第76話 ウインドヒルの胡桃
風がとても強い。しっかりと踏ん張らなければ体ごと吹き飛んでしまいそうだ。
平原を超え、山を越えまた平原を超え。ユタ達は美しい緑が広がる丘陵地帯にたどり着いた。
このウインドヒルでは常に強い風が吹きつける為、倒木してしまう半端に背の高い木は育たない。ここにある木はただ一本、樹齢万年超えの巨木だけだ。巨木は雲をこえ天を貫いていた。
「もうすぐよ。みんながんばって!」
カトラはユタ達を激励した。
目的地は巨木から生えた大枝の一つだ。今ユタ達は、木の幹に備え付けられた階段を伝って、木の枝を上へ上へと登っていた。階段といってもしっかりしたものではない。だから風が吹くたびに揺れるのだった。
元々運動能力の高いネーダにとっては多少足場が悪くても問題ない。チニイと一緒にどんどん木の上に登っていった。
「きゃっ」
突如大きな風が吹き、足元がひときわ揺れた。その瞬間クレアがバランスを崩してしまった。しかしクレアの後ろから登っていたユタが咄嗟にクレアの体を支えた。
「危ないっ おい大丈夫かよ」
「う、うん、ありがとう ちょっとバランスを崩しちゃったみたい。 ……あのさ、怖いから掴まっててもいい?」
「え、まあいいけど……」
「やった! はいっ」
そう言うとクレアはユタの方に手を伸ばした。ユタは出されたその手を握った。
カトラは二人の様子を少し前の方で見ていた。
(ふ~ん、そうなのね)
しばらく歩き、ユタ達は開けた場所へと出た。そこは枝の上に木材を敷き詰めて作った床で、巨木の上に人工的に作った空間だった。そして風が一層強く吹き付けていた。
「ユタ! ユタ! あれを見るんだぞ!」
ユタが登ってくると先に登っていたネーダは何故か焦りながらそう言ってきた。ユタは不思議に思いながらネーダの示した方を見ると、そこには自分の目を疑いたくなるような物がいた。
「もしかして、ド、ドラゴン?!?」
光沢のある深紅の鱗。剣のような鋭い鉤爪。背中から大きな翼が生え、顔はワニのように恐ろしい見た目をしていた。
―ここはファンタジーの世界だから、いつか会うかもしれないとは思っていたが、まさかこんなところで会うなんて―
「気を付けるんだぞ! 向こうにももう一匹いる」
見ると巨木の葉の影にもう一匹隠れていた。そしてドラゴンはユタ達に気が付きこちらに近づいてきた。
「くっ」
ユタはベルトに差していた真新しい武器―暴力の黒剣を抜いた。
「クソ、なんだってんだよ」
しかしカトラはそれを見ると、ユタに剣を収めるように言った。
「大丈夫、安心して。襲ってこないわ」
「え?」
するとカトラは不用意にもずかずかとドラゴンに近づいていった。
「カトラっ?」
クレアは驚き呼び止めるが彼女は気にする素振りを見せず、そのままドラゴンの真下まで歩いて行った。
「どうするんだぞ? あのままじゃ食べられちゃうぞ」
「……あいつ、どういうつもりだよ」
そして次の瞬間、ドラゴンの口が真下にいるカトラに向かって一直線に降りて行った。
もうダメだ!と思った時、ドラゴンの首を滑り降り、ドラゴンの背中に乗っていた少女がカトラの目の前に飛び降りてきた。
「よぉ、元気そうだね」
「久しぶりね、クルミ。スカイとランドも」
「いつも急に来るんだもん。こっちだって準備大変なんだ。んあ?そいつらは何。いつも溺愛してる妹と一緒じゃないの」
「あ~、モモはフォレストモアでお留守番よ。今回はコイツらの用事にわたしが付き合ってやってるのよ」
「ふ~ん、そうかい ま、金さえもらえるなら何でもいいんだけど…………」
「それは、コイツらが払うから!」
二人はどうやら旧知の仲のようだ。また、話している間ドラゴンが襲ってくる様子は無かった為、どうやらドラゴンに危険はないらしい。しかし説明されてないため事情はさっぱり分からない!
「おいカトラ、そいつ、誰だよ」
ユタがそう言うと少女はポカーンとした顔でカトラの方を見てこう言った。
「カトラ、何の説明もなしにここまで連れてきたっていうの?」
「あ~……、そうだったかなぁ」
「はあ~やれやれ」
すると竜の鱗と思われる装飾の服を身に着けた少女はユタ達の方に向き直ってこう言った。
「クルミはクルミ! ウインドヒルで一番のドラゴンライダーさ」
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