第十三話「トータシア鉄道ハイジャック」
ヒカル達はフレグを出発してジャレートの町まで歩き、トータシア鉄道のジャレート駅に到着した。セイラは目を見開く。
「へぇ、ここが駅なんですね! 鉄道って初めて見ましたけどこんな感じなんですね。列車はまだですか」
「もうすぐ来るみたいだ。時刻表ってのがあった。そこに時計があるだろ。今は午後1時25分だから7分後にブゲン行きのが来る」
「楽しみですね。ああ、切符というのを買わないと乗れないんでしたっけ。急いで買わないと」
「そうだな」
ヒカルは切符売り場で二人分の切符を買った。一枚をセイラに渡し、二人して乗り場で待つ。
他に待っている人はそれほど多くなかったが、セイラは彼らからの視線を感じていた。
「なんだか私、注目を浴びてませんか?」
「外国人が珍しいんだろう。ブゲンまで行けばドラゴニア人も少なくないんだが。なんといっても同盟国だしな」
周りは銀髪赤眼のトータシア人ばかりで金髪青眼のセイラは目立っていた。さらにヒカルは言う。
「それにセイラが可愛すぎてつい見てしまうんだろう」
「もう、何言ってるんですか……からかわないでください」
セイラは赤面していじいじした。そういう反応がまた可愛らしいとヒカルはほくそ笑んだ。
ほどなくして、白い雪がまだらにかかった黒い車体の蒸気機関車が乗り場に到着した。
「すごい、これが本物の列車なんですね! 長い……たくさん人が乗れますね」
「そうだな」
セイラは目を輝かせる。乗り場で待っていた他のトータシア人達はぞろぞろと列車に乗り込む。ヒカルも相方の背中を押した。
「乗るぞ」
「はい」
二人は蒸気機関車の客車に入る。中は二人掛けの席が左右二列にずらっと並んでいて、西の果ての方の駅だったので空いていて座れる席はどこにもあった。適当なところにセイラの希望で窓側に彼女が、通路側にヒカルが座った。
トータシア鉄道はトータシア帝国を横断する大鉄道だ。石炭資源が豊富でいち早く工業を発展させ、また大規模な工事を可能とする強力な国家体制を築いているからこそなしえた代物だった。
今列車が東に向かってゆっくりと走り出す。次第に速度を上げていく。煙突から煙を立ち上げ、汽笛を鳴らした。
「見てくださいヒカル、景色があっという間に移り変わっていきます! 馬車より速いのではないでしょうか」
「そうか? 馬も頑張ればこれぐらいは走れる。もっとも馬じゃこの人数は一気に運べないがな。特筆すべきはその力だよ」
「それもそうですね」
セイラは窓の外を食い入るように見ていた。雪化粧した村や野や森、遠くに見える山が全て新鮮だった。
列車がまた汽笛を鳴らす。次の駅が近づいているサインだった。時間は2時を回っていたがセイラにとっては数分しか経っていないような気がした。
ツーエム駅に列車が到着する。降りる人はおらず乗ってくる人ばかりだった。少し混んだがまだ席は空いている。再び列車は走り出す。
「切符を拝見します」
客車に車掌が入ってきて客の切符を取り、偽造ではないか見て返していた。ヒカルとセイラにも順番が回ってくる。
「切符を拝見します」
「どうぞ」
セイラは少し緊張して切符を手渡す。すぐに返してもらい、車掌は次の客に移った。
「これも初めてです……こうやって確認するんですね」
「ああ、無賃乗車する奴とかもいるし」
あっという間に車掌はこの客車での業務を終え、後ろの客車へと向かった。
次のニスエック駅でそこそこ人が降りたが、結構人が乗り込んできて、席はほぼほぼ埋まった。
新たな客の切符を確認するため再び車掌が客車を回る。ヒカル達の客車での業務を終えて後ろの車両に乗り移ろうとしたその時だった。銃声がした。
「キャアァァ!」
後方の客が悲鳴を上げる。ヒカルが振り返って見ると、車掌が頭から血を流して倒れていた。撃たれたのは彼だった。代わるようにしてライフル銃を持ったトータシア人の男が後ろの車両から乗り込んできた。
「この列車は我々明けの明星が乗っ取った! この車掌のようになりたくなければ大人しくしていろ!」
前の車両からも一人同じ銃を持った男が同様に入ってきた。後ろの男の仲間だろう。
「明けの明星?」
「魔王ルシファーの異名です」
「随分と物騒だな……思い上がったテロリストが付けそうな名だ」
「そこ、何を話している!」
ヒカルとセイラが小声で会話していると、気付いたハイジャック犯の男が近づいた。
「な、なんでもありません」
「お前……ドラゴニア人か、ドラゴニア人は関係ない。大人しくしてれば解放してやるよ」
「あの、一つ聞いてもいいですか? あなた達は何が目的なんですか?」
「おい、セイラ……」
相手を刺激するようなことを言うなとヒカルは咎めたかったが、ハイジャック犯はよくぞ聞いてくれたと意外にも好意的に受け止め、他の客にも聞こえるよう大声で話した。
「我々は先のタイガニアとの戦争のきっかけとなったトータシア鉄道爆破事件がトータシア軍の自作自演だったという証拠を国民に示すことを要求するのだ! 奴ら軍部はタイガニアに侵攻するために事件をでっちあげ、多くの国民を戦地に送り出し、死に追いやった。その罪は重い! 我々の要求がのめない場合、この列車の乗客は皆殺しにする」
「ひぃぃぃ!」
「お助けを……」
「お母さぁん!」
ハイジャック犯の宣言のせいで乗客がパニックになる。銃を持った男二人は怒鳴る。
「おい静かにしろ! 撃つぞ!」
「びえええええん!」
間の悪いことに赤子が泣き出す。母親は焦るがそう簡単に泣き止みそうにない。この親子にハイジャック犯が一人近づいた。
「おい、黙らせろ」
「ごめんなさいごめんなさい、よちよち、いい子だから泣き止んで……」
「びえええんびええええええん!」
赤子は一層泣き喚く。ハイジャック犯の男は頭に血が上って、銃をその幼子に突きつけ、撃った。
「ああああ」
絶叫する母親のこめかみにも撃って殺すハイジャック犯の男。あまりの残虐さに乗客達は絶句して客車は静まり返る。だがやがて沈黙を破ってセイラが言った。
「ヒカル、彼らをやっつけなさい。これは命令です」
「わかった」
ヒカルは席を立ち、親子を無慈悲に殺した男に近づこうとする。それをもう一人の銃を持った男が呼び止めた。
「おい、何してる。勝手に立つな。席に戻れ。撃つぞ」
「撃てるものなら撃ってみろ」
「待て、お前……カタナで武装しているな! 何者だ!」
男が注意するより早くヒカルはそいつに向かって走り出した。
男は発砲する。だが弾丸はヒカルをすり抜けた。カタナで両断され軌道が二つに逸れたのだ。そして次の瞬間には銃の先端が斬られて二射目が撃てなくなった。もう一歩踏み込んで、彼の首を刎ねる。鮮血がぶわっと噴き出し、頭を失った体は倒れ込む。
先程親子を殺した男はそれを見て驚愕した。そして次は自分の番だと恐れおののいた。ヒカルに向かって発砲する。しかし恐怖のあまり照準が定まらず見当違いの方向に弾丸が飛ぶ。
ヒカルは瞬時に距離を詰め、この残虐な行いをした男の首を斬って始末した。
「ヒカル、よくやりました」
「いや、この二人だけのはずがない。この列車は八両編成だ、後ろの車両から順に見回ってテロリスト共を倒していく」
「そうですか、そうですよね。じゃあ私も行きます」
セイラが席を立ったのでヒカルは顔色を変えた。
「何言ってるんだ、相手は銃で武装してるんだぞ! 危ないことは私に任せろ」
「いえ、相手が剣士でなく銃を使うからこそヒカルが心配なんです。ヒカルの背中を守らせてください」
「そうか……じゃあそこの銃を拾っておけ。使い方はわかるな?」
「本で読んだことはあります。使えると思います……多分」
セイラはハイジャック犯が持っていた銃を拾い、携行する。そしてヒカルと共に後ろの客車に向かった。すると案の定、ライフル銃を持った男が客を脅していた。
「おい、黙って従え……なんだお前達は!?」
ヒカルは走る。その後ろからセイラは射撃を試みる。男と同時に発砲し、彼女の弾は素人故明後日の方向に飛んでいき、彼の弾はカタナに斬り捨てられた。
「馬鹿な!」
それが男の最期の言葉だった。体から離れた首が落ちる。ヒカルのムラマサから血が滴り落ちた。
「行くぞ」
「はい」
その調子で後ろの車両を制圧し、元々座っていた車両に戻ってくる。
「さて後は前か……今五両目だから後四両。それと機関室だな」
「機関室?」
「列車を動かしてる運転手がいるところだ。客車から炭水車を挟んで前方にある」
「そこにも誰かいそうですね」
「十中八九な」
列車が駅を通り過ぎる。運転手が脅されて走らされている証拠だった。
ヒカル達は前の客車に進む。後ろの車両にはハイジャック犯は客車ごとに一人か二人だったが前の車両は最低三人はいた。セイラの射撃の腕はたった数回の実戦で向上して体のどこかに掠るぐらいにはなり、援護としては十分だった。しかし三両目で一人取り逃してしまう。
逃げたハイジャック犯はヒカル達の襲撃を仲間に伝え、一両目に全員集まって迎え撃とうとした。二両目から二人は一両目の様子を扉越しに窺う。
「どうしましょう、ヒカル……」
「タイガニアではこれより多勢を相手にした。セイラはここで待ってろ、片を付けてくる」
そう言ってヒカルは扉を開け一両目に乗り込む。
「来やがったな女サムライ、撃て!」
通路に所狭しと並んだ九人の男が発砲する。ヒカルは姿勢を低くしてかわし、それでも当たりそうな弾は二本のカタナを使って弾いた。狭い客車だ、あっという間に距離を詰め、一人ずつ斬り殺していく。
「うわああああ!」
一番奥にいたハイジャック犯の男が逃げ出す。一両目の奥の扉を開けると外の石炭と水を積んだ車両である炭水車が見えていた。ヒカルは追う。
炭水車の外に僅かに人が通れるだけの足場があって、そこに男が足を掛けていたが狭すぎて走ることもできず、完全に追い詰められていた。
「往生際が悪いな……」
「やめろ、機関室には爆弾を積んである! 俺を殺したらリーダーが爆弾に点火して乗客丸ごとぶっ飛ばすぞ!」
命惜しさに無茶苦茶な脅し方をする男。ヒカルは呆れる。
「リーダーにとってお前の命は計画をおじゃんにするほど大切なのか?」
「それは……」
「ならそういうことだ」
冷徹にヒカルはムラマサで男の首を刎ねた。斬り落とされた頭が列車の外に落ちてすぐに見えなくなった。
ヒカルは一旦二両目まで戻ってきてセイラに機関室に爆弾が積んであることを告げた。
「それは大変です。機関室へ向かいましょう」
「そうだな。行ってくる」
「私も行きます」
「駄目だ。危険すぎる」
「いいえ、今回は嫌な予感がするんです。ヒカルが駄目だと言っても意地でもついていきますよ」
「そうか……仕方ないな」
セイラが一度言い出したらキリがない性格なのを熟知しているのでヒカルは同行を許す。二人は一両目から炭水車に移り、不安定な足場を伝って機関室を目指す。
「これ、落ちそうです……怖くないですか、ヒカル」
「じゃあついてくるな」
「そう言わないでください。全然怖くないですから!」
セイラは意地を張る。ヒカルはそっけない態度を取りつつ内心ではセイラが落っこちないかハラハラしていた。
無事二人は機関室に乗り移る。すると大量の爆薬が置いてあって、運転手がリボルバーを突きつけられていた。
「なんだお前達は? 客車の方はどうなっている?」
銃を握っているのは女のように長い銀髪に切れ長の赤い目をした長身痩躯の男だった。ヒカルは尋ねる。
「お前が明けの明星のリーダーか?」
「質問を質問で返すな。これがテストだったら0点だぞ、マヌケめ」
「マヌケはお前の方だ」
ヒカルの神速の居合斬りで瞬きする間に長髪の男は首を斬られた。頭を失った体は崩れ落ちる。
「運転手、もう大丈夫だ。客車の方のテロリストも全て始末した。安心して運行するといい」
「そうなんですか……!」
ヒカルが運転手の肩を軽く叩くと彼は安堵した。
「なんだか、あっけなかったですね」
「ああ。所詮銃を手にして気を大きくした連中だ。私の敵じゃない。戻ろう」
ヒカルは背を向け、機関室を出ようとする。だがセイラが異変に気付き、呼び止めた。
「待ってくださいヒカル、動いてます!」
「何が?」
「ヒカル危ない!」
セイラがヒカルに飛び掛かって体を倒す。間一髪、彼女の頭を狙った弾丸をかわすことができた。代わりに窓が割れる。撃ったのは頭のない、男の死体だった。
「誰が撃った!?」
「私じゃありません!」
運転手が震え上がる。三人の前で死体がゆっくりと立ち上がる。
「馬鹿な、首を斬り落としたのに動けるはずがない……死んでいるんだぞ!」
「この不意打ちをかわしたのはお前が初めてだ……ドラゴニア人め、余計な真似を……」
切り離された頭の方が喋った。体の方が頭を拾うと首に置いて接着した。すると傷が塞がって元通りになった。
「悪い夢でも見ているみたいだ……異能者か、お前」
「いかにも。質問に答えてやろう。俺が明けの明星のリーダーで不死身の異能者、ザンギ・リボーンズだ」
「不死身のザンギか……!」
「ヒカル、知っているんですか?」
「タイガニアとトータシアの戦争に参加していた時に聞いたことがある。トータシア軍には不死身のザンギと呼ばれ恐れられる兵士がいるとな。どんな戦場からも生還するからそのあだ名がついたと思っていたが、本当に不死身とは……」
「ほう、お前もあの戦場にいたのか。ならばあの戦争は間違っていたとは思わないか? 全てはトータシア軍上層部の陰謀なのだ! それを思い知らせてやろう!」
ザンギは手を差し出す。だがヒカルはその手を取るどころか斬った。
「痛っ!」
「馬鹿を言うな。無関係な人間を巻き込んだ主張に正義などあるものか。あの戦争とお前らのやってることは何が違う?」
相手が不死身ならばとヒカルは銃の方を斬って使えなくした。
「銃ならまだある!」
ザンギは懐に忍ばせていた二丁目のリボルバーを取り出し至近距離で撃った。それはカタナの刀身でガードされた。こんなことで折れないなまくらでないことを感謝しつつヒカルは踏み込んでリボルバーごと胴体を斬る。
「こうなったらやり直しだ、この列車は爆破する。ハハハ、俺だけが生き残り、お前達は死ぬのだ!」
ザンギの上半身が這って爆薬に火をつけようとする。それを阻止すべくセイラは彼の頭を銃で撃ち抜いた。数秒動きが止まる。
「よくやった、セイラ」
「ヒカル、今の内です!」
ヒカルはザンギの上半身を切り刻む。少しでも再生を遅らせるため細かい肉片にした。
「ヒカル……そうか思い出したぞ……タイガニアの傭兵にヒカル・シルバーソードという腕利きのサムライがいるとな……お前がそうかヒカル・シルバーソードォォォォ!」
「こいつ!」
これだけ切り刻まれてなおザンギの口が喋る。恐るべき不死身の異能者! ヒカルは肉片の中から口を見つけ半分に切り分けた。
「どうしますヒカル、倒せませんよ」
「死なないというなら捨てるしかない」
ヒカルは割れていた窓を綺麗に斬って全開にし、ザンギの体を細かく切り刻んで肉片を一つ一つ掴んでは列車の外に放り投げた。セイラも処理を手伝う。
しばらくして、やっとザンギの体を全て捨て終わった。
「後は爆弾だな……」
「これも捨てるんですか?」
「いや、次の駅で降ろしてもらおう。処理が厄介だ」
「そうですね……これも」
セイラは銃を床に置いた。それから二人はまた狭い足場を通って客車に戻っていった。ちょうどその頃に汽笛が鳴って次の駅に着いた。
ソドハン駅で二時間近く停車し、警察が車内に入って検分したり死体を片付けたり爆弾を処理したりした。もう今日は動かないかと思われたが、警察が撤収して何事もなかったかのように運行を再開した。
外はもう薄暗くなっているが相変わらず雪が降っていた。それをセイラは窓から眺めていた。
「本当によく降るんですねトータシアは。イリュセウでは雪は珍しかったですよ」
「まぁな。私の故郷もこの季節は積もって雪かきが大変だった。手袋していても冷たくて手がヒリヒリする。それに私のような混血は雪玉をぶつける格好の的だったからな。出会い頭によくやられた。やり返したけど」
「それは苦労しましたね……それにしても今日は災難でした。まさかあんな恐ろしい異能者がこの世にいるとは」
「セイラがいなかったら私は死んでいたかもしれんな。ありがとう、助かったよ」
ヒカルは心から感謝する。セイラはそれを聞いて嬉しくなる。自分が役に立ったのだと思って。
「だから言ったでしょう、嫌な予感がするって。女の勘って当たるんですよ。本に書いてました」
得意げな顔をするセイラ。ヒカルは微笑ましくなる。
「その調子で頼む」
「はい!」
セイラは日が落ちるまでまた窓の外を眺めた。
夜も列車は走っていた。車掌が台車を引いて客車に入ってくる。台車には何やら箱を重ねて積んでいた。
「弁当は如何ですかー」
「一つ貰おうかしら」
「500ゲムになります」
前の方の席の客が金を払い、積まれた箱を一つ受け取る。セイラはその箱に興味を持った。
「弁当って何ですかヒカル」
「携行できるように箱に食料を詰めた物だ。ジャポニカから入ってきた文化だ。ジャポニカではコメというのを入れてあるそうだがトータシアにはないのでパンを入れているらしい。ちょうどお腹空いてたし買って食べよう」
「弁当は如何ですかー」
弁当を運ぶ車掌が近づいてくる。セイラは声を掛けた。
「すみません、弁当二つください」
「1000ゲムになります」
ヒカルが代金を払い、弁当を二人分受け取ってセイラに一つ渡す。
セイラがワクワクして開けると、中にはパン一個とくちゃくちゃのハムとしなびた野菜が入っていた。
「これが弁当ですか……」
「まぁ、こんなものだろう」
ヒカルはパンを手に取り齧る。セイラも倣って口にした。
列車は止まることなく夜通し走る。ヒカルとセイラは座席に座ったまま眠りに落ちた。
ヒカル達が列車旅を始めてから三日目の夕方になって、ついに首都ブゲンに到着した。今までで一番立派で巨大な駅にセイラは驚く。
「流石首都ブゲンですね、駅からして威容です」
「そうだな。昔ブッテツ師匠と来た時から改装されて見違えている……」
ヒカルは思い出に耽る。十年以上の時を経て様変わりしたブゲン駅だったが、記憶の中と同じものを見つける。
「ああ、このソロモン一世の銅像はよく覚えている。まだあったか」
「ソロモン一世って様々な超能力を使いこなし魔大戦で魔王を封印した立役者でしたよね」
この大陸に住む人間、少なくともトータシア人でソロモン一世の名を知らない者はいないだろう。魔大戦で魔王達を封印した英雄の中の英雄、メサイア教の聖典の中でも最重要に位置する聖人にして、トータシア帝国の建国者。現皇帝ソロモン二十四世はその直系の子孫にあたる。
始めドラゴニアもタイガニアもフェニクシアも一地方の小国に過ぎず、魔大戦で最大の働きをしたソロモン一世のトータシア帝国が大陸のほぼ全土を実質支配していた。しかしソロモン一世が死ぬと帝国は瓦解し、北方の今の領土に収まり、他の地域は長い戦乱を経て東をドラゴニア王国、西をタイガニア王国、南をフェニクシア王国のちの共和国が支配するようになった。
「立派な彫刻ですね。トータシアの彫刻家といえばアンジェロですがその作に近いものを感じます。駅は新しいものですから新しい彫刻家によるものでしょうが」
「ローユマンともよく美術品の話をしていたな。こういうのは好きなのか?」
「子供の頃から慣れ親しんでいる物ですから」
「へぇ。流石お姫様」
「からかっているんですか?」
「まさか。褒めているんだよ」
ヒカルは無学なので教養のあるセイラを少し羨ましくも思った。
二人は駅を出て大都市ブゲンを練り歩く。雪は降っていないが雪かきの跡はあった。道の至る所にあるガス灯がセイラにとっては新鮮だった。
「ヒカル、あちこちにあるあれは何ですか?」
「ああ、ガス灯か? 夜でも町を明るくするための燈だよ。そろそろ火が灯る。見てるといい」
ガス灯の前で少し待っていると長い点火棒を持った人がやってきて、ガス灯に火を灯していった。空も暗くなってきたところパッと場が明るくなる。
「成程、この町ではガス灯のおかげで夜も安心して外を歩けますね」
「ああ。ブゲンは最先端の都市だ。もっともガス灯ならザクスにもあったがな」
「そうなんですか? ザクスには行けなかったんですよね……残念です……」
四聖に阻まれてフェニクシア共和国の首都ザクスに行けなかったことを思い出し肩を落とすセイラ。ヒカルは気休めを言おうとする。
「王様になればいくらでも外遊する機会はあるさ」
「そんなことあるわけないじゃないですか。たまにヒカルって馬鹿なことを言い出しますよね。たまにですけど」
「なんだよ、こっちは真面目なんだぞ」
ムッとするヒカルの顔を見てセイラは笑った。
「笑うなよ」
「だって」
自分が笑われているのだがセイラの笑顔が可愛いのでひとまずヒカルの怒りは収まった。
日が暮れたので二人は宿を探して大通りに出た。すると夜なのに人通りが多かった。ガス灯で明るいせいもあるし、大都市だけあって夜もやっている店が少なくなかったのも一因だった。
ヒカルは雑踏の中でふと、背中に大剣を背負った茶髪の男の後姿を見つけた。まさか、そんな、あの男がここに――
「どうしたんですかヒカル、急に早足になって。待ってください」
「セイラ、奴だ。多分そうだ」
ヒカルは急ぐ。セイラを置いていきそうになるほどに。そして十分大剣を背負った男に近づくと大声で呼び止めた。
「おい、ダスク・ルシウス! お前なんだろ」
左目に眼帯をした茶髪のタイガニア人の男は振り返り、ニッと歯を見せて笑みを見せた。
次回「再会ダスク」




