第96話 最大呪文
「さあ、みんなを探さないと」
もうここには用はない。みんなのところに戻ろう。ところでクレア達はまだ迷路にいるのだろうか。
ユタは沈黙の洞窟の出口を探そうと辺りを見渡した。するとユタは遠くに光る物を見つけた。最後に黒スライムがいた辺りだ。ヒカルコケの光とは違うようだった。それが気になったユタはその光る物を拾おうと近づいた。
しかしその前に、おかしな異音が聞こえたかと思うと視界の端から突然何かが迫って来た。
「いや、待て…………なんだよアレ!!!」
それは大量の水の塊だった。洞窟の中に突如出現した大津波がユタに襲い掛かってきたのだ。黒スライムの体内に蓄えられていた湖の水が一気に放出された結果だった。
「くそっ逃げろ!」
ユタは振り返ると一目散に津波から逃げ出す。しかしふと思いなおすと津波に向かって手を伸ばした。
「物体転移!」
ユタは物体移動の呪文で遠くで光っていた物体を手に入れた。手の中を確認するとそれは大きめの黒い玉のようだった。
宝飾品のようにも見えるが、玉はスライムの体内にあったようで表面には汚れがこびりついていた。そしてさらによく見ると、玉の中にもう一つ玉があるようで、その玉には何か文字のようなものが刻まれている。
「何か書いてあるけど汚れてよく見えないな……磨けば見えるようになるかも。って、それどころじゃない!」
大量の水が迫って来ていた。あんなのに飲み込まれたらひとたまりもないだろう。ユタは手に持っていた玉を収納魔法の中に放り込むと急いで逃げ出した。
「テレポレア! テレポレア!」
何度も瞬間移動を繰り返して距離を取る。しかし洞窟内で発生した大津波は予想以上の速度でユタの事を追いかけて来た。
「お~いっ ユター」
その時、ユタは前方から複数の人影が近づいて来るのを見つけた。それは探していた小さな旅人のみんなだった。ユタは彼らを見つけると大きく手を振りかえし声をかけた。
「ああっ、みんな! クレア! ネーダ! カトラ!」
そして四人は合流した。
「よかったっ ユタだけはぐれちゃった時はどうしようかと思ったもん」
「ほんとだぞ。それにこっちも途中でおっきな地震が起きたりして、大変だったんだぞ」
―クレアとネーダにまた会えた。あの気の狂いそうな死闘を越え、ユタはようやく仲間と巡り合う事ができたのだった。
「ユタ……、もしかして泣いてるの?」
「へ?」
知らない間にユタの目からは涙がこぼれ落ちていた。
「あれ?なんでだろうっ」
ユタはあわてて目をこすった。
「そんなにボクたちと再会できてうれしかったの?ユタも案外子供な所があるんだなぁ」
ネーダはそうやってユタの事をからかってきた。
「う、うっせぇよ! そんなんじゃない。……目にゴミが入ったんだよ」
「ははは なんだよそれ!」
苦しまぎれの言い訳を見透かされ、ユタはみんなから笑われた。その時間さえも、今は心地よかった。
―本当によかった。ここに戻ってこれて―
そしてユタは、クレア達に言いたかった事を思い出した。
「あ、そうだ。みんな、聞いて驚け! お前らが来る前に、冒険者依頼の討伐対象は俺一人で倒したぞ。どうだよカトラ、すごいだろ」
するとその事を聞くと、三人は急にに静かになってお互いの顔を見合わせていた。様子がおかしいと思いユタは理由を尋ねた。
「どうしたんだよ、みんな」
するとカトラはこう言った。
「冒険者依頼の討伐対象なら、あたし達三人だけでもう倒しちゃったわよ」
「ええ? はあ~~!?」
何をいってるんだ?こいつは。黒スライムなら、さっき俺が倒したばかりだろ?
「だって……、魔物の特徴は粘液を纏った黒い塊だろ。俺は確かに」
「ええ、ゴキブリの魔物なんてもう二度と相手にしたくないわ」
「へ、ゴキブリ?」
「そうよ。でかい巣があってそこにうじゃうじゃいたのよ。攻撃力はないけど中々死ななくて、てこずったわよ。あのハイ村の村長め、あんな適当に言ってたけどゴキブリの魔物だってきっと分かってたんだわ。許さん! 村に返ったら報酬金をぼったくってやるわ」
カトラの話を聞いていたクレアの顔はどんどん青くなっていった。
「うぷ、思い出しただけで気持ち悪いっ 早く帰ってお風呂に入りたいよ」
「あ、ごめんねクレア。もうー ユタッ こっちは大変だったのよ!あんた何してたのよ! って、ユタも結構ボロボロね。何かと戦ってたの?」
カトラはユタの身体の傷に気が付くとそう言った。
尋ねられても「私はスライムと戦っていました。」とは今更言えなかった。
スライムは基本的に、この世界でも雑魚魔物として扱われていたからだ。あんなクソ強いのは、赤だったり黒色の一部の最上級魔物だけだ。普通に言うのはハズいのだ。
「まあ、ちょっとね……こっちもちょっと厄介なのがいたんだよ」
「ふ~ん。そう。まあいいけど」
―よくなーい! せっかくみんなに言いたかったのに。とても残念だ―
「ちょっと待って、超癒霊」
「ん、クレア?」
クレアはユタの身体に触れると呪文の式句を唱えた。生物魔法が発動するとユタの身体は温かい光に包まれた。
「クレア。これはなに?」
「回復呪文だよ」
「回復呪文?! そんなの使えたのか」
「うん、レギアが使いこなせるようになったからねっ さっそくユタの役に立てるから私もうれしいっ」
そう言ってユタに優しく微笑みかけた。
ああ、好き好き。もう抱きしめてもいいか?ていうか周りに誰もいなかったら多分そうしている。
そしてユタの不穏な気配にきづいたのか、クレアはユタからパッと手を離すとこう言った。
「…………うん、とりあえずもう大丈夫みたい。村にもどってからちゃんと治療しようねっ」
「う……ああ。」
クレアの呪文の効果のおかげか、ユタは少し元気が戻った気がした。景気づけに服の汚れを払って気持ちを切り替える。
―ハイ村にもどったら、また回復呪文をかけてもらおう―
ユタはそう思った。
だがその時、ネーダが何かを叫んだ。
「お、おい! あれは何なんだぞ!! とにかくヤバそうなんだぞ!」
ネーダが示した方向を見ると、大量の水がユタ達目掛けて迫って来ていた。
「やべッ 忘れてた! みんな、逃げろ!」
四人は一斉に駆けだした。背後からは大津波が追いかけてくる。
「おい、なんなんだぞアレ。あんなのに飲み込まれたらひとたまりもないんだぞ」
「す、すぐに説明するのは無理だ。とにかくここから逃げなきゃ! 洞窟の出口はどこだよ」
ユタは尋ねた。ネーダ達三人はあの迷路を抜けてこの地下湖までやってきたのだ。どこかに上の道に戻る通路があるハズだ。
「もう通り過ぎちゃったぞ!」
「はあーッ?! なんだってぇ!」
またしても絶対絶命だ。このままでは四人仲良く溺死してしまう。そんなのはごめんだ!せっかくまた戻って来たというのに、こんな事で死んではられない。
その時ふとユタの脳裏にベリー・ライトからもらった魔法結晶の事を思い出した。あれを使えばここから脱出できるかもしれない。
「みんな! 俺に掴まれ!」
「う、うん!」
真っ先にクレアがユタに掴まった。次にネーダが服の袖をがっしり掴んだ。
「何か作戦があるの?」
「ああ、だから早くしろ」
「もう! 分かったわよ!」
そしてカトラも掴まると、ユタは収納魔法を開き魔法結晶を取りだした。そしてすぐさま魔法結晶に魔力を流し込む。
「これは……」
「ユタ! 早く!」
気づけば大量の水はすぐ後ろまで迫っていた。そしてそのままユタ達は津波に飲み込まれた。
だがその寸前に、ユタは結晶に込められた呪文を発動させた。
「極大呪文:最大幻無限空間転移」
ユタを中心として四人はこの空間から一時的に消え去った。そして次の瞬間には沈黙の洞窟から何百キロも離れた全く別の場所に瞬間移動していたのだ。
次から新章です。
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