第87話 小人たちの罠
四人はハイ村を悩ます問題の魔物が居るという、地下にある沈黙の洞窟という大空間へと向かっていた。
「道をふさいでいた雷獣も倒したわ。ようやく先に進めるわね」
「ああ、そうだな」
「じゃっ、後は任せたわよ」
「え?」
カトラはそう言うと手に持っていた洞窟の地図をユタに渡した。
「おい、いきなり人任せかよ」
「だってぇ。ここからは地図に道が書いてないんだもの。あたしが見ても迷っちゃうわ。それに、探索とかそうゆうのは、あんた達の方が得意なんでしょ」
「はー、分かった。最初から俺たちにマッピングさせる気でこんなクエストに連れてきたんだな」
「あたし、細かい作業とか苦手なのよ。それにあたしって華憐な乙女だから、万が一魔物の待ち伏せとかで怪我したら大変でしょ!」
「…………??」
―まあ、カトラの良く分からない理屈はともかく、俺たちの方が洞窟の未知の道を調べる役割に向いているのは確かだろう―
龍のアギトの団員のカトラは、こういったダンジョンの探索は他の団員に任せて自分は戦闘などに専念する事が多かった。
一方でユタ達は捜索や探索のクエストを三人で協力してこなしてきた為、先の道が分からない場所でも安全な通路を選択する術を身に着けていたのだ。
するとネーダは自信あり気にこう言った。
「カトラ、任せるんだぞ! ボクとチニイで目的地までしっかり案内してやるぞ。なあ、チニイ!」
「………き、きゅ…」
「チ、チニイ?」
いつもはネーダの兜の中にいるチニイだが、ネーダが呼んでも兜から出てくる気配がない。どうやらまだ雷獣に怯えているようだ。
「チニイー、もうあの怖い魔物はいなくなったぞ。出て来いって」
「きゅい…………」
「う~ん、困ったぞ」
するとその時、四人は足元で何かが動いたような気配を感じた。
「ふ、火」
クレアはとっさに火の呪文で明かりをつけ地面を照らした。そして正体が分かると、驚いて叫び声をあげた。
「キャッ 蛇!」
「え、蛇だって?」
その蛇は元は雷獣の尻尾の一部だった。ユタに斬られて今までその辺に転がっていたのだ。
迷いの森で三年も暮らしたユタにとっては暗やみから蛇が出て来たって怖くなんかなかった。しかしある小動物にとって、蛇は大の苦手とする生き物だったのだ。
「キュイィィぃぃーーーー!」
チニイは明かりに照らされた蛇が自分の目の前に現れた瞬間、ネーダの服の中から飛び出て一目散にその場から駆け出した。
「おい、待て! 待つんだぞ!」
「俺に任せろッ 物体転移」
物体転移は自分の目に見える範囲内だが、遠くの物を手元に引き寄せる空間呪文だ。
しかし洞窟の中が暗くてよく見えなかったせいか、呪文の狙いが逸れて、物体転移はチニイに命中しなかった。
ユタの手の中には、その辺の地面に転がっていた小さな石ころが、代わりにテレポーテーションしてきた。
「くそっ 外した」
「早く、追いかけないとっ チニイとはぐれちゃうよっ」
「チニイ! 止まれーーー!」
四人は急いでチニイを追いかけた。
そしてしばらくすると、曲がり角でチニイが数匹の小さな人型の魔物にいじめられている現場に出くわした。
「あれは……悪戯小人よ。フォレストモアにも下水道とかにたまにいるわ。きっと鼠かなんかと勘違いしたのね」
「よくもチニイを……、許さないんだぞ!」
ネーダはそう言うと剣を抜いた。
するとユタ達に気づいた悪戯小人は、本来はハイ村の炭鉱夫の物と思われるつるはしを携えながら、こっちに向かって襲いかかってきた。よく見ると、悪戯小人の身に着けていた服も、ハイ村の住人の着ていた物とよく似ていた。
「やれやれ、また戦闘かよ」
ユタもしぶしぶ鞘から剣を抜こうとしたが、その時クレアがこう言った。
「ユタ、あの魔物は私達に任せてよ。ユタはそれより先にチニイを助けてあげてっ」
「クレア…… うん、そうだな。分かったよ」
ユタは剣から手を離すと、代わりに瞬間移動の呪文の式句を唱えた。
ユタは先の戦いで、ネーダやカトラだけでなくクレアも既に守られるだけじゃない強さを持っているのだと知った。だから安心して後ろを振り向かずに進む事ができた。
ユタはチニイの所に飛ぶと、側に一匹残っていた魔物を軽くあしらうように蹴り飛ばしてからチニイを両手で確保した。
「大丈夫か」
「きゅいっ きゅーい」
チニイはユタを見ようとはしない。ネーダやクレアと違って、ユタはあまりチニイから好かれていなかったのだ。
「ちっ 可愛くないやつ」
そう言いながらユタはチニイをポケットにしまった。そして悪戯小人達と戦っているクレア達の元へ引き返そうとした。
その頃クレア達は、悪戯小人達相手に優勢のまま勝負を決めようとしていた。
「少しすばしっこいけど、雷獣に比べると全然大したことないぞ」
「そりゃそうよ。駆け出し冒険者でも倒せる相手だもの。あの雷獣が厄介すぎたのよ」
最初はユタの所に残っていたのも合わせて七匹の悪戯小人がいたが、既に三匹にまで数を減らしていた。三人の手によって、次つぎと悪戯小人は消滅し魔力霧へと姿を変えていった。
すると急激に数を減らされて焦った悪戯小人達は、一か所に集まり彼らの言語でなにやら相談を始めた。
「う~ん、何を話してるのかな……」
「魔物の言葉なんて誰も分からないわ。でも今の内よ」
そう言うとカトラは話し合いをしていて隙だらけの悪戯小人達の背中から火の呪文を放った。
「二重火炎!」
広範囲の火炎は悪戯小人達を包み込んだかに思えたが、地面に着弾した火炎弾の両側から二匹の悪戯小人が飛び出て来た。
「しとめそこねたわ。もう一度!」
「待て! あいつ等、手に何か持ってるんだぞ。気をつけろ」
悪戯小人達の手には火のついた長方形の棒のような物が握れらていた。
「ねえ、もしかしてだけどぉ…… あれってさー」
「爆弾よッ みんな離れて!!」
それはハイ村の炭鉱夫が、大渓谷の地下の鉱石を掘る際に使っていた火の魔石由来の爆弾だった。
昔、ハイ村の炭鉱夫が運悪くここに迷いこんで悪戯小人達に荷物を取られたのか。あるいは村まで行って盗んできたのかは定かでは無かった。
しかし三人にとって不運だったのは、悪戯小人達は爆弾を使えるほど器用だったことだ。
火のついた爆弾が放り投げられた。
「走れ! なるべく遠くに離れるんだぞ」
三人は一目散に駆けだした。しかし途中でクレアは立ち止まると、くるりと爆弾のある方向に振り返った。
「クレア、何やってんの。さっさと逃げなきゃ」
「超旋風」
クレアはロッドをかざして式句を唱えた。呪文により強い突風が巻き起こると、風は落下していた爆弾を巻き上げ、そのまま悪戯小人のいる方に吹き戻してしまった。
投げたハズの爆弾が戻ってきて悪戯小人達はその場であわてふためいていた。
「おおっ やったんだぞ! クレアないすぅ」
「へへへ、最初っからこうすれば良かったよね」
「おい、みんなぁー 俺を置いてくなよー」
「「あ゛!!!」」
その時、チニイを救出したユタがクレア達に合流しようとして、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。
「あ~、ああ~……! ユタ、今は来ちゃダメ!!!」
「へ?」
ボンッ ドドドドドドドドド…………
「うわあああああぁぁぁっ」
爆発の衝撃で地面には大きな穴が空いた。巻き込まれたユタは、穴の底にどんどん落ちていった。
「ユタッ ユタァ!」
「くそっ なんだってんだよ」
だが幸いも大きな怪我もなく、冷静な判断ができていたユタはすぐに瞬間移動で地上に戻ろうと試みた。
「……テレポっ むぐ……」
詠唱の途中で口の上に何かふわふわでもこもこな物体が乗っかってきた。そしてそのままユタの顔をどんどんよじ登っていった。
「きゅいきゅい ケッ」
「むぐ、ぢにい?」
チニイは頭の上まで登ってくると、ユタを踏み台にして飛び上がり、いくつかの岩場を経由してから地上で待つネーダの元へと戻った。
「きゅい~」
「あ、チニイ! 無事だったんだな」
「きゅい~lきゅい~」
「よし、よし。可愛いやつなんだぞ」
ひとしきり愛でてもらった後、チニイは満足し兜の中へと戻った。
「ねえ、ネーダ。ユタがー」
「あ、やばいんだぞ」
ガラガラ……ガラ
爆発によって地面が崩れ落ち、穴は深くまで続いていた。
「くそ、あいつめぇ 覚えてろよ!」
もう既に超空間転移でも移動できる距離ではなかったが、何回か唱えれば戻れそうだ。
そう思いユタは式句を唱えようと魔力を集中させた。
だがその時、運悪く頭上から石が降って来た。落石は頭蓋骨の形を変え、ユタに致命傷を与えた。
「うっ 意識が……」
その後も体の上からどんどん岩が降り積もり、体は押しつぶされていく。
―うう、この穴……どこまでつづいてんだよ……―
そこでユタの意識は途絶えた。
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