第69話 魔王の指輪、そして帰路
「落ち着いた……?」
ユタの体に頭をうずめていたクレアはそっと顔を上げた。二人はまだキプラヌスの結界の中にいたのだ。
「うん、もう大丈夫だよ」
クレアの目の下にはまだ涙の後が残っていた。あれだけ思いっきり泣いていたなら当然だろう。
ユタは収納魔法を開くと、涙をふくためのハンカチをクレアに渡した。
「ほら、」
「ふぇ?」
大事な場面で恥ずかしがっていたユタはハンカチをクレアの頭の上に乗っけた。クレアはすこしぽかんとしていたが、ユタがユタが恥ずかしがって後ろを向いてる間にハンカチを掴みそれで顔を拭いた。
「ありがとう。やっぱりユタは優しいね……」
およそ紳士的とは言えないやり方だったが、クレアは喜んでくれたようだ。クレアは受けっとッたハンカチで涙を拭くと、にこりと笑ってみせた。
「クレア、そろそろ行かないいけない。ここから出られなくなってしまう」
「うん、そうだねっ」
そう言うと二人は急いで出口の裂けめへと駆けだした。
あんまり急いでいたので、クレアは途中でキプラヌスの死体に足をひっかけ転びそうになってしまった。
「おい大丈夫かよ」
「う、うんっ 平気だよ。 あれ?」
クレアは自分が蹴飛ばしたキプラヌスの死体から何かが飛び出した事に気づいた。近づくとそれは、小さな水晶のはまった指輪だと分かった。
クレアは指輪を拾い上げると、壊れた城の隙間から差し込む光に透かして眺めてみた。
「綺麗だなぁ」
試しに自分の指にはめると、不安でいっぱいだった自分の心が和らぐような気持ちがした。
「クレア? 急いでくれ! 出られなくなる」
「うん 今いくよっ」
クレアは拾った指輪を外すのを忘れ、そのままユタと合流した。そして二人は結界を去っていった。
ユタとクレアが結界から出ると、そこは廃村ブルーフォールで、ネーダとパユが二人を待っていた。
異空間をつなぐ転移門から二人が出てくると、ネーダは、あっと声を出して急いで駆け寄った。
「やっと来たッ。遅いぞっ 早く来いって言ったのに。ボク、二人が出てこられなくなったかもって心配したんだぞ」
「ああ~、そうだった。悪かったって、無事に帰ってこれたんだからいいじゃん」
するとネーダの後ろからパユがこう言った。
「よくありません! 私はどうかしていました。魔力が無くなっていたとはいえ、アナタたちのような未熟な冒険者を危険な存在がいると分かっている死地に送るなど」
パユは手で目頭を覆いながら、ハアーと深いため息をついた。他にもブツブツと後悔の独り言や物騒な呪いの言葉のような物もかすかに聞こえてきて、彼の機嫌は最低であると察せられた。
「ハハハ……ですよね」
ユタは愛想笑いを浮かべるとすっとネーダと顔を合わせた。そして二人は聞かれないように小声で話しだした。
「なあ、パユはかなり怒ってるよな」
「うん。ボク達が城に行った後、残っていた人狼二十匹を全部一人で倒したらしくて……それで本当はボク達がやるハズだった仕事の後始末をさせられたってずっと文句言ってるんだぞ」
「ええー……マジかよ。魔力が切れてたはずだろ? ていうか俺たちだってゾディアックと戦ってたってのにな」
「まあそうなんだけど、このまま機嫌悪いときっと、B級に昇格させてもらえないんだぞ」
「そ、それは困る!」
パユは二人がこそこそ会話しているのに気づくと大きく咳払いをした。それに驚きユタ達は思わず直立姿勢をとってしまう。
「はあ、本当に最悪ですよ。もっと楽な仕事のつもりだったのに。ああ、アレですか。あなた達は厄介事を引き寄せるキャラでも持ってるんですか?」
「ご、ごめんだぞ」
パユは二人の前でもう一度ため息をついてみせた。パユは顔に手をあて若干背をそりながら、わざとらしいため息を繰り返す。
それを見て、ユタとネーダの二人の額からはなんとも嫌な汗が垂れてきた。
しかしその時、転移門からクレアが遅れて戻ってきた。
「心配させてごめんなさいっ」
クレアはそう言ってパユに頭を下げた。パユも顔を覆っていた手を開き、指の隙間からクレアの姿を確認した。
「へえ……、ちゃんと助けて来たんですか!」
パユは驚いたようにそう言った。
「あ、あたり前だぞ。ボク達は仲間を見捨てたりしない」
「そう言って、口だけの人間はたくさんいますよ。……なので、しっかり仲間を連れ戻した事は素直に評価するべきですね」
そしてパユはわざとらしいため息をつくのを止めた。すると何かに気づき辺りを見渡し始めた。
「そう言えば……あの氷の魔法使いはどこに行きましたか?……流石に死にました?」
パユの問いにユタが答えた。
「ジオ達は結界を脱出する時に別の所から出たんだ。今頃は故郷の村にでもいるんじゃないかな」
「ふむ。全員無事という事ですか。それは、運がよかったんですね」
「運。」
「…………。しかし、三人ともかなりの強敵を打倒したようですね。魔力の量が桁違いに上昇してますよ」
「ええッ、そんな事が分かるのかよ」
ユタとネーダはクレアの元にたどり着くまで何体もの魔物を倒していた。
それに最後はキプラヌスの自滅とはいえ魔軍団長も倒した為、その分の魔力霧がユタ達に流れこみ、魔法使いとしてのレベルが成長していたのだった。
強くなったのは嬉しい事であったが、パユに知られたのは予想外だった。
「運と言うには、いささか魔力が増えすぎだと思いますが。 ……まさかキプラヌスも倒してしまったんじゃ!」
「そ、そんなわけないんだぞっ 運。運が良かったんだぞ!」
「そうですよね、そりゃそうですよね。おかしな事をいいました。」
だがパユはそう言うと、静かになって何か考え始めたようだった。
その時ネーダがユタの肩をつついてきた。ユタが横を見ると、ネーダは涙目になっていた。
「……ボク、ちゃんと黙ってたぞ」
どうやら相当じぶんが魔軍団長を倒した事を言いたかったらしい。
だが、噂が流れ魔軍団長が報復に来る可能性を考えれば、誰にも言うべきでは無い。
「ああ、良く耐えたな。エラいと思うぜ……」
ユタはネーダにそう言い慰めた。
ずっと考えこむパユの様子をおかしく思ったクレアは彼に声をかけた。
「えっと、パユさん。どうかしたんですか?」
「ああ、クレア。なんでも無いですよ……」
クレアの言葉で自問自答のトランス状態からパユは戻ってきた。
この時、パユはキプラヌスの事もだが、三人の急激な成長と自分が調査を命じられていたユタのキャラが関係あるかどうかについて考えていたのだ。
しかしいくら思案を巡らしても答えは出なかったので、考えるのを止めると、三人にこう言った。
「皆さん、ギルドに帰りますよ」
「え、ギルドって? ボントルベの?」
「違いますよ。フォレストモアです」
「「ええ!!」」
突然の帰還宣告に三人は驚いて揃って声を出した。
「い、いきなりだな。コレで冒険者依頼完了ってことかよ」
「でもさっ まだ人狼退治って全部終わってなくない?」
「あ、それは言っちゃダメ…」
「ええ、なんで?」
クレアは、パユがユタ達の後始末の人狼退治をしたからイラついているという話を聞いていなかったのだ。再びその話を思い出すとパユは、イライラし始め、眉間にしわを寄せていた。
「ふうー……あなた達の仕事は全部、私がやってしまいましたよッ さて帰ったらB級昇格試験の結果をお伝えします。おっと、人狼は私が倒してしまったんでしたっけ?」
「ま、まずいんだぞ」
ご拝読いただきありがとうございます!
もしよろしければブクマや評価、感想やいいねなどいただけるととても励みになります!
この先もよろしくお願いいたします。