第75話 いっぱいのスープ
「おい」
「うん?」
「俺たち、結局どこに向かっているんだよ」
カトラはユタ達をとある場所へ連れて行くといった。その場所なら帝国に入る手段があると言うのだ。
「どこって。ウインドヒルよ」
「ウインドヒル?それはどんな場所なんだ」
「それは着けば分かるわよ。さあ、先を急ぎましょう」
ユタ達はフォレストモアの平原を、ダンファンの森とは反対の方角にずっと真っすぐ進んでいった。
途中山賊のような輩にも絡まれたが、パーティの全員が魔物の進化種を難なく倒せる実力を持つ冒険者だったので秒であしらう事ができた。
途中で、古い小屋を見つけたので、彼らはそこで野営をする事にした。
手分けして探索と野宿の支度をしている時、カトラはこう言った。
「あたし、そこらを見回ってくるわね!」
「ああ、助かる。ついでになんか食えるものを探して来てくれよ」
「え。うん。いいわよ。」
周囲の安全確認は野営時にはとても重要な事だ。彼女の場合は単に支度をさぼりたかっただけなのだが。
食事の準備はユタの仕事だ。今日のメニューはスープだ。宴会で食べた時に美味しかったので、黄金果実亭で作り方を教わったのだ。
「冒険者依頼でも、あの美味しいスープが飲めるんだぞ?!やった!」
「じゅるじゅるじゅるじゅる わたし、とっても楽しみっ」
スープの事を聞くとみんな喜んでくれた。頑張って作り方を学んだかいはあったようだ。
だがそれまでヨダレを垂らしていたクレアはハッとある事に気づくとこう言った。
「そうだ。わたしスープの水出さなきゃだよね」
「ああ、うん。お願い」
クレアはユタが収納魔法から出した鍋に魔法で水を注いだ。
「火も出すね」
「いや、火はいらないよ」
「ええ? どうして」
クレアが尋ねるとユタは自らの手を鍋の下の薪に近づけた。
「火」
そうやってユタが式句を唱えると、小さな炎がそこに出現した。
「すごい! フレムが使えるようになったんだね!」
「うん!そうなんだ!」
「やったねっ でも、どうしてだろう」
これまでユタは生活呪文の内の基本的な四属性下級呪文を何一つ扱う事ができなかった。
いきなり火」が使えるようになった理由に、ユタは心あたりがあった。
「前に俺に教えてくれた言葉があるだろ。幻想を現実にする力って」
「ああ! 言霊ねっ」
「うん。ビアードは魔法のコツだとも言っていた。今までは俺は魔法のイメージが足りてなかったんだ。けど、ボンドルベのキプラヌスの結界の中で、散々水素で疑似魔法を使ったから炎魔法のイメージができたんだと思う」
ユタはゲームの中での認識しかなかった火の魔法を、直接手から火を出すという経験を得て、より具体的にイメージできるようになったのだ。
「あの時のアレか! なるほどなんだぞ。うーん、それにしてもユタは次々に新しい魔法を覚えるな」
「まあ、魔法なんて元はゼロだからな。その分覚えるのも早いんだろ」
「ん?ゼロ?」
「あ、いや なんでもないよ」
ネーダにもクレアにも、自分が異世界から来た事は話していない。話しても理解もされないだろうし、余計な混乱を招くだけだからだ。
見回りからカトラが戻ってきた。
カトラの手にはいくつかの野草があり、口の中には何か生き物が入っていてもごもごと咀嚼しながら歩いてきた。
「お帰り。意外と早かったな」
「え、何やってんの。あんた達」
「何って、食事の準備だよ」
その時には既にスープは出来上がっていた。ユタは鍋からクレア達のお椀にスープを取り分けている所だったのだ。カトラのお椀も用意していたのだが、彼女はすぐには座ろうとはしなかった。
「あんた、わざわざ料理したって言うの??」
「はあ? 当たり前だろ」
「当たり前じゃないわよ。こんな城壁の外で料理なんか時間もかかるし、隙だれけで危険じゃない。…………まさか、料理魔法を知らないの?」
「料理魔法?」
ユタがそう聞き返すと、カトラは動物の肉やそのまま食べると苦くて食えない野草などの食材をいくつか手に取った。そしてユタ達の前で実践をしようとした。
「……食材加工」
するとカトラの手の中にある食材たちは、すべてが一つになり一瞬で謎の乾燥した土色の固形物へと変化した。
「何をしたんだ」
「これはね、食材を食べられる状態に変える事の出来る魔法なのよ。冒険者の常識よ?」
「し、知らなかった」
カトラは魔法で生み出された固形物にかぶりつくと満足げにこう言った。
「ふふふ、こんな事も知らないなんて、まだまだひよっこねえ」
食材加工は一瞬で食事が確保できる優れた魔法だ。しかも無属性魔法であった為に、多くの冒険者に浸透していたのだ。確かに、この魔法があればいちいち鍋に火をかける必要もなくなる。
しかしカトラの話を聞いたネーダはこう言った。
「ボクだって知ってだぞ」
「え、うそ~。じゃあなんで使わないのよ」
「だって、ユタのご飯の方がずっとおいしいもん!」
それを聞いたカトラは自分の手の中にある土色の固形物と、ネーダとクレアの手の中にある黄金果実亭直伝の黄金スープを見比べた。
「カトラも早く座りなよっ スープが冷めちゃうっ」
「う、うん。そうね、たまにはこういうのも悪くないわ」
そう言いいながらカトラは自分が作った固形物をポケットの中にしまうと、クレアのとなりに座りお椀をユタへと突き出した。
「フッ 」
ユタは鼻で思わず笑うと、カトラのお椀になみなみスープを注いだのだった。
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