第86話 剛力の少女
「超雷霆!」
ネーダの放った雷呪文と雷獣の雷撃がぶつかって激しい火花が飛び散った。
「ユタッ 今だぞ」
「ああ、分かってる。空間転移」
ユタは式句を唱えると、まだ攻撃の反動で上手く動けない雷獣の背後に移動し、暴力の黒剣で思いっきり斬りつけた。
グロロロ……ッ
すると雷獣は苦しそうに唸った。そしていくつかある蛇の尾がちぎれ、どこかへ散らばっていったのが見えた。奴が身体強化で纏っていた雷もすでにか細い。
「もうすぐ倒せるわね。追い打ちをかけるわよ。 超火炎!」
カトラも得意の炎の呪文で攻撃した。さっきまで攻撃呪文はほとんど避けられてしまっていたが、もう雷獣に走り回る力はないようだった。
カトラが炎魔法を使っているのを見て、クレアが前の方にやって来た。
「私も手伝うよっ 風の呪文で援護すれば、炎の威力も上がるんだったよね」
そう言って、クレアも雷獣に近づき魔力を手に込め式句を唱えようとした。しかしユタはそれを止めてこう言った。
「クレア。まだ下がってるんだ」
「え、でもさー。私も手伝った方が……」
「いや、カトラなら一人で大丈夫だよ。それよりクレアは剣が使えないんだから、あまり前にでるなよ。危ないよ」
「で、でも!」
しかしユタは聞く耳を持たず、クレアを無理やり安全な場所まで下がらせた。
「むぅ…私だって、大丈夫なんだもん」
そう言ったが、既にユタは戦いに戻りクレアの声は届いていなかった。仕方なくクレアは魔法のロッドを構え、いつでも風の呪文で三人を援護出来るように後方から前方を注視した。
しかしふと、クレアは試しに風ではない別の呪文を使ってみた。
「…………霊」
すると体を魔力のオーラが包みこみ、力が沸いてくるのが分かった。今度は呪文の発動に成功したのだ。そしてクレアは己の力にまだ限界を感じていなかった。
―きっと次こそできる気がするんだ―
「……まあきっと、雷獣はもうみんなが倒しちゃうと思うけどね……」
クレアの目から見ても、カトラの炎攻撃を受け続けた雷獣はかなりのダメージを負っているのが分かった。このままなら、すぐに魔力霧になって消えるだろう。
しかし自らの死を悟った雷獣はとつぜん最後の力を解放した。それは線香花火のように、一瞬だが強力な光を放ってカトラの炎をかき消した。
「ええ?! なんでよ! 死にかけだったじゃない」
「おい、気を抜くなよっ アイツ何かしてくるゼ」
雷獣は咆哮をあげると、再び雷を纏い無我夢中で洞窟内を縦横無尽に駆け回り出した。
自分でもどこを走っているのか分からず何度も壁に衝突するが、決して止まない高速突進。雷獣の最後のあがきだ。
「うわっ 凄い力だぞ」
ネーダは剣でガードするが、大きくはじかれよろけた。
「かすっただけなのにまだ手が痺れる。まともに食らったら、ひとたまりも無いんだぞ」
「くそっ とっとと、くたばれよ!」
ガンッ ガキンッ
雷獣はユタ達の周りを何度も走り抜けた。突進を剣で受け流す度に激しい金属音が響いた。しかし攻撃を阻まれ続け、じれったく感じたのか、雷獣は突然進行方向を変えた。
「アイツ、クレアの方に行った! ユタ急いでテレポレアを」
「あ、ああ!」
しかし何度も攻撃を受け止めていたせいで体に上手く力が入らない。集中力が乱れ呪文の発動に失敗し、ユタは焦ってもう一度式句を唱えようとした。
「エル……」
「ちょっと待って」
「な!」
その時、カトラがユタの肩を掴み式句の詠唱を止めた。
「邪魔するなよ! 今がふざけるときじゃないくらい分かるだろ! 早くしないとクレアが…」
「そうじゃないわよっ。でもほら、クレアをちゃんと見なさいよ」
そう言われてユタはクレアの方を見た。
するとクレアの身体全体が、大量の魔力のオーラに包まれているのが視えた。クレアから今までにない強いエネルギーを感じた。
「あ、あれは?」
「クレアなら大丈夫よ。あんたも強くなったけど、クレアも強くなったってことね」
その時、クレアの心は静かに落ち着いていた。自分に向かって魔物が猛突進してくるのが分かっていても恐怖は無かった。なぜなら、今の自分にとってそれは脅威ではないと悟っていたからだ。
グルるるる!
そして雷獣がまさにクレアにぶつかる瞬間。クレアは力を解放し魔法のロッドを振った。
「……私はきっとできる。撃滅強霊!」
レギアの上位呪文―撃滅強霊はクレアにさらなる腕力をもたらした。向かってくる雷獣に対し、スイングした魔法のロッドは真正面からぶつかった。
「ぐぐぐ……なんて強いの。 でも負けないんだっ」
力の拮抗の後、クレアはロッドにさらなる魔力を送った。そして一気に力が加わった事により雷獣は弾けて飛んだ。
砕けた体の一部を残して魔力霧へ変わると、それの多くはとどめを差したクレアの中へ吸い込まれていった。
「ふぅ……」
「やったわね! 身体強化の呪文を完璧に使いこなしてたわ。やっぱりあたしの見る目は正しかったようね」
「へへへ、ありがとうっ なんか出来るような気がしたんだよね」
「すごかったわよ」
そう言うと二人はハイタッチをした。
ネーダは突然クレアが身体強化の上位呪文を使った事に驚いていた。
「ぎ、ギガレギアだって?? 最初に身体強化を使ってたのはボクなのに、なんでクレアの方が先に上位呪文を扱えるようになるんだぞッ」
「ええ? そうだなー…… 私の方が素質があったって事じゃない?」
「ムキ―!! はぁ、またボクのアイデンティティが…………」
「へへへ、ごめんねっ」
すると魔力霧にならず残っていた雷獣の破片を回収し終えたユタが三人の元に合流した。
「怪我は、無いみたいだな」
「あ、ユタ!」
クレアはユタの顔を見ると途端に気まずくなった。
クレアのパーティの役割は後衛でのサポートだ。それを今回のように自分勝手に破っては、パーティ全体を危険にさらすとクレア自身も分かっていた。
そして何より、ユタはあんなに自分を心配してくれていた。なのに裏切るような事をして申し訳なく感じたのだ。
「あの……ごめん」
クレアはうつむいてそう言った。
しかしユタが何か言う前に、カトラが割り込んでこう言った。
「いいじゃないの別に。ちゃんと倒せたんだし、クレアの活躍がなきゃ、もっとてこずってたわよ」
「いいんだ。ありがとうカトラ」
「クレア…………」
小さな旅人の団長はネーダだったが、戦闘の指揮に関しては空間呪文で戦闘全体が把握できるユタが管轄する事が多かったのだ。
「ごめんね。私、どうしても自分の力を試してみたかったんだ。でも、私じゃやっぱダメだよねっ ……これからもみんなのサポート頑張るから」
「は?…………さっきから何いってんだよ」
「え?」
するとユタは頭をかくような仕草をしてからこう言った。
「ああ~、いや、クレアがあんな呪文を使えるなんて知らなかったんだよ。……やるじゃん!」
「うんっ へへへ、でしょ!」
クレアは嬉しそうに笑った。
「さあ、強い奴は倒したんだぞ。後は沈黙の洞窟の一番奥にいる目的の魔物だけだよね?」
「ええ、そうね。それももうすぐのハズよ」
「よし、先を急ぐんだぞ!」
こうして一行は暗い洞窟を再び進み始めた。
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