第十一話「夕焼けの決闘」
紅蓮の空の下、ヒカルは駆けた。敬愛する師に向かって二本のカタナを振り下ろす。それをブッテツは一本のカタナで防いでみせた。
「そんなものか、ではこちらから行くぞ!」
ブッテツは相手のカタナをカタナで弾き、そのまま鋭い突きを繰り出す。すんでのところでヒカルはムラサメで攻撃を受け流し、ムラマサの方で反撃に転じようとした。しかしその時には次の一手が繰り出されており、ムラマサもまた防御に使わざるを得なかった。
攻撃は最大の防御を体現するかのようにブッテツは果敢に攻め続ける。その太刀筋は水のように流麗でかつ肉食獣のように獰猛であった。常に先手を打たれているために二本のカタナというアドバンテージがあるにもかかわらずヒカルは防戦一方だった。
ヒカルはなんとか攻め込もうと相手の隙を窺う。だが流石は剣聖と呼ばれたブッテツ、隙を全く見せない。なければ隙を作るしかない、相手は全く防御しようとしていないのだ、二刀流を活かして切り崩せば勝てるはずだ。そう考え、相手の斬撃を大きく弾いた。
ブッテツがわずかによろめく。その間に押し返そうとしてムラサメを振るう。だがこの斬撃は彼のカタナに受け流された。まだムラマサがある。そう思ったヒカルだったが左腰に鋭い痛みが走って鮮血が迸った。
斬られた! ブッテツのカタナ、コテツは赤く塗れている。ヒカルはムラサメを落とし、左手で傷口を押さえた。
「痛むか? 自業自得だ。本気を出さない故のな」
ブッテツはさっと距離を取って言った。
「たわけ! 本気を出せば私を殺めてしまうかもしれないなどと驕るのは百年早いわ! そんな甘ったれた剣では私は倒せない。何を迷う? もう私のことを師だと思うな、甘えを一切捨てよ!」
ブッテツの一喝にヒカルはハッとする。それからムラサメを拾い、鞘に収めた。小手先の二刀流は剣聖には通じないと考えた。ムラマサを両手で持ち、構える。
「ほう、目つきが変わったな。殺す者になった」
「行くぞ師匠、いや、ブッテツ・タイラ!」
ヒカルは踏み込み、斬りかかる。それをブッテツはカタナで受け流そうとするが押し込まれたので弾いて反撃に出ようとする。だが矢継早に次の一手が繰り出される。
今度はヒカルが攻めに回った。ブッテツに勝てる見込みがあるとすれば、それは速さしかない。若い自分なら老いて体力の落ちている彼に勝るのではと考え、より速く剣を振るおうとする。
だがまだ拮抗していた。ヒカルの斬撃とブッテツの斬撃がぶつかり合い、鍔迫り合う。
「セイラ王女を攫ったのは剣士としてお前と本気で戦って見たかったという気持ちがなかったと言えば嘘になる。お前の成長ぶりは実に喜ばしい」
「そ、そんなことを言われても嬉しくない! セイラを返せ!」
「ここは通さん!」
凄まじい気迫でブッテツは相手のカタナを弾き、そのまま心臓を突こうとする。だがヒカルは体を捻ってこの鋭い突きを避けた。卓越した運動能力がなせる業だった。そしてムラマサで相手の首筋を狙い反撃に出る。
ブッテツは辛うじて防御してみせるが、無理な体勢になった。そこに初めて隙が生まれる。ヒカルはそれを見逃さなかった。後は無我夢中で今までで一番速く剣を振るった。
ブッテツは胴体を一刀両断にされ、先に上半身から崩れ落ちた。倒れた相手をヒカルは息を荒くしながら見下ろす。
斬ってしまった。尊敬する師を。第二の親とも言うべき人を。ヒカルは自らの行いに愕然とした。
「六年の間に……老いさらばえた私と……強敵と戦い経験を積んだお前……結果は見えていた……」
息も絶え絶えにブッテツは言う。
「何故泣くシンシア……剣士なら喜べ……勝利を……」
「師匠ぉ……」
ヒカルはボロボロと大粒の涙を溢していた。時折傷が痛んで顔を歪ませる。だが痛くて泣いているのでは勿論なかった。
ヒカルはムラマサを鞘に収めるとブッテツの傍で膝をつき、顔を近づける。涙が彼の顔にかかった。彼はそれを拭おうとしたが、そうするだけの手の力はもう残ってはいなかった。
「愛する娘の……手にかかって死ねるなら……本望だ……」
その言葉を最期にブッテツは息を引き取った。決闘で無敗を誇っていた剣聖の伝説もここに終わった。
「娘と言ったのか? ブッテツ師匠……」
ヒカルは自分がブッテツのことを親のように感じていたのと同じように彼もまた自分のことを子供のように思っていたことがわかって驚きと感激があった。
泣きながらスカートの端を引き千切り、腰の傷口に当てて止血する。それからゆらりと立ち上がる。悲しんで立ち止まっている場合ではない、セイラを助け出さないと。
空はもう薄闇が混じっていた。ヒカルは急いで塔に向かった。
セイラはタイガニア王宮にある英雄の塔の最上階の部屋で兵に見張られながら静かに座っていたが、内心不安に駆られて穏やかではなかった。
自分のことよりもヒカルが生き延びたか心配であった。セイラが妙な真似をすれば即座に彼女は指名手配となり自分も殺しに行くとブッテツは言っていた。いくら彼女が強くても剣聖相手には分が悪いだろうと思い大人しくしていたが、はたして彼らタイガニアの者が約束を守るという保証はない。
こんなことになって忸怩たる思いであった。結局王女であることから自由にはなれないのだとセイラは悟った。それでもヒカルとの旅は楽しかった。だから彼女には自分のことを忘れてもいいから生きていてほしかった。
コツコツと階段を登る音が聞こえてくる。見張りの交代だろうかとセイラは思ったが当の見張りの兵士は不審がっていた。やがて部屋の扉の鍵をガチャガチャ開けようとする音がした。それは何回もして、鍵を一本ずつ試して合う鍵を探しているかのようだった。
兵士の不信感は最高潮に達し、扉に近づく。
「おい、何をやっている! 見張りの交代にはまだ早いぞ!」
彼は剣を抜いてそっと扉を開け、来訪者の顔を見ようとした。しかし確認できなかった。
「あれ、誰もいな」
哀れ兵士は開けた扉の裏に隠れていた侵入者に一瞬にして首を斬られてしまう。倒れた屍を飛び越えて、彼女が開いた扉から部屋に入ってきた。セイラはあっと驚く。
「ヒカル……!」
その腰に二本のカタナを差した銀髪のポニーテールに黒い目の女サムライは紛れもなくヒカルだった。驚きと共に喜びを感じるセイラ。すぐさま立ち上がり駆け寄る。
「良かった、無事だったんですね! どうしてここに?」
「お前を取り戻しに来た。見てわかるだろ。さっさとここから出るぞ」
「でも……私がここにいないとヒカルの命が狙われますし……ブッテツさんにも」
「師匠ならもういない。私が倒してきた」
「そう、ですか……お辛かったでしょう」
セイラはヒカルの気持ちを想像して労わる。彼女にはそれが嬉しかった。
「ありがとう、十分涙を流したからもう大丈夫だ。それよりセイラの方が心配だ、私がいない間に何か……」
話の途中でふらついて、ヒカルの体はセイラに抱き留められる。
「大丈夫ですか!? 顔が真っ青ですよ。まさか体調が優れないのですか? いや……あっ」
セイラはやっと気づく。ヒカルの左腰の辺りコートが切れていて、色が黒だから目立ちにくいがよく見れば血痕があったのを。
「怪我をしているんですか! いつから?」
「ちょっと前にブッテツ師匠と斬り合って……駄目だセイラ……」
「ヒカル!?」
ヒカルはブッテツ戦以降気力だけで保っていたのを今セイラに再会して緊張の糸が解けてしまい、これ以上動くことができなくなった。ぷっつりと糸の切れた人形のように意識を失ってしまう。
「ヒカル? ヒカル! ヒカルー! ああ、脈はある……でもこれは大変です、早くお医者様に診せないと……」
セイラはヒカルを抱きかかえたまま慌てる。その時ドタドタと階段を登ってくる音がした。仲間の夥しい数の屍を見つけて侵入者に気付いて追ってきた兵士達だ。それで一転腹が座った。
「ヒカル、今度は私があなたを助ける番です」
決意を口にし、セイラはドラゴンに変身して天井を突き破る。階段を登っていた兵士達は仰天した。
ドラゴンはヒカルを抱えて羽を広げタイガニア王宮を飛び去る。兵士達はこれに向かって発砲するが届くはずもなかった。飛竜は月夜に輝く星の一つになった。
ドラゴンになれる時間はさほど長くないことをセイラは知っていた。限界まで北に飛び、町の近くの砂漠に着陸した。そこでヒカルの体をそっと地面に横たえ、人の姿に戻る。
「すみませんヒカル、ちょっと借ります」
裸のままで町をうろつくのはまずいだろうと思ってヒカルのコートを脱がして羽織るセイラ。それから彼女の体を背中に背負った。
「うっ、重い……でも私は一国を背負っているんです、一人の命くらい背負えなくて、何が王女ですか」
セイラは自分を奮い立たせ、のしのしと町へ向かって歩きだす。ゆっくりだが、前には確実に進んだ。
「はぁ、寒い……」
冬に差し掛かったというのに革のコート一枚で素足、それに砂漠の夜はよく冷えて堪えた。それでもセイラは耐える。ヒカルが自分を助け出すためにした苦労はこれの比べ物にならないと思ったからだ。
ようやく町に着くが夜中というのもあって人通りはまるでなかった。セイラは病院を探すがすぐには見つからない。困っていると珍しく夜に出かけている人を一人見つけた。この男はキョロキョロと辺りを見回して不審だったが、他に頼りもないので声を掛けた。
「あの、すみません! この辺にお医者様がいらっしゃらないか知りませんか?」
「あ? なんだ? ドラゴニア人の……痴女か? 俺の知ったことじゃねーよ」
男は逃げるように去っていった。仕方なくセイラは自力で病院を探す。
夜も更けた頃、へとへとになりながらやっとセイラはビージェイ医院と看板に書かれた建物の前に辿り着く。しかしこんな遅い時間に診察を受け付けているわけがなく、扉の前でヒカルの頭を膝に乗せて座り込む。
「本当に冷えますねヒカル……なんだか眠くなってきました……」
ウトウトしてきてセイラは扉を背もたれにする。そのままほどなくして眠りに落ちてしまった。
「ここは……」
ヒカルは意識を取り戻して見知らぬ天井を目にした。前にもこのようなことがあったなと思い出す。あの時はすぐにセイラが自分の顔を覗き込んできたなと。そうだ、彼女はどうしたのだろう。
上体を起こそうとすると、ヒカルは待ったと声を掛けられた。
「酷い怪我をしているんだ。絶対安静だよ」
歳は30代くらいの普通のタイガニア人と違って肌の浅黒い眼鏡を掛けた男がヒカルの顔を覗き込む。
「誰だ!?」
「僕はイブド・ビージェイ。医者だよ」
「医者? キリン族か」
「キリン族に手当てされるのは不服かい?」
キリン族は肌が浅黒いのが特徴の少数民族で、昔は国を持っていたがタイガニアに滅ぼされ今は支配下にあった。差別されることも少なくないので医者のような職業に就いている彼には並々ならぬ努力があったのが窺えた。
「いや、ありがたい……だがどうして私を助けた? ここはお前の病院か? セイラがここに私を連れてきたのか? セイラは……ドラゴニア人の若くて可愛くて胸の大きい女を知らないか?」
「一度にいくつも質問をするね。まぁいい。今朝掃除しようと表に出たら二人の女性が倒れていた。一人が君でもう一人が別室で眠っているドラゴニア人……名前はセイラというのか。おそらく彼女が君を連れてきたとみて間違いないだろう。君の方が重傷だったからね」
「なんでセイラまで倒れてたんだ……大丈夫なのか!?」
「大声出さないでくれ。寒い夜中に裸同然の格好でずっと外にいたんだ。風邪ぐらいひくさ」
「風邪、なのか……本当に大丈夫なのか?」
「まぁ、風邪を治す薬なんてないから大人しく寝てるしかないけどね。ああ、だからまだ動いちゃ駄目だって!」
セイラの姿を確認しようとヒカルは起き上がろうとするがイブドに止められる。
「いいかい。君は血を失い過ぎた。輸血できるならした方がいいが死ぬリスクもあるのでお勧めできない。栄養のある食事を摂って少しずつ回復させていくのがいいだろう。僕は外来の診察があるのでこの部屋でじっとしておいてくれよ」
イブドの注意むなしく彼が部屋を出て行った途端、ヒカルはベッドから起き上がる。決して弱くない痛みがして顔を歪める。ブッテツ戦の傷は深かった。それでも今はともかくセイラの顔が見たかった。
こっそりと部屋を出て、おそらく声がする方がイブドの仕事場だろうからそうではない、今出てきた部屋の向かい側の部屋の扉を開ける。するとちょうど奥のベッドにセイラが寝ていた。
「セイラ!」
ヒカルは呼びかけながら近づく。セイラは答えることなく何やらああとかうーんとかうなされていた。彼女の手を握るとすごい高熱だと伝わってきた。
「ヒカル……」
セイラはヒカルの名を呼ぶが彼女に気付いたわけではなく寝言のようなものだった。
「セイラ、私はここにいるぞ! 大丈夫か!」
しかしヒカルは本当に呼ばれたのだと思って手を強く握りしめる。だが言葉を返さないので流石にさっきのはうわ言だったと気付く。
「私を助けるために頑張ってくれたんだな……ありがとうセイラ」
セイラには聞こえていないがヒカルはひとまず礼を言う。ずっと彼女のことを見つめていたかったが自分も怪我人だしイブドに見つかったら煩く言われるだろうから元いた部屋に引き返す。そしてベッドに寝た。
昼になってイブドがヒカルのもとへ食事を運んできた。
「体調はどうだい?」
「まぁ、少々痛むが」
「少々どころじゃないだろう。しっかり食べて療養するんだ」
そう言ってイブドは食事を渡す。ヒカルは硬いパンをスープに浸して柔らかくして食べる。
ヒカルが空になった皿を返すとイブドは言った。
「僕がいない間に勝手に動いたりしなかったか?」
「そんなことするはずが」
「嘘をつくのはいけないな。大方セイラという子の様子を見に行ったのだろう?」
嘘を見破られたことでヒカルは自分の落ち度を瞬時に探した。見られるようなことはなかったはずだ。何故バレた? イブドへの警戒心を強める。
「そう睨まないでくれ。医者として絶対安静というのは守ってほしいが気持ちはわかるつもりだ」
「すまない。つい……」
「謝る必要はない。次から気を付けてくれ」
イブドは部屋から出て行こうとする。ヒカルはそういえばまだ名乗っていなかったことを思い出し呼び止める。
「イブド」
「なんだい」
「まだ名乗ってなかったよな。私はシズカ・ノワールという」
「違うだろ。それは君の本当の名前じゃない」
「なんだと?」
ヒカルは偽名に気付かれて内心驚いていた。だがたんにイブドがタイガニアの有名人ヒカル・シルバーソードのことを知っている可能性もあると思い直す。でもそういうわけではなかった。
「僕は生まれつきどんな嘘も見抜くことができる。そういう特別な能力があるらしい。だからわかるんだよ」
「まさか異能か?」
「異能?」
イブドが訊き返したのでヒカルはセイラの受け売りの知識で説明する。
「魔大戦の英雄だかの子孫に目覚める人知を超えた力のことさ。私の知る限り体を透明にしたり火を吹いたり竜巻を起こしたり……そんな感じの奴だ」
「確かにメサイア教の聖典にも魔大戦に参加したキリン族の戦士は出てくるが……そんな大層なものじゃないな。僕のはちょっとした個性のようなものだよ。で、君の名前は?」
「ヒカル・シルバーソードだ」
「どこかで聞き覚えがあるな……ああ、昔内乱を一人で鎮めたとかいう伝説のサムライか。確かにカタナを持っていたね。でも、それも本当の名前じゃないだろ」
イブドに見抜かれヒカルは苦々しい顔をした。
「なんでもお見通しか……やりづらいな」
「よく言われる。でも仕事では役に立っているよ。仮病を見抜けるからね。まぁ君が本当の名前を教えたくないなら仮にヒカルでも構わないよ」
そう言い残してイブドは立ち去った。ヒカルは彼が異能者かどうかは判断しかねるが敵には回したくないなと思った。
翌日、ヒカルがベッドで大人しくしているとイブドが新聞を片手に慌てた様子で乗り込んできた。
「おい見ろ! 新聞の一面記事だ!」
「何だ?」
イブドが広げてみせた新聞をヒカルは読む。一面にはタイガニア王宮で近衛兵がヒカル・シルバーソードによって大量虐殺されたことが書かれていて、さらに彼女を見つけて報告した者には10万ブルーム、捕獲した者または殺害して顔の判別がつく死体を持ってきた者には1憶ブルームの賞金が与えられるともあった。
ヒカルは最後まで記事を読むと大笑いした。
「アハハハハハ、ついに私も1憶の女か!」
「何を笑ってるんだ、大変なことになってるのに!」
「まぁこうなることは予想できたさ。今更取り乱しても仕方ない。それよりお前はどうするんだ? 私を売るか? 最低でも10万、上手くいけば1憶ブルームだものな」
そう言いながらヒカルは鋭い眼光で相手を睨む。イブドが妙な真似をすれば即座に暴力で黙らせるつもりだ。でも相手が本当に自分達を売る気なら新聞を持って伝えに来ないともわかっていた。
「まさか。患者を売る医者なんていない。君がたとえ大量に人を殺した殺人鬼であってもね」
イブドの眼鏡の奥がギロリと光る。
「医者として言っておくが、いかなる理由があってもこんなに人を殺しまくるのは許されることじゃない。でもあえて理由を訊いておこう。どうしてこんなことをしたんだ?」
「それは、王宮に囚われたセイラを助け出すためだ。そのためにやむを得ずタイガニア兵を斬った」
「それだとセイラがただのドラゴニア人じゃなさそうだ。じゃあ一体何者なのか」
イブドの疑問はもっともで、彼に嘘は通用しないためヒカルは正直に言った。
「セイラ・マルガリーテ・フォン・ドラゴニア。ドラゴニア王国の第二王女だ」
「そうなのか……驚いたな。じゃあ王女だから助けようと必死になったわけか」
「それは違う」
ヒカルはハッキリと否定した。そして今まで自分の中でハッキリさせていなかったことを言葉にする。
「私がセイラを愛しているからだ」
「君が彼女を? 女なのにか? メサイア教の教えに反するぞ。君はメサイア教を信じていないのか?」
「一万何千年後かに救世主が現れて死者を復活させ全ての信者を救うなんて馬鹿馬鹿しい、そんなものを信じるくらいなら私はジャポニカの武の神を信じるよ」
「ジャポニカの武の神?」
「ブッテツ師匠から教わったがジャポニカには信じると武運をもたらす神様がいるらしい。実にご利益がありそうだろう」
「君らしく野蛮な神様だな。もっともメサイア教を信じていないという点では私も君と同じだ。表向きはメサイア教徒ということになっているが実はキリン族土着の神様を信仰している」
メサイア教はこの大陸で最も信者の多い宗教で他の少数派の宗教を異端として弾圧してきた歴史を持つが、近年地星教の登場などによりその勢力には陰りが見え始めていた。メサイア教の戒律では同性愛は禁止されていたがヒカルには知ったこっちゃなかった。
「女なのにと言ったな、だが動物でも同性のつがいを作ることはあると知られているだろ。女が女を愛して何が悪い。相手が王女とか関係ない。私はセイラが好きなんだよ」
ヒカルは一気にまくし立てた。それが敬愛するブッテツをも斬った理由だった。セイラたった一人のために国一つ敵に回した。それでも愛する人のためなのだから後悔はなかった。
「よくわかった。それを彼女が元気になったら聞かせてあげるといい」
「それは……」
ヒカルは言い淀む。第三者のイブドになら平気で言えるが当のセイラ本人に告白することは恥ずかしくてできそうになかった。彼女が自分に好感を持っていることはわかるが、それが同性愛というわけではないだろうとも思えた。
「まぁここにいる間は安全だと思ってしっかり休んでくれ。僕はセイラの様子を見てくる」
「ああ、頼む」
イブドは新聞を置いて部屋を出て行く。セイラの熱はまだ下がっていないのだろうか、本当に大丈夫なんだろうかとヒカルは気を揉んだ。
次回「強襲バルメロイ・サーディン」