第98話 上手に焼けました~
幼い頃、住んでいた家の近くに、デカい滑り台のある公園があった。
その滑り台は、かなり不気味な怪物を模したような見た目で、幼い頃の俺はその公園に行くといつも滑り台の怪物と目を合わせないようにしていた。
だが他の子供と遊んでいる時に、どうしてもその滑り台に乗らなくてならなくなった。小さな子供にだって付き合いというのはある。
「やあーい いちばーん」
体の大きな少年が真っ先に駆けのぼるとその怪物の滑り台を滑り降りた。
「ほら、優太も早くしろよ」
「う、うーん……」
しかし幼い俺は、怪物が怖くて滑り台に近寄る事さえできない。
「ああ? まさかびびってるのか?」
「は、はあ~っ そんなんじゃねーし…………」
「じゃあ、早くしろよぉ!!」
「うう、今行くからっ」
滑り台なんかに怖がってると知られたら、仲間から外されてしまうかもしれない。幼い優太は勇気を振り絞り少しずつ滑り台へと近づいて行った。
しかしいつも階段の手前で足は止まった。
―ううっ やっぱ怖すぎだよ―
優太はビビッて一歩後ろに下がった。だがその時、優太の後ろから誰かが追い越していき前の階段を登っていった。そしてくるりと振り向いて優太に向かって手を差しだした。
「優太、がんばれ!」
「…………うん!」
優太は、差し伸ばされた小さな手に対して、自分の手をまっ直ぐ伸ばした。
そして気が付くと、ユタは何か柔らかい物の上に頭を乗っけて寝転がっていた。
―これは何だろう―
ユタは頭を少しだけ動かして下にある物の感触を確かめる。フワフワ。いやもにょもにょだろうか。
そして……、クンクン。どこかフローラルな香りもしてくるようだ。
ユタは体を180度回転させてうつぶせになると、それの匂いを嗅いだ。
「あ、あう…… ん、ユタっ ねえ、くすぐったいよぉー」
「へ?」
顔を上げるとすぐそこにはクレアが居た。ユタはクレアの膝の上で横になっていたのだ。
「あ。うん。ごめん」
どおりで気持ちいいハズだ。ユタはまだ少しクレアの膝をクンクンしていたかったが、彼女を困らせたくは無かったので、嗅ぐのを止めるとゆっくり起き上がった。
「クレアって、いい匂いだね」
「ふぇ??」
「あ、違う!えっと、俺はずっと気を失ってたのか」
「う、うん。そうだよ。でも、良かった。元気になったんだねっ」
辺りを見渡すと日が陰り暗くなり始めているようだった。森の飛ばされた時はまだ太陽の光がまぶしかったのに。
クレアはユタの手をずっと握っていた。そしてその手から淡い光を放っていた。クレアはユタが倒れている間、エルレギアの回復魔法でユタの身体を癒していたのだった。
「大きな怪我は無かったけど、だいぶ消耗してたみたい。ユタ、大丈夫?」
「ああ。ほらっ おかげで元気になったよ!」
実際に黒スライムとの戦いで蓄積された連続する死による精神的な疲労も、寝ている間にすっかり良くなっていた。
きっとクレアが新しく覚えた回復呪文のおかげなのだろう。ユタは腕をぐるぐると回したり力こぶを作って見せたりして、クレアに元気な様子をアピールした。
「へへへ、良かった!」
「ところでさ、あとの二人はどこ? ていうかココどこ?」
ユタは近くにネーダとカトラが居ない事に気づいた。今いるのは、大きな岩場の日陰になっている場所のようだ。
「ここはまだ森の中だよ。野宿してるの。二人はご飯を探しに行ってるところっ あ、帰って来た!」
すると向こうの方からネーダとカトラがやって来た。二人はユタが目を覚ましていると気が付くと、途端に駆けだした。
「ユタ! 目が覚めたんだ!」
「お、おいっ」
ネーダは手に持っていた森で狩って来たと思われる獣の死体を放り出すと、そのままユタの胸に飛び込んできた。
「いきなり倒れるんだ。ぜんぜん目を覚まさないから、心配したんだぞ?!」
「あ、ああ……」
ネーダの目は涙で真っ赤に腫れていた。それを見てユタは、まさか自分がこんなに心配されていたとは思っておらず驚き戸惑った。こんな事は初めてだった。
「ああ?じゃないんだぞッ ユタがもし勝手に死んだら、ボクは許さないんだからな」
「ああ……悪かったよ。でも俺そんなにひどかったのか?」
するとカトラがこう言った。
「あんたが倒れた後、顔色もどんどん悪くなっていったし、まるで死んだように動かないんだもの。そりゃあ心配するわ。それで……あたしもやりすぎたやったかなって、まさかあんなことになるなんて。ホントにごめんね!」
カトラはそう言ってユタに謝った。
「よくわかんないけど、たぶんカトラのせいじゃないよ。前も言ったけど、俺が倒れたのは洞窟で厄介な相手と戦ったからだよ」
「そうなの? でもあんたが、そこまで手こずるほどの魔物があそこに居たなんて……どんな魔物がいたの?」
「え~…………スライム」
「え? 今なんて言ったの」
その時、クレアが二人の間に割って入って来た。そしてユタに一本のスプーンを差し出しこう言った。
「話はそこまでだよ、ユタご飯たべよっ 食べなきゃ元気でないよ!」
「ご飯? じゃあ、俺作るよ」
「ううん、今日はいいんだよ。ネーダが作るって」
「え゛っ ネーダが??」
―ネーダって料理なんかできたっけか―
ユタは恐る恐るネーダの方を見た。ネーダは自信満々で自分の胸を叩いてこう言った。
「任せてよ! ボクはみんなに会う前は一人旅してたんだぞ。だから料理くらい一人でできるって」
「けどお前、初めて会った時に、俺が調理中だった生の兎肉を奪って食ってたよなぁ」
「ううっ そ、それはそれだよ! まあ、ユタは休んでて。ボクに任せるんだぞ」
「ちゃんと火は通せよ?」
「分かってるんだぞ!」
そしてユタ達はネーダがご飯を作るのを待っていた。ただ狩ってきた獲物を丸焼きにしただけだったが、時間が経つと肉のいい匂いがした。
「なんか焦げてない? これならやっぱり、あたしが食材加工を使った方がよかったんじゃないの~」
「そんなことないんだぞ。ユタは手料理した食べ物が好きなんだよ!」
「うん?ユタは生肉とかも好きだよ。ゴブリンとか…………。 あ、ユタ! こっちこっち!」
火の周りに集まり四人は一緒にネーダの焼いた肉を食べた。
「どうだ? 美味しい?」
ユタは足の肉にかぶりついてこう言った。
「んー、固いしやたら獣臭いな」
「そう、なんだぞ……ごめん…」
「でも、美味いよ。とっても美味い」
「ええ? ホントなんだぞ?」
「ああ、たぶん俺がへとへとだからだろうな。きっと」
「そっか……なら、もっと食べるんだぞ!」
倒れるほど疲れてるから何を食っても美味いというのもそうなんだと思う。しかし誰かが自分の為に料理してくれたのが久々だったから、ユタはそれだけで肉が美味しくなった。空には星が輝く。
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