第94話 イクスブレイブ
―俺はみんなの為に戦うんじゃない。自分の為に戦うんだ―
この異世界に来てから優太が手に入れた心を許せる仲間たち。それは一人孤独に自らのプライドの為だけに戦っていた優太にとっては、まさに魔法のような存在だった。
その存在が危機にさらされている。いや、もしかしたらクレア達はもう迷路を脱出していて、ぜんぜん無事なのかもしれない。しかし万に一つが無いとは限らない。
それに、自分の安すぎる命で助けられるのならば、越したことはないのだった。
無属性呪文:イクスブレイブ。こいつは正しく劇薬だった。凄まじい威力と引き換えの代償は、術者の命そのものだったのだ。
しかし使い放題の命を持つユタとはある意味では相性抜群と言えた。ただ一つの問題は、反動後の副作用的な文字通り死ぬほどの激痛と苦痛だ。
ユタは自分に言い聞かせた。
(「俺がやらなきゃダメなんだ。俺がやらないとみんな死ぬんだぞっ」)
一歩踏み出そうとする。
その勇気が出ない。
さっきイクスブレイブを使った時の半身が麻痺してからゆっくり死んでいく感覚がまだ記憶に残っている為だ。抗えない死。目の前にある圧倒的な絶望感がこびりついて離れない。
ユタは勇気を振り絞ろうとするが、逆に恐怖に支配されてしまい身体は小刻みに震え出した。
ドドドドドド…………
その時、また天井の岩盤が落ちて来た。黒スライムが天井に穴をあけ、自分の分体を流し込んでいるのだ。
「クレア…………」
スライムが破壊を止める様子はない。時間と共にクレア達の危険度も益々上がっていくばかりだ。
ユタは収納魔法を開いた。そして生まれた影の空間に手を突っ込むと、中からロケットを取りだした。クレアのロケットと似ているが金製ではない。銀製のロケットだ。
キプラヌスの氷の城でロケットを失い悲しんでいたクレアの為に、こっそりユタが用意していた物だった。金は高価なため、銀で作られている。
ユタはロケット下部のねじを回し中を開いた。だが写真はまだ入っていない。しかしユタはその何の絵もはめられていないロケットをしばらく眺めていた。そして見る事に満足するとユタは立ち上がった。
作戦はあった。
まずユタは夢中になって採掘をする黒スライムに向かって駆けだすと、転移の式句を唱えた。
「超空間転移!」
空高く空中に飛び出すと、ユタは黒スライムの方に身体の向きを変える。そして片方の腕を伸ばして狙いをつけると、イメージを整え魔力を発動させた。
「行けえぇ! イクスブレイブッ!」
ポォォ…… シュドドドドドドドドド
黒スライムの身体を目掛けて強力な魔力波が放たれた。
だがイクスブレイブの威力が高く余りにも激しかった為、ユタの狙いは大きくずれて黒スライムには当たらなかった。外れたイクスブレイブは洞窟の壁にあたり、大きなトンネルを生み出していた。
「ダメかっ 強すぎるとコントロールが全くできない。それに、もしイクスブレイブを変なところに当てでもして、俺が洞窟を崩したら意味がない! もっと魔力を調整しなきゃ…………くそっ」
すると、イクスブレイブを使ったユタの身体に異変が起き出した。呪文の代償がやってきたのだ。
「ダメだ……動けなくなる前に、早く死なないと……!」
そう言ってユタは自分の首元に剣を当てた。自由落下と共に、ユタの首は胴体から泣き別れる。
首を切り落としたのには理由がある。その方が比較的早く復活できるからだ。逆に全身がバラバラだったり、身体のパーツが粉々に無くなってしまっていたりすると時間がかかる。また、頭は破壊されても復活の時間は変わらないが、心臓を破壊された時は復活までのスパンが長くなる傾向があった。
なので、下手に復活が長引かないようにするには、首を切り落とすのが一番効率的であったのだ。
「よし、もう一度だ!」
比較的早く復活したユタは、テレポレアを使うと再び黒スライムに接近した。そして片腕を前方にのばしスライムに標準を定めた。
―今度は慎重にいこう。もっと魔力を洗練するようなイメージで……―
ユタは目を閉じ集中をする。
………………ォオオ… ポォ……ポォ…………
―よし、だんだん出力が上がっているな―
……ポォオオ… ポォン…ポォン…ポォン…ポォン……
魔力波を外しては意味がない。ユタは慎重に、確実に当てようと思った。だから魔力にさらなる正確さと鋭さを幻想した。
「イクスブレイブ」
キイィィ…… ピューンッ ババババ!
さっきまでのが戦艦の砲撃だとすれば、今のはさながらレーザー光線だ。極限まで鋭く尖らせた魔力波は黒スライムの身体を貫いた。
イクスブレイブの攻撃を受けた箇所のスライムの身体は、酸で焼かれたようにただれ、周辺のゲル組織はあきらかにそれを嫌がっているように見えた。レーザのような魔力波で貫通させた穴はスライムのゲル状の身体によってすぐに修復されてしまったが、それでも確実に攻撃は効いているようだった。
「やったゼ!」
それを見たユタは自分の攻撃が効いた事で喜んだ。思わず指をならしたりなどしている。
だがその拍子に指が折れた。
「っ………………」
イクスブレイブの代償だった。痛みのせいで涙がボロボロこぼれてくる。
だがユタの心はまだ折れない。
「あはは。こんな程度だったら、全然大丈夫だ! 俺はまだまだ撃てるッ」
イクスブレイブの出力を抑えたおかげで、支払う代償も僅かで済んだのだ。
そしてユタはまた空間転移で近くと、黒スライムにイクスブレイブを撃ち込みに行った。
呪文の代償が積み重なり、もう耐え切れなくなったら首を切って自害。そして健康体でリセット復活したらまたスライムに突撃していく。これがユタの考えた作戦。いわゆるゾンビアタックという物だった。
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