05 推し友が欲しい(1)
お昼の時間──
フェティローズは、麗しの婚約者にじぃっと見つめられながら、昼食を摂っていた。
(やだ、見ないで。卑しい女の食事のシーンなんて見ても何も楽しくないと思うわ)
心のなかで恥じらいつつも、表情には出さないフェティローズ。
二人が昼食を摂っている場所は、王立学園でも成績優秀者にしか入ることの許されない特別な場所。フェティローズは学業で学年トップ、ザロヴィアも実技の成績で学年トップなので、シェフの作ったフルコースを堪能できる。
(あ、味を感じない……)
魚介のスープも、ただ液体を胃に流し込んでいるだけ。時間をかけて作ってくれたシェフに申し訳なさを感じつつも、フェティローズはチラッとザロヴィアを見上げた。
「食べないのですか?」
「食べてる」
「手がまったく動いていないように見えますが」
「フェティの顔を一秒でも長く見ていたいから」
「っ……!」
(あ、っぶなぁあああ!! 今の不意打ちで表情に出そうになったわ!!)
さすが学園で一、二を争うモテ男のセリフ。艶のある声や雰囲気で、フェティローズも破顔しそうになる。しかし、フェティローズはめげない。
「そんなことを言ってないで、さっさと食べたらいかがですか?」
「フェティが言うならそうしよう」
「忠犬みたいですね」
流麗な仕草で肉料理を口に運ぶザロヴィアは、フェティローズの言葉にふっと笑った。
「なにがおかしいんですか?」
「いや、嬉しいだけですよ。フェティが俺に話しかけてくれるなんて」
(誰かこの天然たらしを止めて。わたしの理性が吹き飛ぶ前に)
笑った顔は昔そっくりだと思いながら、フェティローズは次の話題に移った。
「一週間ほど学園をお休みします」
「ああ、国王陛下との謁見か……」
「はい。この国に引っ越してから半年以上経ちましたし、陛下へのアポイントも取れましたので」
「了解。変な輩に絡まれないように道中は気を付けるんですよ?」
「お父様もいらっしゃるので大丈夫ですわ」
フェティローズの唯一の不安といえば、生のザロヴィアの姿を拝むことが出来ないことだ。学園に来る前はザロヴィアを妄想の草原に放つことで何とか意識を保ってきたが、今は本物がいるので妄想だけでは栄養が足りない。
餓死になるのを防ぐには、ザロヴィアから取り返したスケッチブックを持参してニマニマすることだ。
(焼却処分されなかったのはさすがザロヴィア様だわ。ということは、ザロヴィア様がいないところで見るのは大丈夫ってことよね? ね???)
フェティローズは目で訴える。
ただどれだけ眼力を強めたところで、ザロヴィアから見れば「わたしの身など案じないでくださいませ」と冷たくあしらっているように見えるのだ。
しかしその冷たさもまた、ザロヴィアにとっては「二人きりのときくらい冷たいフリをしなくていいのに」と思うだけなのだが。
◇
そして、一週間後──
国王陛下との謁見を済ませて学園に戻って来たフェティローズは、精神的潤いが足りずに干からびかけていた。
(萌えが…………萌えが足りないっ!)
本物を拝みたい。
ただその精神だけで、今のフェティローズは体を動かしている。
フェティローズの耳に騒がしい声が聞こえたのは、その時だった。
「どういうつもりですの! 貴族でもない庶民の方が、どうして私たちのザロヴィア様と親し気にお話ししているなんて。図々しいったらありませんわっ!」
「そうよそうよ!」
中庭にある大きな噴水の近くで、一人の女子生徒が声をあげている。同調するように隣の女子生徒も険しい表情を浮かべ、座り込む女子生徒を見下ろしていた。
(え、ごめんなさい。わたしもみんなのザロヴィア様を奪ってる一人……というか張本人です。裁判沙汰になったら確実に執行猶予なしで懲役10年の刑です……)
自分に言われた訳ではないのだが、謝らずにはいられないのがフェティローズの性格。
(あら? そういえばあの二人、まえにわたしがスケッチブックを見ている時にチラチラと見てきた二人じゃない? 学年は同じでクラスは別だったけど……)
そうだそうだ、と思い出す。
(あの赤髪の方…………プルマさんというお名前だわ。顔は怖そうだけど。もう片方の緑髪の方はスウィートさんね。そして、二人に怯えているあの子。そうだ、わたしと同じクラスのアリア・クインザさんだわ!)
短いショートヘアーで、可憐で可愛らしい顔立ちをしている。
フェティローズの登校初日、一番優しそうで仲良くなれそうと思ったのが彼女だった。
(ただ……アリアさんにも怯えられちゃったのよね)
ハイテンションに話しかけてドン引きされないよう気を引き締めたら、顔が強張りすぎて怯えられたというのがオチだ。以降視線すら合わせてくれなかったため、枕を涙で濡らした相手である。
(そのアリアさんが、ザロヴィア様と親し気にお話しして…………)
ザロヴィアは基本的に優しい性格である。
しつこく絡まれて嫌な顔をすることはあっても、少し話すくらいなら有り得る話だ。
ハッ!
再び電撃に打たれたような衝撃が、フェティローズを襲う。
(分かった! きっとアリアさんもあの人たちも、気持ちはわたしと同じ! ザロヴィア様を推したい人たち、略して『推し隊』なんだわ!!)
あのとき、赤髪のプルマと緑髪とスウィートがフェティローズを見ていた理由だって、聖書を見たかっただけ。
いま二人がアリアを責めているのは、一種の悲しい仲間割れのようなもの。推し隊なら足並み揃えて推しを愛でなければならないのに、一人だけ抜け駆けして推しと接触してしまった。あなただけずるいわ! と二人は責めているのだ。
(いいえ、いいえ! アリアさん、悪いのはあなたではないわ。罪を背負うべき咎人はわたし。むしろわたしこそ、地獄の釜で焼かれるべき存在なのよ!!)
フェティローズは、野次馬を掻き分けてずんずん前に進み出た。
周りの生徒からすれば、冷静沈着な麗しの氷棘の令嬢が、勇敢にも三人の仲たがいを仲裁しに行こうとしているように見えるだろう。
だが実際のフェティローズの内面は。
(推し友よ。うふふふ、これでようやく脱ぼっち。アリアさんとプルマさんとスウィートさんを推し友に迎え入れて、ウハウハのザロヴィア様推し活ライフよ)
自己中心的な欲望が渦巻いていた。
「待ちなさい、二人とも」