第92話 最上位種
「デカいなぁ……」
接近する黒い影に気づいたユタは、その場から離れると、すぐにそれの観察を始めた。
―相当デカい! 建物の四階くらいは余裕であるよな……―
それは今までユタが見て来た魔物のどれよりも大きかった。魔物かどうかも怪しいが、黒い塊という点は討伐依頼を受けた魔物の特徴と一致していた。ただ生き物というより、空気が抜けて崩れかけた大きなバランスボールが、ノソノソと転がっているといった感じが近い。
「いや、デカすぎだろっ あんなの倒せねえよ!」
ユタは敵のあまりの規格外にぶち切れた。しかし、ふと思いなおす。
「ん、待てよ?」
そして腰の鞘に刺さった新しい魔剣―暴力の黒剣に視線を落とした。そして鞘から剣を抜き掲げる。
この剣はイレギュラーの魔物の素材を使っていて魔力が流れており、雷幻霊などの剣で攻撃するのが難しい敵にも有効なダメージを与えることが出来る。
「コイツなら、ワンチャンあるか? でもあの大きさだからなぁ」
ダメージを与えられるかもしれない。という情報だけでは、ユタは魔物への攻撃に移る事は出来なかった。そっと剣を元の鞘へとしまう。そしてもうしばらく、魔物の観察を続ける事にした。
デカい魔物はしばらく沈黙の洞窟の中をうろうろしていたが、ずっと見ていて気付いた事があった。ユタは以前に、あれと似たような姿の魔物を見た覚えがあったのだ。キプラヌスのアジトの氷の城の第一層で出くわした巨大なスライムと外見の特徴がよく似ていたのだ。
ただし、あの時のスライムは赤いゲル状の身体を持っていたが、目の前にいるのは黒色で、あの時よりさらにデカい。
―氷の城のスライムが赤スライムだとすれば、今目の前にいるのは黒スライムとでも言うべきかな―
すると黒スライムは、急に今までとは違った行動を始めた。
「あいつ、何する気だ?」
黒スライムはその不定形な身体を縦方向に伸ばしていった。そして身体の一部が洞窟の天井まで届くと、突然天井を殴って攻撃し始めたのだ。そして攻撃でできた岩の亀裂から、自身の身体を小さく分裂させて粘液と一緒に流し込んでいた。
「ああやって村の坑道に魔物を送り込んでいたのか」
ハイ村の村長は魔法結晶などに使う鉱石を掘る坑道に黒くて粘液を纏った魔物が現れるようになったといった。そいつらのボスを退治しに行くというのが、今回の冒険者依頼だったのだが、実際は一体の大きな魔物が細かく分裂していたのだった。
そしてユタは黒スライムの様子を眺めているうちに、また重要な事に気が付いた。この地下湖の上には、まだクレア達がいるのだ。今も沈黙の洞窟の迷路を、こっちに向かって進んできているハズだ。
黒スライムは一か所にある程度の分体を注ぎ込むと、少し移動する。そしてまた天井の岩盤を破壊し粘液と共に子スライムを送り込んでいた。
―これ以上破壊されたら、天井の岩盤が壊されてしまう。そしたら上にいるみんなが、どうなるかは分かり切ってるな―
もし迷路が崩れてクレア達がユタと同じように岩に潰されたとする。その場合、ユタは不死でまだ猶予はあるが、クレア達の場合は即生き埋めだ。
「何か作戦を考えないと……」
しかしその時、黒スライムがユタの存在に気づいた。
近くでうろうろしていたユタを邪魔ものだと判断したのか、黒い身体から触手のようなモノを伸ばしてこちらに攻撃してきた。
「うわっ! く、くそー、これでどうだ!」
いきなり襲ってきた黒スライムに驚いたが、ユタは咄嗟に剣を抜くと、その触手を断ち切って攻撃を防いだ。幸いにも触手の動きはそこまで速くはなかったのだ。
「あれ? なんだ、弱いな!」
思ったよりも簡単に触手を切り落とせた事で、ユタは攻撃の実感を得た。
―これはイける!―
そう思うと、そのまま剣を振りかぶり黒スライムに向かって突撃していった。
そしてダッシュした勢いのまま、目の前の黒スライムの露出したゲルに対して渾身の斬撃を浴びせた。
ザシュ!
「よし!」
攻撃は確かに効いた。剣で攻撃した箇所は斬り裂け消滅していた。
―これならいけるっ―
だが、ユタが斬ってダメージを与えた箇所に対して、黒スライムの体積があまりにもデカすぎた。だから黒スライムにとっては剣で斬られた事など、針で刺された程度にしか感じていなかったのだ。
ユタは安易に攻めに転じた事を後悔しかけていた。しかしそんな間もなく、目の前のゲルの壁が凹みあがったかと思うと、凄い勢いで膨れ上がりピストンのようにユタを押し出した。
黒スライムに吹き飛ばれたユタは洞窟内の岩壁にぶち当たり即死した。
その後ユタが生き返ると、黒スライムはまだ天井の破壊を続けていた。多くの破壊のせいで、いくつかの岩盤は崩れて地下湖に落下した跡もあった。
ユタは再び剣をとった。この世界で手に入れた大事なモノを失うわけにはいかないからだ。
だが剣での攻撃は無意味ともう分かっていた。しかしユタには他にどうしようもない。なぜなら、ユタは空間属性以外の攻撃呪文が使えない………………………………
…………!!!
その時、再び脳内に電撃の走るような衝撃と共に、記憶が戻る感覚があった。
そしてユタは思い出した。頭の中にある新しい呪文を覚えたという記憶を。
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