第95話 黒剣の秘密
「イクスブレイブ!」
「イクスブレイブ!」
「イクスブレイブ!」
………………~~~~
「イクスブレイブ……!」
「イッ イクスッ ブレイブ!!!」
「はぁ、はぁ、 ……イクスブレイブ」
「………………イクス…ブレイブッ!」
ユタは何度も死と再生を繰り返し、ゾンビアタックによる魔法放射をくり返していた。
二、三発の魔力波を撃って身体の限界が来ると、自ら首を落として最速で復活し、一人で何とか戦い続ける事が出来ていた。しかしそれも永遠には続かない。
死んで生き返る時、身体は健康な状態に戻る事が出来たが心の疲労は蓄積していた。
ユタはこれほど短いペースで何度も生死を繰り返した事は今までに無かった。加えて、いち早く復活するために全ての死は自害によるものだった。精神的にユタはかなり弱っていた。
目を覚ましたユタは起き上がると、まず最初に黒スライムの位置を確認する。そして走ってできる限りまで近づくと空間転移を唱える。自分に襲い掛かるスライムの触手を剣で切り払いながら、空いているもう片方の腕を真っすぐ伸ばし呪文を唱える。ダメージを与え限界が来たら即自害。その繰り返しだ。
もはや機械的なルーティンと化したその一連の動作をユタはずっと続けていた。
起き上がり、スライムに向かって駆けだす。その時、ユタの足が何かデカい物を蹴飛ばした。
振り返ってみるとそれは自分の頭だった。よく見ると周りにも同じような物がいくつか散らばっていた。
それを見てユタは一瞬衝撃を受ける。自分の中でSAN値が確実に下がった感覚がある。しかしユタは思考を無にすることで、発狂するのを回避した。再び止まっていた足を動かす。呪文を唱える。
―なんで破壊を止めないんだ、これだけ攻撃しても、まだ死なないのかよっ―
スライムはユタが攻撃している間も天井を破壊し続けていたのだ。
だがやがて、スライムの身体の三分の一の体積を消し去った頃。魔物は天井の破壊を止めた。そして縦方向に伸ばしていた身体をユタの近くの一か所に集めた。ついに黒スライムはユタを脅威と認めたのだ。
ユタも黒スライムの様子が変わった事に気が付いた。少しづつだが、こっちに近づいてきているようだった。
「ははは、やっとその気になったか……」
ユタはもうすっかりへとへとだったが、今更逃げる気も無かった。覚悟を決めると、ユタは最後の戦いに打って出た。収納魔法を開くと、気持ちばかりの効果だったがマンドラゴラポーションを一気に飲み干した。
敵を巨大で強大だったが、地道に削ってきたおかげで最初に比べればだいぶ小さくなっていた。建物の四階ぐらいの大きさだったものが、今では二階程度といったところか。
「フッ あとどのくらいだろう。やれやれ、骨が折れそうだ」
黒スライムはどんどん近づいて来る。ユタも戦闘態勢に入る。
しかしそこでおかしなことに気が付いた。
移動速度が速すぎるのだ。近づくたびに視界に見える黒スライムはどんどん大きくなっていく。
「やばい、とりあえず離れよう!」
ユタは転移の呪文を使い一度スライムから距離を取った。
だがスライムは変わらず大きなままだった。
「おい、嘘だろ……」
最悪な事が起きていた。今まで命を削ってまで減らしてきたスライムの体積が元に戻り始めていたのだ。
どうやらスライムは沈黙の洞窟の湖の水を吸収し、身体のゲルへと変えていたようだったが、そんな事はどうだってよかった。
「ふざけんな! なんだってんだよ!!」
ユタは怒りに任せてイクスブレイブを放った。でも狙いは正確で、魔力波は黒スライムに向かって真っすぐ飛んで行った。
キューン パリンッ
直撃はした。しかしスライムの体表は魔力波が当たる前に波打ったかと思うと、何重にも一か所にゲルが重なり合うようにして魔力波を防御してみせた。
「はあ?? なんだよそれ?! ……う゛うっ」
ユタの身体に嫌な痛みを感じる。イクスブレイブの代償だ。
「くそっ こっちは攻撃するだけで超キツイってのに……あっ」
次の瞬間、黒スライムは無数の触手をユタに向かって伸ばしてきた。それらを鞭のように扱い攻撃を開始した。ユタは暴力の黒剣で必死に触手を切り落とし攻撃をさばく。もはや自分がやられないので精一杯だ。
しかし全ての触手をさばき切れず、左足を掴まれたユタはそのまま黒スライムの体内へと引き込まれてしまった。
「は、離せ! 」
スライムの中に引き込まれたユタは最初はゼリーのようにぶよぶよしたモノの中に突っこまれた。しかしゼリーの中でもだんだんと動きがとりづらくなり、そのうちユタの身体の表面が溶けるような感触を覚えた。
―まずい。このままじゃこの魔物に消化される! 脱出だ!―
身の危険を感じたユタは完全に拘束される前にテレポレアでスライムの体外へと逃げ延びた。
黒スライムの外から全貌を眺めたユタは、スライムが湖の水をすべて吸収して最初よりも大きく成長している事に気が付いた。スライムの身体の中でまだ吸収しきれてない水がタプタプと動いているのが確認できた。
スライムはユタの事を見失っているようで、身体からいくつも触手を出してうねうねと動かしながら探しているようだった。
それはユタがもう死んでやり直せない事を意味していた。なぜなら死んでいるうちに捕食されたら、復活は絶望的だからだ。
「………………」
既に出来得る事はやりつくした。残された手段は一つしかなかった。
本当の全力で、イクスブレイブを放つ事だ。その一撃に全てをかける。
今までのしぼりカスでも死ぬほどの苦痛を支払う必要があった。しかしあの大きさの魔物を滅するためには、残った全魔力を一度に使うくらいでなくては無意味だろう。
「ふうーはあー… よし」
ユタは覚悟を決めた。やるとはずっと前に決めていたのだ。
―アイツを殺す。そしてまたみんなのところに戻るんだ―
ポォォ……
ユタは魔力を高め始めた。
―今度は躊躇なんかしない。全力のイクスブレイブを撃って、そのぶよぶよした身体にどでかい風穴を開けてやる―
ポォォ……
魔力の上昇に伴い、黒スライムがユタの位置に気が付いた。重い身体を引きずりながら、触手で捕まえてユタを溶かそうとこっちに近づいて来た。
ポォォ……
「くそっ まだ魔力はたまらないのかよ……」
もたもたしていては触手の射程圏内に入ってしまう。あの無数の数の攻撃は、魔力波を撃ちながらではさばき切れない。
だがいつまで経っても、イクスブレイブのチャージが満タンになる気配がない。もうチャンスはもう訪れない。それでもユタはスライムとにらみ合いながら、必死に魔力を高め続けた。
そして、手の先にチャージしているハズの呪文に充分な魔力が得られないまま、ユタの魔力はほぼ空になってしまった!
「なんだってんだよッ!!! 俺の魔力はどこに消えたんだよ!?!? 」
黒スライムはもうすぐそこだ。今にも触手を伸ばしユタを捕獲しようとしている。
なんで魔力は消えたのか。ユタは全く分からなかった。そして信じられないとでも言うように、黒スライムに向かって伸ばした自分の腕に視線を伸ばした。
そこでユタはある事に気が付いた。
伸ばした手の平に本来あるはずのイクスブレイブの魔力は、もう片方の手に握っていた暴力の黒剣に付着していた。正確に言うと、魔力が不思議な粘性をもち、剣の刀身にまとわりついていた。
「はあ? 何これ。どうなってんだよ」
剣が魔力を纏うと言ってもネーダの魔法剣とは少し違う様子だ。そもそも俺は魔法剣が使えない。
例えるなら、魔力という水飴のついた棒をもってる感じだ。いや、自分でも意味わからんっ
しかしユタは直感していた。スライムに向かって伸ばしていた手を降ろし、両手で剣をしっかりと持つ。
―要は今この剣の周りには最強呪文イクスブレイブがくっついてるんだ。その剣をこのまま振り下ろせば、一体どうなるだろう―
この剣はきっと役に立つ。
ただ、粘着した魔力に込めた呪文の力が残っていない可能性もある。しかしどちらにせよユタの中に魔力は残ってない。だからその可能性に賭ける事にしたのだ。
「ハァァッ!」
剣の束を強く握ると、ユタは残りの魔力も全て込めた。すると暴力の黒剣が一気に重くなり刀身に粘着していた魔力が激しく活性化を始めた。魔力は膨れ上がっているようだ。
―これなら、きっと行けるハズだ―
「超空間転移!」
ユタは黒スライムの全体像が見える高さまで転移すると、剣を大きく振りかぶった。同時にユタを目視した黒スライムは無数の触手攻撃を仕掛けてくる。
「今度こそ、消えろ! イクスブレイブ!!!」
ユタは呪文の発動のイメージと同時に剣を思いっきり振り下ろした。その瞬間、暴力の黒剣の刀身が黒ではなく一瞬まぶしい輝きを発したかと思うと、剣閃のタイミングに合わせて斬撃の形に変換された特大の魔力波が放出された。
ジュドドドドドドドドドドドドドドドドド………
魔力波に触れた黒スライムは勢いよく蒸発していった。完全に消し去るのも時間の問題だ。しかしそれと同時に、魔力の放出が長引く度にユタの生命力は失われていく。ユタの肌から生気は抜け、髪は黄から黒、白へと移り変わった。
―…………先に…………力尽きた方が死ぬ…………っ………………―
全力のイクスブレイブを受け、黒スライムはみるみる小さくなっていった。だがそれと同時にユタの身体からは次々と細胞が失われていく。右足が消え、内臓の何かが無くなった。
―もう……ダメだ………………―
気を失いかけたその時、すぐ目の前で何かが跳ね上がった。ユタが首からかけていた銀のロケットがイクスブレイブの逆風の影響で飛び上がったのだ。ただの現象だったが、ユタにはクレアが自分を励ましてくれているように感じた。
「………………ううぅ、うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!」
――気が付くと、あんなにデカかったスライムは跡形もなく消えて無くなっていた。自分の中に、奴のアニマが入り込んだ感覚が残っている。
そして不思議な事に、ユタの身体の失った手足などがすっかり元にもどっていた。身体についた傷は残っていて、死に返ったわけではないと分かる。
だが何にせよ、ユタは戦いに勝利したのだ。敵を倒し気の抜けたユタはその場で大の字になって倒れこんだ。
「はぁ……はぁ…… ははは、やったね。はぁ……」
―あんなデカい魔物を俺が倒したんだ!子の事を早くだれかに言いたいっ……―
そのときユタは頭の中に仲間の顔が思い浮かんだ。ユタは成し遂げた。自分の仲間を危機から救って見せたのだ。
「いや、あいつらは自分が生き埋めになりそうだったなんて知らないだろうな。でもクエストの魔物を既に倒したんだから、きっと驚くぞ」
ユタは一人で顔をにやにやさせながらそう呟いた。疲れてそのまま寝てしまいそうだったが、早く仲間に会いたいと思うと力を振り絞り立ち上がったのだった。
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