第66話 氷結界
玉座の間に来た時から、ユタ達は玉座の奥から強力な魔力を感じていた。
「きっとあそこなんだぞ。キプラヌスもいる。急ごうユタ!」
「ああ!」
ユタ達は不穏な魔力の発生源へと向かい駆けだした。しかし突然ジオは何かに気づき立ち止まった。
「これは?……わりい、先に行っててくれねえか」
「どうしたんだ?」
「たぶん、ソアが近くにいるんだ」
「!! 分かった。すぐに来いよ」
ジオはそう言うと二人と別れた。そして何かを感じて、玉座の間の中をうろうろと歩き始めた。そして一つ、ひし形の青い棺を見つけた。
「こんなところに棺?」
……え、お兄ちゃん?…
「その声は、ソア? その中にいるんだな!」
長い旅を経てやっと再会できた。その嬉しさでジオは興奮しながら棺のふたを開こうとした。
……クレアちゃんを助けて! 向こうにキプラヌスがいるの…
「何、やっぱりそうなのか。でも、お前も早く出してやらないと」
……私はいいのっ この棺は結界だからどうせすぐには出られないわ。それより早く、クレアちゃんを助けてあげて…
ソアは必死にジオに頼んだ。
「……分かった。だがすぐに助けに戻ってくるぜ?」
ジオは棺から手をはなすと、先に行ったユタとネーダのいる奥の私室へ向かった。
キプラヌスの私室に突入すると、ユタはキプラヌスと何やら言葉を交わしている様子だった。
「ごみカス共め、一体どうやってここまで来た? てめらのカスみたいな脳みそじゃあ、氷城の迷宮からは抜け出せないジャローテ」
「バカじゃん。カスじゃないから、抜け出せたんだよ」
「ぐぎぎ、なんじゃと!」
ユタに見え透いた挑発は効かない。逆にキプラヌスは悔しそうに地団太した。
「確かに最初は俺たちも迷って何度も同じところを回ったさ。けど気づいたんだ。ここにはお前の実験施設もある。なのにいちいち行き来に迷路を攻略していては不便だ。だから、何か簡単な抜け道があるに違いないってな」
「それでクレアを連れ去った時、空間魔法を使っていたのを思い出したんだぞ。だからボク達もユタが空間魔法を使って、ここまでショートカットしてきたんだぞ」
ユタはこの氷の空間に入ってくる時、キプラヌスの唱えた呪文の残留魔力から魔法を再現することで、空間に繋げる事に成功していた。天才的な才能で、その時の魔力の感覚を覚えていた為、うまく空間転移に成功する事が出来たのだ。
それを聞くとキプラヌスは表情に驚きをあらわにしていた。しかしすぐに不敵な笑みを浮かべるとこう言った。
「ひひ、ここまでテレポレアできる人間がいるとは、正直驚いた。しかしやはり脳みそはカスのようジャ。わざわざ我に殺される為にここまで来るなんてノー」
「……誰が誰に殺されるって?」
「ほざけッ 光下鋭槍」
キプラヌスが杖を天にかかげると、無数の光の槍がユタ達に向かって空から降り注いだ。光の魔法は威力はないが基本的に防ぐのが難しい性質がある。その上槍の数は多く、広範囲に広がっていた。
それを見たジオは前に飛び出した。
「超氷傑!」
ジオは降り注ぐ光の槍に向かって、防ぐように魔法を放った。しかし氷は槍に当たると一瞬で砕けてちった。氷では光を防ぐ事はできない。だが、氷の破片に光が反射し、槍の攻撃範囲に若干のむらが生まれた。
「ユタ!」
ジオはユタの名前を叫んだ。そしてユタはジオの行動の意図が分かりはっとすると、すぐに呪文の式句を唱えた。
「超空間転移!!」
テレポレアの上級呪文のエルテレポレアは、自分以外の人間も一人の時より精度は劣るが一緒に移動できる。ユタが仲間と瞬間移動で、光の槍の雨を避けた。
「何じゃと?」
「ネーダ、行けぇ!! 超空間転移」
槍を回避した後、息もつかないうちに再び超空間転移を唱えた。自分の上級呪文をよけられた事で驚き油断していたキプラヌスの背後に、雷剣を携えたネーダを飛ばしたのだ。
「おらあああっ!!!」
「しまったっ ぐあああ……っ」
属性付与超雷霆がかけられた魔法剣は、確実にキプラヌスの背後を捉えた。奴の背中からは青色の汚い血が噴き出した。
「やったんだぞ!」
「ひっひっひ 油断したわい」
「ええ? そんな何で?!」
確かにキプラヌスの背中は裂け血が噴き出し、見るかに大ダメージを与えハズだった。しかし奴はケロリとした様子で、先ほどよりも飄々とユタ達をあざ笑っているかのようだった。
「あんな老人みたいな見た目でも、あいつは魔軍団長なんだ。それこそ化け物みたいな体力なんだよきっと」
「そうか。じゃあまだ全然攻撃が足りないんだね」
するとキプラヌスは気持ち悪く笑いながらわざとらしくこう言ってきた。
「おお、痛い痛い。このままでは死んでしまうー」
「嘘つけ! ぜんぜん効いてないのは分かってるんだぞ」
「ひひひ、本当じゃよ。だから我も本気をださないと」
そう言うと、キプラヌスはこちらを見たまま部屋をさーと出て行った。それを見てジオは焦った。
「ダメだ! あっちに行かせては。玉座の間には、ソアがいるんだ」
「あ、おい! 待てって」
ジオは一人で駆けだした。ユタ達も急いで後を追いかける。
玉座の間に出るとキプラヌスの頭上にはソアの入った棺が浮かんでいた。しかしよく見るとそれが、キプラヌスの召喚した透明で大きな二つの腕により持ち上げられていた事が分かった。
「ソア!!!」
……お、お兄ちゃん…
キプラヌスはソアから魔力を引き出しているようだった。苦しそうな思念の声が頭の中に直接伝わってくる。
「キプラヌス! ソアを解放しろ!」
ジオは突華氷傑を放つが、氷の盾が作りだされてはじかれた。キプラヌスはジオに構う様子もなく魔力を集め続けた。
「ひひひ、これで終わりジャー」
透明だった腕は白く染まり、氷の鱗で覆われ始めた。それに伴い、キプラヌスの周りから冷気がどんどんあふれ出してくる。
「あいつ、何をする気なんだぞ?」
ネーダがポツリと言うと、ソアがみんなにこう伝えた。
……命乃消失よ。呪文を撃たせちゃダメよ。みんな死んじゃう!…
「もしかして……極大呪文か?!」
……ええ、必中絶対死の氷の極大呪文。近くにいる自分以外の全ての生き物を氷像に変えるのよ…
「はあ?なんだよそれ、チートもたいがいにしろよ……」
……だから!! 撃たせちゃダメなの!…
そう言われたって、どうしたらいいんだよ。キプラヌスはほとんど魔力の充填を完了し、もうすぐ詠唱に入ろうとしていた。
……あの腕を壊して。あれが呪文の要なの…
「腕だって?」
ソアの棺から氷の魔力を吸収するためだけに腕を召喚したのだと思っていたが、キプラヌスは極大呪文の攻撃にもその腕を利用するつもりだったのだ。しかし肝心の腕は氷の盾に守られていて、簡単に壊せそうには無かった。
「どうするんだぞ。ボクたちの攻撃じゃ、あの氷の盾は壊せないぞ」
ユタ達は魔法の攻撃が使えず氷幻霊すらも倒せなかったのだ。魔軍団長の作った盾など破壊できるハズはない。
だが、ふとネーダがある事を思い出した。
「そうだぞ! さっき作ってた魔道具が使えるんじゃないの? か、がく?とか言ってた」
「そっか! アレならもしかしたら……いや、でも多分火力が足りない」
「だったらさー! みんなで力を合わせて一緒に攻撃したらどうなんだぞ? あの氷の盾も壊せるハズだぞ」
「それならいけるかもしれない……」
それまで大人しく見守っていたクレアは、ユタとネーダの話を聞くとこう言った。
「ユタ、私も」
「うん、頼むよ。風の魔法で援護して欲しい」
「私、頑張るねっ」
四人はユタを中心にした陣形を組んだ。ユタの攻撃に合わせて、他の三人が魔法の攻撃で威力を底上げする為だ。
その時、キプラヌスが極大呪文の詠唱を開始した。
(葬送の花園 暴虐の平和 終焉をもたらす原初の巨人
我が声に応え、顕現せよ 氷…………)
「おい、やばい! もう来やがる! ユタ、まだか」
「分かってる! 収納魔法っ」
ユタは手を前に突き出すと、そこに収納魔法の影の空間出口を出現させた。そして目を閉じ意識を集中させる。
「ひひひ、死ね! 極大呪文:命乃消失」
「間に合えっ 疑似呪文:緋炎乃渦!!!」
キプラヌスが呪文を発動すると、巨大な氷の腕は棺を手放した。そして両手で拳をがっちりと固めると腕を振り下ろし、地面に特殊な衝撃波を何度か与えた。
その波はあらゆる振動を相殺した。心臓の鼓動や細胞の微細な動き、炎の揺らぎすらも殺し、巨人の通った後には死の花園が広がるのみ。
四人が協力して強大な炎を生み出すが、波が当たるとそれも掻き消えた。
そしてそこには四つの氷像が残った。
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