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第67話 ロケットの秘密

 ユタの使ったなんちゃって魔法:緋炎乃渦(インフレムギグ)は、本物の極大呪文よりは遥かに劣る性能だったが、それでも撃滅火炎(ギガフレム)級の特大の大きさの火炎を発生させていた。


 まだ火の基礎魔法すら使えないユタが何故そんな魔法が使えたのかというと、それにはカラクリがあった。



 氷幻霊(アイスファントム)から逃げ込んだ物置部屋で大量の水の魔石を見つけたユタは、それらをジオ達に自分の所に全て持ってこさせていた。


 ユタは他にも、部屋にあったガラクタで謎の装置を作っていた。

 それは即席の水槽がいくつか組み合わさった物だった。そしてユタはその装置の中に、水の魔石で生み出した水をぶちまけた。


「ユタ? 何をするつもりなんだぞ」


「ああ。氷の魔物には炎が効くんだろ。この水の魔石を電気分解して、水素を作ろうと思うんだ。けど問題は俺の収納魔法(ストレージ)に生み出した水素をしまえるのかって事なんだけど」


「…………えっと、ボクにも分かるように言ってくれない?何を作るって?」


「は? ああ、そうだな。火の魔法の威力が上がる魔法の空気。て言えば分かるかな」


「あー。火の魔石って事か!え、すごいじゃないか。ボクに何か手伝える事はある?」


「うん。というかネーダの手伝いがなきゃ、水素は多分できない」


「そ、そうなんだぞ?!」


 するとユタは水槽を指さしてこう言った。


「じゃあ、この中に腕を突っ込んでくれよ」


「え……腕?」


 こうしてネーダの(バルバトス)と水の魔石から得た大量の水により、数回の炎攻撃が可能な水素を手に入れる事ができたのだ。


 疑似魔法の原理は、ユタが収納魔法(ストレージ)から水素を放出させ異空間から漏れた気体に、ネーダが(フレム)で着火させ威力を増加させる物だった。このコンボ攻撃は物置部屋を出てから何度か遭遇した氷幻霊(アイスファントム)には絶大な効果を発揮した。




「やっと死におったノー。てこずらせおって」



 キプラヌスはそう呟くと魔法効果を解除した。召喚した腕から氷の鎧が剥げてだんだんと玉座の間の冷気が和らいでいく。ユタが用意していた水素反応による炎の爆発でも、極大呪文には到底かなわなかったのだ。


 棺の中のソアもキプラヌスにより動きを封じられたままだ。そしてキプラヌスは氷像となった四人の様子を確認しようとユタ達に近づいた。


 ピシッ


 その時、キプラヌスが近づいた時の振動で氷像に亀裂が走った。それを見たキプラヌスは笑みを浮かべた。氷像が中の人間もろとも粉々になって砕ける瞬間が見られると思ったからだ。


 しかし、亀裂が走り砕けたのは氷の表面だけだった。氷像の中から出てきたのは、氷に囚われ凍えて衰弱しきった冒険者達だった。

 だが死んだ者は一人もいない。


「こ…………これを……」


 ユタはかじかむ手で収納魔法(ストレージ)から回復ポーションを取りだし他のみんなに渡した。ユタ達は回復ポーションを使うと段々と身体に力が戻ってきた。


「みんな、大丈夫なんだぞ?!」


「うう……うん、なんとか平気っ」


 命乃消失(ゼロレクイエム)を食らったユタ達が何故生きているのか分からず、キプラヌスはしばらく唖然とした様子で彼らを見ていた。

 しかしハッとして自分の召喚した腕を見上げた。すると、片方の腕の表面にヒビが入っているのを見つけた。


「どうやら、俺たちの攻撃も無駄じゃなかったみだいだ。わずかにデカ腕をかすっていたおかげで、お前の魔法は不発に終わったんだ」


「ぐぎぎ、雑魚どもが調子に乗るなよ!もう一度、命乃消失(ゼロレクイエム)じゃ。それで今度こそ殺してやるわ」


「クソっ あんな大呪文をまだ打てるのかよッ」


 キプラヌスは再び先ほどと同じように腕に氷を纏わせて、呪文のための魔力を集め始めた。そして腕を守る氷の盾の数は先ほどの倍に増えて、腕の破壊はさらに難しくなっていた。


 それに比べ、ユタの収納魔法(ストレージ)の中に蓄えていた水素はさっきの疑似魔法で使い切ってしまっていたのだ。もう大きな炎を出して氷の盾を破壊する作戦は使えない。その事はユタと共にここまで来たネーダとジオも分かっていた。


「どうするんだぞ?! 次、あの魔法を撃たれたら、今度こそみんな死んじゃうんだぞ!」


「あいつ、ソアの魔力をあんなに引き出しやがって……。ていうかソアも心配だがオレたちもヤバい。なあ、なんかあいつに弱点とかねえのか」


「そんな都合のいい物あるわけないんだぞ!おまえ、バカなんだぞ?!」


 しかしクレアはジオの言葉を聞いた時、ふとある事を思い出した。


 ―そうだ、あのロケットなんだ――


 ソアに頼まれ、この氷の城を抜け出す為の結界の秘密を探りにキプラヌスの部屋へと潜り込んだクレアは、そこでクレアの所有物であった金のロケットについての大量の調査記録を見つけていた。


 ―認めたくはなかった― しかしキプラヌスの秘密というのに、もはや金のロケットが関係している事は間違いない。そして、ソアは秘密を見つければ結界から出られると言っていた。


「ユタ、ロケットを貸して!」


 きっとこの窮地を脱するにはコレしかない。


「え、どうして……」


「いいからっ 早く! 私に任せて!」


「あ、ああ。分かったよ」


 そう言うとユタは首からかけてあった金のロケットを外しクレアに渡そうとした。だがクレアがそれを受け取ろうとした時、二人の間を何か影が通りすぎ、ユタの手のひらにあったロケットは消えていた。


「ひっひっほ、ついに取り戻したのジャ。てっきり女が持っていると思っておったのジャガノー」


 ユタとクレアが振り返ると、背後にはキプラヌスが立っており、その手にはクレアのロケットが握られていた。


「返せよ、それはクレアの大事な物なんだ!俺が預かっているんだ」


「ふーん、何を言っている。お前らの物のハズがないだろうが!この金属器は我の所有物であり、我自身なのジャカラ」


「は!? お前自身だと? それは、ど、どういう意味なんだッ?」


「ひひひひ、まあ、いいじゃろう。冥途の土産に教えてやるわい…………。コレは我が直々に魔王様から賜った品なのジャ!」


「ま、魔王だって?!」


 魔王という言葉が出た途端、四人は驚き動揺した。しかしそれに構わずキプラヌスは語り続けた。


「我は少し前まではイレギュラー魔物でしかないちっぽけな存在だったのジャ。だが魔王様に力を頂き我は変わったッ。魔王様は我のアニマを二つに分け片方を器に移したのジャよ。そして器のアニマを培養する事で本来の力とは比べ物にならない魔力を手に入れる事が出来たのジャ!これが魔王様の考案したMAG進化技法(ゾディアックシステム)ジャ!」


「そんな…………ありえねえ! アニマの分割なんて、どんな極大呪文だって不可能なハズだ!」


「それを成し遂げるのが、魔王様というお方よ!」


 昔、ビアードに魔軍団長(ゾディアック)の話を聞いたときは、魔王の元に人間に敵意のある強い魔物達が集まり魔王軍になったとの事だったが事実は少し違うらしい。どうやら魔王が強い魔物達をさらに強くし、魔軍団長(ゾディアック)を生み出したというのが正解のようだ。こんな化け物どもを生み出せる魔王とは、一体どんな奴なんだ?


「金属器は我の片割れも同然!それなのに十数年前だ。そこの女狐が!我からイタズラに奪いおったのジャ!」


「だから違うって言ってるでしょ!」


 そう言って、クレアは首を横に振りながら怒って否定していた。


「ほざけ。ふん。だが些細な事ではあるか。どちらにせよ殺す事には変わりないしノー」


 キプラヌスの言う事には所々にぎこちなさを感じた。


―第一、クレアがキプラヌスからロケットを奪いとる訳はない。理由が無いし、そもそも奴がロケットを無くしたのは十数年前だと言っていた。その頃クレアは、まだ幼児か下手すりゃ赤ん坊だゼ?――


―しかしその時にキプラヌスが帝国でロケットを無くし、帝国が故郷のクレアの元に渡ったのだとすれば辻褄も合う? だとすると…キプラヌスの勘違いしている人物は年齢的にクレアの母親とかになるのか?――


 ユタの頭にそう言った考えが浮かんだ時、キプラヌスは既に攻撃の準備を終えていた。


超光追尾弾(エルルラジャス)!」


 キプラヌスの手から複数の光弾が放出されると、それらはユタ達に狙いを定め曲線を描きながら向かってきた。ユタ達はたまらず玉座の裏側に身を隠した。


 光弾の放出が止むとキプラヌスはこう言った。


「ひひひ、隠れているだけか? いつまで持つカノー」


 奴は俺たちで弄ぶ気だ。少しずつ距離を詰められ、逃げ場がどんどん無くなっていく。それが分かっていても俺たちにできる事は残されていなかった。


超氷傑(エルフリーズ)超氷傑(エルフリーズ)!」


 ジオは繰り返し呪文を唱えて氷の防壁を作りだしていたが、それもすぐに破壊されてしまっていた。このまま四人が隠れている玉座を貫かれるのも時間の問題だった。


「クソッ」


 ―ここまでなのか……―


「…………ユタっ」



 その時、クレアがユタの肩を叩いた。そして迷いを抱いたままの瞳でユタの耳元でそっと彼女はささやいた。


「…………でも、それは!」


「…………いいんだ。きっとそれがいいんだよ」


 ユタはクレアの表情から彼女の気持ちを察すると、静かに頷いた。そして玉座の端から慎重にキプラヌスの方を覗くと、奴の手にあるロケットに意識を集中させて式句を唱えた。


物体転移(アポトア)


「は、何じゃと?!」


 ユタが式句を唱えると、先ほどまでキプラヌスの手にあった金のロケットは一瞬でユタの手の中に移動した。その事実に気づくと、キプラヌスは血相を変え無我夢中でこちらに駆けてきた。ロケットを奪われ怒りで頭に血が上り、血管がいくつもシワシワの肌に浮き出ていた。


「返せ!我の金属器ジャゾ!」


 ユタはロケットを地面に置くと立ち上がり、ロケットの上に右足を置いた。そしてネーダから教わっていた強化呪文を唱える。


(レギア)


 まだ完全には使いこなせないが、柔らかい金を少し変形させるくらいの力は簡単に出せる。


 キプラヌスは金のロケットを奴自身の魂の片割れだと言っていた。ならば壊してしまえば、奴の力は半減するかもしれない。


 だが、コレはクレアにとっては大切な母の形見の品なのだ。


「ユタ? 何をしてるんだぞ?! それはクレアの大切にしてるものだろ? やめろよ!」


「分かってるよそんな事! けど、こうするしかないんだ」


 ユタがロケットを破壊しようとしている事に気づいたキプラヌスは蒼白し激しく激怒した。そして怒りと絶望の入り混じった獣の咆哮のような、言語として聞き取れない叫びを発しつづけた。


 しかしどんなに叫んでも、キプラヌスがユタの元にたどり着くより、ユタが足に力を込める方が早い。


 ユタは横を振り向いた。そこにはクレアがいた。


 ユタが本当に壊してもいいのか?と確認する前に、クレアはユタの目を見てこう言った。


「……お願いっ!」


 パリンっ


 ユタはロケットを思いっきり踏み砕いた。

 ロケットが壊れた瞬間、一瞬その場に違和感を感じたと思うと、キプラヌスが突然苦しそうにもがき始めた。


「ああああぁぁっ く、苦しい」


 その声を聞いてユタ達は玉座の影から出ると、そこには地面でのたうちまわる毛の生えた怪物の姿があった。


 キプラヌスは先ほどの外見よりも野生的な見ために変化していた。角や単眼といった特徴は変わらないが、身体中に毛が伸びて骨格も関節が増え少し細長く変化していた。

 そして一番の変化はキプラヌスの身体から魔力がみるみる漏れている事だった。それは肉眼で見えるほどで、魔力が漏れるたびにゾディアックになる前の元に姿に戻っていくようだった。


「いやジャ! 力! 力を失いたくない!」


「はっは! ざまあみやがれ! クレアのロケットを壊したかいはあったな」


 魔軍団長(ゾディアック)キプラヌスだったものは、急激な魔力損出でふらつき吐血しながらも、憎悪に満ちた目を向けながらユタ達の前に立ち上がった。


「こうなったら…………、禁呪しかない。貴様らを道ずれに、地獄に引きずり込んでやる」


 そう言うと、キプラヌスは自らの腕を斬り落としその血で紋章を描いた。


 これはマズイ。ちょっと挑発しすぎたか?


 そう思ったのも既に遅く、キプラヌスは最後に呪文を唱えだした。


「獰猛なる爪牙、我が血の慟哭を捧げし子よ! ()の恩寵よ、我が手に宿れ!」


「気をつけろ!くるぞッ」


「顕現せよ!!  撃滅(ギガ)霊魔獰斧(ゼガルレギアレイブ)!!!」


ズズズ……ズボボボ! ギャンギャンギャンギャン ジャキン


 キプラヌスの失った腕から、新たな腕が生えてきたと思ったら、それは玉座の間の天井に届くくらいの大きさまで成長をした。腕の先には獅子の爪のように鋭い三つのバカでかいかぎ爪があった。


「我の精神が消え去るか、貴様らが八つ裂きになるか。どっちが速いカノー」


 キプラヌスは大爪を何もない地面へと振り下ろした。すると地面をいともたやすく裂け、攻撃を受けた床は後から凄まじい衝撃により崩落していった。


―今度こそみんな死にそうだな―


 クレア、ネーダ、ジオの顔を見てユタは三人の前に出た。


「俺が時間を稼ぐから。その間に逃げろ」


「何いってるの!ユタも一緒だよっ」


「いや、誰かが殿(しんがり)を務めなきゃ、こいつからは逃げられないだろう。大丈夫。俺は不死身なんだ」


 その直後、キプラヌスは再び大爪を振りかざした。獰猛なる爪がユタ達目掛けて襲い掛かる。

 ユタは他の三人を押しのけると一人で大爪の前へと飛び出した。


「うおおおお!!!」


 自分でも無謀だと分かっていたが、自分の何倍の大きさのある大爪に向かって剣を振り下ろした。爪が近づいて来る度に、異様な圧を感じ、間近に迫る死の気配を実感した。


「「ユタ!!!」」


 クレア達はユタの名を叫んでいた。早く逃げればいいものの。それじゃあ、俺がおとりになった意味がないだろ。それとも俺の死を本気で悲しんでくれてるって事か?


そして何度目かの死をユタは覚悟した。



 だが大爪とユタが接触しようとする瞬間、突如大爪は正しい軌道を失い、狂ったような動きを始めた。そして爪は、その身体の主であるキプラヌス自身を傷つけ始めたのだ。


「ぐあああッ やめろ! 言う事を聞くのジャ! ……きひひ、ウガアアアアァ!!!」


 ロケットを破壊され弱った精神と肉体では、禁呪を使いこなす事ができなかったのだ。キプラヌスは自ら召喚した大爪に、精神と肉体を破壊され、狂いながら死んでいった。


 そして最後には年老いた狼の死骸だけが残った。


「これがあの魔軍団長(ゾディアック)キプラヌスの正体。そして最後…………。なんていうか、ちょっと可哀そうなんだぞ」


 ネーダがそう呟いた。だがユタはそれを否定した。


「そんなことはない。コイツはこれまで罪の無い人を魔物に改造したり、散々悪行を働いてきたんだ。こんな最後を迎えるのは当然の報いだよ」


 悪には当然の仕打ちが待っている。それはどの世界でも同じだ。


「ああ、でも…………信じられないぜ……」


「ジオ、何がだよ。 戦いすぎてボケてきたのかよ?コイツは悪い奴だろ」


「ああ、いいや、そうじゃねえ。……オレたち。本当にあの魔軍団長(ゾディアック)を倒したのか。信じられねえ」


「そりゃあ、そうだろ? どういう事だよ」


「だって、魔王軍の幹部はこの百年間誰にも殺せなかったんだぜ。もちろん、オレは今まで、倒すつもりで修行してきたんだが……よぉ」


「それ、マジかよ」


 確かに今まであった魔軍団長(ゾディアック)達はどいつもすさまじい強さだった。強大な魔力と暴力性を秘めており、人間がまともに太刀打ちできる相手ではない。


 しかしその秘密は明かされた。

 MAG進化技法(ゾディアックシステム)。それさえ何とかなれば、俺たちにも倒すことが出来たのだ。


「もしかして、結構ヤバい事知っちゃったんじゃないのか俺たち?」


ご拝読いただきありがとうございます!


もしよろしければブクマや評価、感想やいいねなどいただけるととても励みになります!


この先もよろしくお願いいたします。



※電気分解について

水素を生み出す電気分解は水酸化ナトリウムが必要で常水では電気が通らず不可能です。魔法の世界だからという事でもいいのですが、ユタは石鹸を常にストレージの中に持ち歩いており、石鹸水を代用しました。前にクレアと初めて会った時、汚れた姿で会い、魔物の間違えられた事を気にしていた為です。もともと身だしなみには気を使う方だったこともあります。なお作者は科学にそこまで詳しくないので、多少のお茶目はご容赦ください。

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