、出会わなかったかもしれないのだ。
(感謝よね……)
ザロヴィアを間近で見つめるのは神々しすぎて目が焼けるため、フェティローズは適当な男子生徒に当たりを付け、その人物を見た。フェティローズに見つめられた男子生徒は、顔を赤くしてすぐに走り去っていく。
(あら。やっぱり卑しい女に見つめられるのは嫌よね……)
寂しい視線を送っていると、隣にいるザロヴィアがむすっとした声をあげた。
「最近、フェティを見る男子生徒の視線が増えた……」
(ザロヴィア様が美しいからみんな見惚れているだけでは?)
最近のフェティローズはザロヴィアの隣にいるので、きっとそう思うだけだろうと。
しかしザロヴィアは不機嫌そうな顔して、フェティローズを芝生のある場所まで連れ出した。ここは、生徒たちが勉強をしたり本を読んだりする場所だ。フェティローズは常にぼっちだったので、来たことはなかった。
「こっちに」
「?」
「いいですから、早く」
木陰の傍に来たところで、ザロヴィアがフェティローズの体を軽く掴む。
無理やり座らせたところで、フェティローズの膝の上にザロヴィアが寝転がった。
つまり、膝枕だ。
(ふぉおおおお!? なにこれ何のサービスタイム!?!? ……いいの? お金払わなくていいんですか!?)
サラサラの黒髪を、今なら触り放題撫で放題。
お金を払わなくていいのか、フェティローズは本気で不安になった。
独占して、いいものかと。
「フェティ」
「はい」
「あなたは俺のものですからね」
今年一番の興奮だった。
フェティローズは雄たけびをあげないように口周りを抑える。
(はあ。わたしの推し、最高だわ)
推しの柔らかな髪の感触を味わい尽くしながら、フェティローズは幸せを嚙みしめていた。
完
ここまでギャグメインの小説は初めて書きました。
ど、どうでしたか……? ちゃんと面白く書けてましたでしょうか?
作者的にはめちゃくちゃ不安なので、ちょっとでもいいなと思っていただければ、
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