第68話 一つの別れ、そしてハジマリ
キプラヌスが死んだ事で、青い棺にかけられた結界は消えていた。ジオは棺の蓋を開けると、中にいるソアをそっと抱き上げ外に出した。
「ソア!オレだ、お兄ちゃんが助けに来たぞ!」
ソアは棺から出してもスースーと気持ちよさそうに寝息を立てていたが、ジオが体を揺さぶり声をかけるとゆっくりと目を開いた。
「う~ん……お兄ちゃん? まだ眠いよぉ…… ふわぁ」
「良かったっ 目を覚ましたんだな」
一度は目覚めたのだがソアはとても眠そうにしていて、目をこすり大きなあくびをすると、ジオの腕の中で再び寝息を立て始めた。
ソアはこれまで、ずっと棺の中に閉じ込められ氷の城の維持作成に利用されつづけていたのだ。その間、一度も目を開けず潜在的なテレパシー状態により行動をしていた。なのでまだ意識が完全に覚醒できていなかったのだ。
ジオはすやすやと眠り始めたソアを抱えると、身体が冷えないように自分のコートでソアの身体を覆った。その後ジオはユタ達にこう言った。
「ありがとう。正直、お前らがいなかったら、オレ一人じゃあソアを助けられなかった。本当にたすかったぜ」
「いや、こっちこそ。ジオの氷魔法には何度も助けられたよ。 妹を助けられてよかったな」
「うんうん!きっとボクたちだから出来た事なんだぞ。うん!」
ユタはネーダの言葉を聞くとなんだか可笑しくなってしまい、ぶっと噴き出すように笑ってしまった。
「何で笑うんだよ、ユタ」
「いやぁ、なんかさ。さっきまで死にかけてたのが信じられなくてさ」
今この場はなんというか呑気すぎて、まさに平和その物だ。しかし信じられない事に、すぐそばにはあのヌダロスと同じ魔軍団長キプラヌスの死体が転がっている。しかもそれはユタ達が殺した死体だ。
ユタがキプラヌスの死体に目を移すとネーダもそれを見た。そしてこう言った。
「そうだね。本当に強敵だったんだぞ」
「ああ、よく勝てたよ」
「でも、そうだ。ボク達はあの魔軍団長に勝ったんだ!これで正真正銘の英雄だぞ。帰ったら絶対みんなからちやほやされるよ!それに、魔王と戦った兄様に少しは近づけたかもしれない」
ネーダは嬉しそうにそう言った。しかしそれを聞いたジオは険しい顔でネーダにこう言った。
「それは、止めたほうがいいぜ」
「え、なんだって?」
「オレ達がキプラヌスを倒した事は、誰にも言わない方が良いって言ったんだ」
「ええ?! どうして?」
ネーダは困惑した。そしてユタにもジオの言った事の意図が分からなかった。
「なんでだよ。魔王軍の幹部が死んでも、困る奴はいないだろ。知らせてもいいんじゃないのか」
「そうじゃない。話すとお前らがやべぇんだよ」
するとジオは説明を始めた。
「いいか、オレたちが魔軍団長の一人を倒したと、もし他のゾディアックに知られたらどうなる。ふつう魔物に仲間意識は無いが、奴らは自分の為にきっと策を練って滅ぼしに来やがるぜ。ゾディアックが死んだという事は、キプラヌスが言っていた奴らの秘密、MAG進化技法が知られたという事になるからな。口封じに来るに決まってるぜ」
「な、なるほどな。え、それってヤバすぎない?」
秘密を知ったユタ達を殺す為に、強大な化け物の魔軍団長が襲い掛かってくる。そんなの命がいくらあったって足りやしない。
「気にするな。誰にも言わなきゃバレやしねえよ」
「そ、そっか」
ユタは胸をなでおろした。
「しゃべるなよ?」
「ええ~」
となりでそれを聞いてなお、英雄の称号という誘惑に負けそうになっていたネーダにそう言って念を押した。
しかしMAG進化技法の事を誰にも言えないとなると、結局魔軍団長は誰にも倒せない化け物のままという事になる。
これから行く予定のムーン帝国でも魔王軍の侵攻はさらに進んでいるというし、このツヴァイガーデンはいずれ魔王に滅ぼされてしまうのだろうか。
もちろん、俺はもう二度と魔軍団長となんか戦いたくない。死んでもごめんだ。
その直後、ユタ達の周りの空間が粒子状の粒になって少しずつ崩壊を始めた。きっとキプラヌスが死に、氷の城の結界も維持できなくなったのだ。
「もうすぐお別れだな。オレとソアはあそこの裂けめから外に出る。ユタとネーダ、クレアはあそこから出れば元居た場所に戻れるハズだぜ。ソアを助け出すために結界魔法についても調べたから、きっと確かだ」
ジオが出ると言った壁にできた空間の裂けめからは氷の山と雪原、ユタに勧めた裂けめにはここに来る前にいた廃村の風景が広がっていた。
「ジオ……ボクらの冒険団の仲間にならないか?」
「え、オレが」
「そーさ! お前は強いし、一緒に戦った仲間だろう。きっと上手くやっていけるんだぞ」
ジオはそう言われると少し考えていたが、その後首を横に振った。
「とっても嬉しいぜ。けどオレにはソアがいるから、まずはソアと一緒に時間を過ごしたいと思うんだ。それに他にやりたい事もある」
「やりたい事?」
「……オレがMAG進化技法の事を広める」
それを聞いたユタ達は驚いた。ジオは自分で危険な事だと言ったばかりだ。ゾディアックから狙われ、殺されるのだと。
「なんでだよ!さっき言ってる事と矛盾してるぞ」
「そうだぞ。それに、ジオが言うならボクだって話すぅ」
「おい……」
ジオは自分でもおかしい事を言っていると自覚していた。その上でユタ達に理由を語った。
「分かってる。でも誰かがやらなきゃいけねえよ。オレの村も魔王軍とゾディアックに滅ぼされた。このまま奴らを許しちゃいけねえんだ。オレがこの秘密を多くの強者に伝えて、いずれゾディアックを滅ぼす。そうすればいつか倒せる時が来る。今までは奴らに手も足も出なかったが、やっと人類の起死回生の時が来たんだ」
「ネーダじゃないけど、それなら俺達も協力するか? みんなで話して回った方が効率いいんじゃ」
「いや、さっきも言ったけど、これは危険な事なんだ。恩人もお前らには任せられないぜ。それにオレだけが秘密をばら撒けば敵の目が集中して逆にお前らが狙われる事も無くなるかもしれないしなッ」
要するにジオは自分だけ囮りになろうと言っているのだ。そんなことは容認できない。二人はジオを止めようとした。しかしジオの瞳には固い決意が宿っているのが感じられて、ジオには何を言っても無駄だと悟った。
「……死ぬなよ」
「死なねえよ。やっとソアを助け出したんだ。簡単には死なねえよ。」
ユタ達のいる結界の崩落が激しくなってきた。それに気づき、帰れなくなる前にジオは故郷へと続く裂けめへと踏み出した。
「そろそろ行く。何度も言うけど、本当にありがとう。お前らはオレ達の恩人だ。困ったときはいつでも力になるからな!」
「うん! きっとまた何処かで会うんだぞ!」
ネーダの言葉にジオはギザッぽく手をあげ応えた。
「ソアちゃんじゃあねっ 助けてくれてありがとう!」
クレアはジオの手の中で気持ちよさそうに眠るソアに向かって、小さな声でそう呟いた。
そして二人は壁にできた裂けめへと飛び込み故郷に帰っていった。
氷城の崩壊はどんどん進行していく。
「ユタ! ボクらも早くこんなとこオサラバするんだぞ。あれ?そういえば昇格試験ってどうなるんだろう。まあ、ゾディアックを倒したんだから、一気にA級かなあ?ハハハ」
「それは秘密にするって話だったろ。けどあれだけの数の人狼を倒したんだから、流石にBにはなってるだろ」
「そうだよね! あーよかった」
ネーダはそれを聞いてほっとした。しかし彼らはB級昇格試験が、加点式ではなく減点方式だとはまだ知らなかったのだ。
三人は元居た場所に戻る裂けめへと進んだ。しかしその途中、クレアが何かの前で立ち止まってしまった。
「どうしたんだぞ?」
「……ちょっと先に行っててくれないか」
「う、うん。早く来るんだぞ」
クレアからいつもの雰囲気と違和感を感じたユタは、ネーダを先に行かせるとクレアの元に駆けつけた。
「どうしたんだよ。グズグズしてると帰れなく…………」
そう声をかけ急かしたユタは、クレアの足元にあった物を見て言葉を失った。
そこには自分がさっき踏みつけ壊した金のロケットの残骸が転がっていたからだ。
「クレア……俺」
「ううん……ごめんね。 ちがうんだっ そうじゃないの」
クレアはユタに気が付くと、ユタが自分を責めているのでは無いかと思い慌ててこう言った。
「キプラヌスを倒す為にはロケットを壊さなきゃダメだった。仕方なかったんだよ。うん。それは分かってるから、ロケットを無くした事はもう割り切ってるんだ」
「だったら……何をそんなに悩んでるんだ?」
「え…………? やっぱり分かるかな……」
ロケットの残骸を見るクレアの背中からは哀愁や絶望のオーラが漂っていた。ユタがそう言うと、クレアは突然感情をあらわにした。
「ねえ、お母さんのロケットがゾディアックの魂って一体なんなの?!どういう事なの?!意味分かんないよっ なんで、そんなのが赤ちゃんの時に私の木かごに一緒に入ってたわけ?意味分かんない、意味わかんない!…………お母さん、私のお母さんて、何者なの?? ねえ、ユタ!!うっわあああああああ」
そしてクレアは耐え切れずに大声で泣きだした。あふれ出る涙を何度も手で拭いとるが、その度に涙は流れた。
こういう時に映画とかだと、泣いてる女に対して男ならそっと抱きしめて安心させるのがテンプレの展開だ。
でも残念ながらユタにはそれほどの人生経験値はなかった。手を伸ばそうと努力はしていたが、抱きしめるだけの勇気はなかったのだ。
だがその直後、クレアの方からユタの方に飛び込んできた。そしてそのままユタの胸の中で号泣し始めたのだ。どうすればいいのか分からずユタは困惑したいたが、その時クレアはこう言った。
「ごめん、でも、もう少しこのままでいいでしょ」
彼女の震える声を聞くとユタはクレアを強く抱きしめた。そしてこう言った。
「…………行くしかない。ムーン帝国に行って、自分の目で確かめるんだ。そうすればきっと、何かが分かるよ」
「……うん、そうだね」
帝国に行く。ユタ達の目的は何一つ変わっちゃいなかったが、その決意はより強固な物へとなった。
しかし同時に、より複雑にもなった。最初は二人で生まれ故郷を探すというだけだったのだが、いつの間にか魔王軍、ゾディアックが複雑に絡んできた。そしてついには直接対決までしてしまったのだ。
ジオは言わなきゃ安全だと言っていたが、奴らの言う金属器を所持していたクレアが完全に無事だとは思えない。この先、また危険な目に遭う可能性は考えられるのだ。
―どんな事が待ち受けていても、俺はクレアを守りぬく。それが俺のこの世界の道しるべなんだ―
ユタは泣きじゃくるクレアをより強く抱きしめた。
崩落する世界の中、すすり泣く声と互いの心音だけが聞こえた。
結界が壊れた事で、氷の城も上部から雪となって少しずつ消えてなくなった。静かに、きらきらと輝きながら。
次から新章です。
物語は大きな区切りを迎えました。今後もユタの活躍を見守っていただけると嬉しいです。
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