第97話 「やっちゃいました?」
「イタタ ん、ここはどこだ?」
気が付くと、そこにはユタの知らない景色があった。どうやらここは森の中のようだ。背の高いの木々の間から太陽の光が差し込んでいた。
木々の葉は分厚く、オリーブのような硬葉樹に近い。
―まぶしい。少なくとも地下深くにある暗い洞窟という事ではなさそうだ―
ユタはゆっくりと起き上がった。ユタの周りにはクレア達もいて、同じように周りの景色に困惑していた。
「さっきまで、洞窟の中にいたのに…………これってどういう事?」
クレアは地面から起き上がるとスカートに付いた土埃を払った。すると側にいたカトラはこう言った。
「つまり、地下深くから地上にテレポートしたって事でしょ。こんな地理的超移動が出来るのは空間呪文の転移しかありえないわ。……でもあんた、こんなハイレベルな空間転移呪文をいつの間に覚えたのよ!」
カトラはユタにそう聞いた。
「あ、ああ…………覚えたんじゃない、貰ったんだよ」
「はあ?何よそれ?」
ユタが転移に使った魔法結晶には、空間転移系の極大呪文―最大幻無限空間転移が込められていた。しかし既に一度使った為、その結晶は粉々に砕けてしまっていた。
もちろん、クレア達はなぜユタが最大幻無限空間転移を使えたのかも、合流する前にあった他の色んな出来事も知らなかった。
「それにしても、この森はどこなんだぞ? こんな場所来た事ないんだぞ」
「ごめん。俺もここが何処だか分からないんだ」
「そうなの? うーん、困ったなぁ じゃあボク達迷子じゃないか」
洞窟の中で津波に追われていたユタは無我夢中で魔法結晶をつかった。その時には洞窟内から逃げだす事ばかりで、転移の行先について考える余裕などなかった。だから、どこに転移したのかは分からない。
しかしその時、しばらく森を観察していたクレアが何かに気が付いた。
「あ、でも見て! あっちに道があるよっ。 てことは、近くに村か街があるんだよっ」
「そうか! ならそこで場所が分かるね!」
少し離れた場所に人が何度も行き来して地面が平らになっている場所があった。遠くからでも土の色が変わっていたので、道があると分かったのだ。
「よし、とりあえずあの道をたどってみるんだぞ」
「ああ、そうだな。」
ユタはネーダの後をついて道のある方へ歩きだした。だがその時、カトラが突然ユタの肩を掴んできた。
「は、何すんだよ」
「ねえ、ちょっと待って……ここはハイ村じゃないのよね。それに、大渓谷でもない」
「そうっぽいな。そして残念ながら、俺が知ってる場所のどこにも該当しない。まあ、人が住んでる所に着けばきっとここがどこだか分かるだろ。さあ、行こうぜ」
呪文で飛ばしておいて行先が分からないなんて、本当は無責任なのかもしれないが、本当にどうにもならないんだから仕方ない。
だがカトラはそれを聞くと、突然ユタの身体を激しく揺さぶりだした。
「戻しなさい! あたしをすぐに、元の場所に戻すのよぉおお」
「は? なんだってんだよ一体」
「まだあの村長から、残りの報酬を受け取ってないのよぉ!」
そう言うと、カトラは泣き出した。
「うええん あんなに大変な思いをしたのに、まだ報酬の前金しかもらってないわ! さあ早くあたしだけでもハイ村に戻してっ!」
「む、無理だよッ もう結晶は壊れちゃったんだ。大渓谷には戻れないよ」
「しょ、しょんなぁああ! びええぇえー、ヤダヤダ!何とかしなさいよぉぉ」
カトラはさらに大きく身体を揺さぶる。余りにも激しく揺さぶるから気を失ってしまいそうだ。
「むむっ、ムリだって言ってるだろォ 俺だってあの呪文が使えるんだったら、とっくに使ってるって!」
「うぅっ あたしはリスク冒して国外の依頼受けてんのよっ それなのに報酬金が半額じゃ割に合わないわよ。だから早くもどしてよぉー」
「そ、そんなん知るかよっ! て、ていうか 揺らすのをいい加減にやめろっ」
「いいえ、止めないわ! あんたが転移を使ってくれるまではねぇ! ッハハハ」
カトラは一層激しくユタの身体を揺さぶった。
だがそのすぐ後、ユタは気を失った。その場でバランスを失い膝から崩れおちる。
それは沈黙の洞窟で黒スライムとの戦いの最中、死をなんども繰り返した事による精神的疲労がついに限界を迎えた結果だった。
「へ? ユ、ユタ? いきなりどうしたのよ?」
気を失い地面に倒れたユタを見ると、カトラは驚いて泣くのを止めた。
そして異変に気付いたネーダとクレアも急いでユタの元に駆け寄って来た。
「ユタ!ユタ! どうしたんだぞ? しっかりするんだぞ!!」
「大丈夫ユタ?! お願い目をあけてっ」
慌てる二人の背後で、カトラはやや焦っていた。
「あたし、何かやっちゃいました?」
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