第72話 「ボクは間違ってないんだぞ?」
魚の塩漬け、ソーセージ、肉と野菜のスープ、シチュー…………
思いつく限りのご馳走は次々に運ばれ、あっという間に目の前のテーブルを埋め尽くした。
「わあ! 美味しそうっ」
「クレア、ほんとうにコレ全部たべるんだぞ?」
「うん、もちろん。なんかいつもよりお腹すくんだよねっ あーむっ ……ぎゅるるるゴクン」
そう言うと、クレアは大きなソーセージを一口で飲み干した。
ソーセージ、スープ、塩漬け、スープ……。汁と固形物を交互に口に入れ、消化の回転率を良くしているようだ。
「ネーダも、もっと食べたら?このスープもとってもおいしいよ」
「うん、食べるよ。けどボクは大人だからね。食べ物よりこっちの方が好みなんだぞ」
そう言ってネーダは果実酒の瓶を手に取った。
この世界の成人は15だ。だからネーダでも飲酒が可能だったのだ。そしてネーダはきっかり15であった。
「う~ん、この香り。たまらないね! ぺろ……ゲホゲホッ う、うん おいしい。」
「へえ~、ネーダってお酒の味とか分かるんだぁ 凄いね」
「まあね、ボクは飲み慣れてるから。このワインもなかなかだぞ」
ネーダは胸をそらし得意げになってそう言った。しかしクレアがふと果実酒の瓶を見るとある事に気が付いた。
「ええと…………そのお酒の瓶にはウイスキーって書いてるよ」
「あれ? ま、まあ、そうとも言うかな!」
焦ったネーダは自らの失敗を取り繕う為、クレアから瓶を取り上げると窓から放り捨ててしまった。これでジョッキに注がれた酒が、ワインなのかウイスキーなのかを知る事は出来なくなった訳だ。
「ネ、ネーダ??」
「ごほんごほん! き、気にしなくていいんだぞ」
ネーダはクレアの気を紛らわす為に咳晴らいをした。そして別の話題を切り出そうとした。
「ところでさッ クレア達はムーン帝国に行きたいんだったよね」
「う、うん。 そうだよ」
いきなり、帝国の話題が出た為クレアは少々驚いたが、ネーダは気にせず話を続けた。
「だったら次の冒険はムーン帝国かぁ どんな冒険が待ってるのかな!」
「うん。楽しみだねっ」
「…………えっとさ…」
「どうしたの?」
ネーダは話している途中に突然もじもじとし出した。何か言いいたそうだが、言いにくそうにもしている様子だ。
「…………トイレ?」
「違うんだぞ!! 実はさ、帝国に行くならお兄様に会いに行きたいんだ。みんなを兄様に紹介したくて…………いいかな」
ネーダの兄は救国の英雄カーダ・グラディウスだ。彼は勇者と呼ばれ、今も戦いの地ムーン帝国で、魔王軍と戦っているのだ。そしてネーダはそんな兄を慕い目標としていた。
「うん、いいよっ もちろんだよ!」
「ホント! ありがとうだぞ!」
「今は出かけてるけど、きっとユタもいいって言うと思うよ」
「そっか。まあ、だよね! だってボクが団の団長なわけだし」
するとその時、黄金果実亭の扉が開き、外から誰かが中に入ってきた。
「あ、ちょうど帰ってきた!」
クレアは魔道具屋に行ったユタが戻って来たのだと思って笑顔で振り返ったが、やって来たのはユタではなかった。
そこにいたのは、頭からウイスキーと思われる赤い液体をぶちまけた、龍のアギトの女冒険者―カトラだった。
「こらあっ! 窓から酒投げた奴出てこーーい! お前の中の赤い液体も、ぶちまけてやるわぁ」
「「うわあ……」」
怒ったカトラは剣を抜きながらそう言った。
ちなみにその時、酒場の中にはクレアとネーダの他に客は誰もいなかった。
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