第74話 カトラの提案
「ん~むにゃむにゃ…… んぐぅ……あ、あれ? ユタっ いつの間に戻って来たのさ」
クレアはまだ眠たそうに瞼をこすりながらそう言った。テーブルに突っ伏して眠っていたため、口の周りはパンくずやらの食べかすがミッチリついていた。
「うん。ちょうど今来たところだよ」
ユタはそう言うとクレアの隣にさりげなく座る。
クレアは口の周りの汚れに気づくと、恥ずかしそうに照れながら舌を使い器用にペロリと食べかすを綺麗にしていた。
目の前には大量のご馳走…………が、乗っかっていたと思われる空の皿。それらはほとんどクレアの腹の中に移された後だ。そしてユタの反対側には、酔っ払ったカトラが酒瓶片手に気持ちよくなっていた。
「カトラ……。お前、自分で飲んだ分は払えよ?おごってるわけじゃないからな?」
「ええ~? ちょっとぐらいいいじゃない。聞いたわよ、B級昇格おめでとう!」
「それは…………ありがとう。」
「確か~、昇格したら臨時報酬が出たはずよね?」
「……なんの事かな。そんなの知らないケド。」
ユタはそっと目をそらした。しかしカトラは相も変わらずこちらを怪しい目で見ている。
やはり昨晩、報酬金で豪勢していたのはバレバレだったのか。
「そ、そうだ! そういえば、ユタ、新しい剣をもらってきたんだろ。ボクにも見せるんだぞ」
その様子を見ていたネーダは、咄嗟にそう言い話題を変えた。それを聞いてユタは頷いた。
そしてベルトから剣の鞘を外しキルシュから無料でもらった黒剣をみんなに見せた。
「ほら、これだよ」
ユタは机の上に剣を置くと、鞘を抜いて隠されていた斑模様の刀身を三人に見せた。
「ええ?これがイレギュラー素材の剣? …………なんだか、ずいぶん変わった見た目なんだぞ」
「うん。なんか、こう…………個性的な見た目だよね……」
「うわキモ!!! 何この色?! え、もしかして、ウンコついてる??」
三人の感想を一通り聞いた後、ユタはそっと自分の剣を鞘にしまった。まあ、いい感想など初めから期待してなかったが。
「チッ みんな揃ってボロクソ言わなくなっていいだろ。 ああそうだよ。俺だってキモイと思ってるよっ」
「ま、まあまあ。そんなにカリカリしないで」
「ふん!」
「…………確かに。見た目は最悪だけど、イレギュラー素材だけあってその剣、魔力はかなり込められてるわよ。それだけ魔力があれば、硬度もかなりあるんじゃないかしら」
「え、そうなのか」
カトラの思いもよらぬ情報にユタは驚いた。
魔力が多くこもった武器なら、盾などの障壁呪文も剣の物理攻撃で破壊できるようになる。場合によればキプラヌスが氷の城で使っていた氷の盾も、突破できるという事だ。
剣に特殊能力を込めるのには失敗したが、それだけの力があるなら、戦いにおいて充分過ぎる活躍が期待できるだろう。
ユタは少しだけ嬉しくなり、こっそりほくそ笑みながら剣をベルトの元の位置に戻した。
その後、四人はこれからどんな冒険をするのかという話になった。カトラがB級になったユタ達に対して興味を示したからだ。
冒険者はB級になると、より各々の専門性を高めるために、パーティは受ける冒険者依頼の種類を絞るのが常識だった。
「で? あんた達、リトルパラはどうする気なのよ。採取? 討伐? それともお宝さがしでもするの?」
カトラがそう言うとネーダが答えた。
「う~ん、しばらくは色々していくつもりなんだぞ。けど兄様のいる冒険団グングニルは討伐がメインだったから、そのうち討伐に決めるかもだぞ」
「そうなの……。討伐は危険も多いけど、あんた達は強いから大丈夫でしょっ 私のような冒険者を目指して、せいぜい頑張りなさい!」
「ええ?! ボ、ボクの目標は兄様なんだぞ!」
ネーダとカトラのコントのような掛け合いを聞いて、クレアとユタは思わず笑いが込み上げた。その様子を見たネーダが小さな子供のようにむくれてしまうが、その様子がまた可笑しかった。
その後、カトラの話を聞いたユタはこう言った。
「冒険者依頼を決めるのも大事だと思うけど、今の俺たちには他にやる事があるんだよ」
そしてユタはクレアの方を見た。そして互いの意思を確認するようにこくんと頷き合った。
「え、何よ。しなきゃいけない事って」
「ムーン帝国に行くんだ。その為にB級まで上がったんだから」
「ああ……そういえばそうだったわね」
カトラはフォレストモアにユタ達が来たばかりに聞いた話を思い出した。
「あとっ カーダ兄さまにも会いに行くんだぞ! いいよねユタ」
「ま、まあ クレアがいいなら」
するとここまで話を聞いていたカトラは、腕組みをしたまま突然変な声で笑いだした。
(くっくっくっ いやあ、あたしってば天才ね。くっくっ)
「ど、どうしたの? カトラ。だ、大丈夫?」
「クレア、気にすんな。この女がおかしいのはいつもの事だよ」
「な、なによ失礼ね! せっかくいい事を教えてあげようと思っていたのに!」
「はあ? なんだってんだよ」
カトラはそう言うと、手を仰ぎ自らに注目を集めるような所作をした。そしてニヤニヤしながらユタ達に語りだした。
「要はあんた達、ムーン帝国に行きたいのよね」
「うん、そうだぞ」
「でも、肝心の行き方は分かるのかしら?」
「ええ? 歩いていくとかかなっ」
「甘い! ここグロリランド王国からムーン帝国までどれだけあると思ってるのよ…… それに国境には深い渓谷があって、何の対策も無しには越えられないわよ」
「それホントかよ…… クソ、そんなのどうしたら」
「…………フフフ、あたしが助けてあげるわ」
「「えええ?!」」
ユタ達三人は声をそろえて驚いた。カトラが無償で人助けをする事など滅多にない。それを彼女の事をよく知る三人は分かっていたからだ。なんだかフォレストモアに戻ってから驚いてばかりだ。
「あやしいんだぞ。絶対、裏があるに決まってるんだぞ」
「ああ、同感だ」
ユタとネーダは訝し気な目でカトラをじっと見た。カトラは一瞬たじろぐが、すぐに笑ってごまかしながらこう言った。
「ち、違うわよっ ほら、酒をおごってもらったじゃない。そのお礼よ」
「おごりじゃないからな。」
「……………………ああ、もう! 帝国の行き方知らなくて困ってるんじゃないの?本当は助けて欲しいでしょ」
「うーん……」
確かに、ユタ達は帝国に行く方法をしらなかった。魔王軍との戦争中の国に無事に行く方法があるのさえも怪しいのだ。でもカトラがその方法を知っていれば、それは三人にとって僥倖であるだろう。しかしカトラの提案だ。ユタは何かある気がしてならなかった。
だがその時クレアはこう言った。
「ねえ、助けて貰おうよ」
「で、でも」
「カトラならきっと何とかしてくれるよ! だよねっ」
そう言われるとカトラは何度も大きくうなずいていた。
「あたしに任せなさいよ!いっちょ先輩としていいとこ見せてあげるから」
「ううんそこまで言うなら…………」
「うんうん。分かったわ。そんなに助けてほしいのね! じゃあ明日城門前に集合ね、長い旅になると思うから、しっかり準備してくるのよ。よし、あたしはこれで失礼するわ。じゃあねクレア。また明日会いましょう。他のふたりも!」
「う、うんっ じゃあね」
そう言うと、カトラはまるで竜巻のような猛烈な勢いで店を去っていった。
散々飲んで行ったお酒の代金を払う事なく。
―大丈夫かな―
一抹の不安を抱えつつも、翌日ユタ達はカトラと共にムーン帝国へと旅立つのであった。
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