第65話 ブラックレポート
キプラヌスの私室の中は円筒のような空間になっていて、どこまでも続く天井に向かって無限にあるかの如く無数の本が積み重なっていた。
他にもクレアにはよくわからない凄そうな魔道具がたくさんあったりしたが、クレアは真っすぐすすみ目の前の長机に向かうと、その上に置かれてあった沢山の資料を手に取った。
「え、これって……」
そこにあった資料に書かれていた内容はどれも難しい物ばかりでほとんど理解が出来なかった。しかし、クレアは本の挿絵やところどころに見つかる単語から、それらの本がすべてが自分が持っていた金のロケットに関するものだと察する事ができた。
「どうしてゾディアックは、そこまでお母さんのロケットを欲しがっているの……?」
確かにだ。村から旅立つ前にビアードにロケットの鑑定を頼んだ時、ビアードは金のロケットには何かの魔法が込められていると言っていた。
しかしクレアの母はきっと普通の人間である。少なくとも最強の存在である魔軍団長が欲しがるような強い魔道具を持つ必要があるとは思えなかった。
それともそうではなくて、ロケットには魔軍団長さえも欲しがるような物凄い魔法が込められていたのだろうか……。
「もっと探さなきゃっ」
クレアは謎の焦りを感じながらも、机の上の資料をさらに漁り始めた。このままだと今以上に悪い事に巻き込まれそうな予感を感じ取ったのだ。
するとその時、一冊の本が机から落ちた。それはかなり古い物で、紙はかなり劣化し本というよりいくつもの資料を紐でまとめただけのレポートに近かった。かろうじて読めた表紙にはこう書いていた。
「えっと、魂と……永遠の死…………?」
その直後、ソアから念話による声が再び聞こえた。その声はかなり切羽詰まった様子でこう警告した。
……クレア!今すぐそこから逃げて! キプラヌスが戻ってくるわ!…
「え、嘘っ」
クレアはとっさにレポートを手に取ってキプラヌスの私室から出ようと出口に向かおうとした。だが目の前の空間がいきなり歪んだと思うと、クレアは空間転移門から現れたキプラヌスの下僕の人狼に掴まってしまい動けなくなった。
「うう、離してよっ」
「グルルル……」
人狼は舌をだらりとたらし涎を滴らせながらぎらつく瞳でクレアを見ていた。
そしてキプラヌスもすぐに転移門を通ってクレアの前に現れた。
「ひっひっほ、こんなところまで逃げおって。じゃが、いいジャロ。ここで拷問をしてお前さんから金属器のありかを吐かせてやるぞ?。ヒヒ、では始めるカノー」
そう言うとキプラヌスは人狼を杖で叩いてクレアを締め付けるように命じた。人狼はキャンと怯えた悲鳴を上げた。そして自分の仕事を自覚すると、少しずつクレアを掴む腕に力を加えていった。
「いいか、少しずつジャノー。痛みと恐怖は少しずつ植え付けていくのジャ!ヒヒヒヒ」
拘束する力が強くなるほど、クレアの白くて柔らかい腕に、人狼の爪がどんどん食い込んでいく。爪で圧迫された箇所が血で赤くなり、今にも破裂しそうになっていた。
クレアは少しずつ痛みを感じ出すと、何とか人狼の拘束に抗おうとしてある呪文を唱え始めた。
「う、うなれ旋風っ!!! 斬り裂け暴風、轟き吠えろ烈風……」
「何ッ まさか、六槍穿風ジャト?」
極大呪文の詠唱を聞いて、キプラヌスはクレアから距離を取った。クレアはパユから風魔法の使い方を教わった時に、極大呪文の詠唱も習ったのだった。
―私だって負けないんだからっ―
クレアにとってはまさに死中に活を見出す試みだったが、キプラヌスが自分の詠唱に反応を示し、手ごたえを得た。そしてクレアはそのままキプラヌスの方に狙いを定めると、式句を唱えた。
「権限せよ風! エメラルドセル!!」
「ううっ ……んん?」
クレアの手元が一瞬緑光に包まれた。しかしそのまま何も起こらなかった。魔法は不発に終わったのだ。
クレア自身も何が起きたかすぐに分からなかったが、失敗だと分かるとさーっと顔から血の気が引くようだった。
「人狼、やれ!」
拷問は再びはじまった。
―痛いっ 怖いっ 誰か、助けて! …………そうだ、ソア!!―
しかしソアは部屋の外にいた。キプラヌスの私室だけはソアが作った氷の城とは別の、キプラヌスが作った特別な結界空間だったのだ。そのためソアは自由に入る事が出来なかった。
「ひひひひ、ほうら! そろそろぶしゅー! ぶしゅーと行くぞー! おい、行けッ この女の腕をつぶしてしまえ」
それまで少しずつやれと命令を受けていた人狼は困惑したが、キプラヌスがもうやってしまえと何度も背中を叩いたので、人狼は思いっきり力を込めてクレアの腕を握りつぶした。
ブシューーー
真っ黒な血が辺りに飛び散り、近くにあった本の多くは血に染まった。そしてキプラヌスの側にボトンと音を立て腕が落ちた。
「きゃはは、きゃはは。血じゃぁ、ひひひひ、痛かろう、苦しかろう?ヒヒ」
「ユタ……信じてたよ」
「ん? なんジャト?!」
キプラヌスの側に落ちたのはクレアの腕ではなかった。それは人狼のものだった。ユタによって腕を斬り落とされた人狼は痛みにもがき苦しみながら私室を飛び出していった。
「属性付与:超雷霆!!!」
イカヅチの音が響き渡ると扉の向こうから雷の剣を携えた少女が現れた。と言っても兜を深く被り騎士ような恰好をしている為、初めて見たなら男の子と見分けがつかないかもしれない。
「よくもボクの友達をかなしませたな! おまえ、許さないんだぞ!!」
ネーダは光の一閃にて、つい先ほど人狼を消滅させたその雷剣の切っ先を、キプラヌスへと向けた。ネーダの瞳は怒りに燃えていた。
ユタは人狼がクレアの腕をつぶす寸前に、人狼の腕を斬り落としクレアを救出していた。そしてクレアを抱きかかえたまま、ネーダの側にいる所まで下がり三人は合流した。
「クレア、大丈夫だった?」
「うう、ネーダっ 来てくれてありがとう…………けどごめん、私のせいで二人ともこんな危険なところまで来る事になって」
「何言ってるんだぞ。ボク達は友達なんだから、助けるのは当たり前なんだぞ。ああ、もちろんボクの大事な部下だからでもあるけどね」
「うんっ……だね」
クレアはネーダと話し少し恐怖が和らいだようだった。
ユタとネーダは仲間を理不尽に傷つけられて、言いようのない怒りを感じていた。ユタはクレアに自分たちの後ろにいるように言うと、ネーダと同様に剣を構えた。
「おい、クソ野郎。覚悟はいいか?お前は必ず俺が殺すッ」
「ぐぎぎ、ごみカスが! 一体どこから入ってきたのジャ……。この我に牙をむくとは愚かな!その身にその愚かさの代償をとくと刻み込んでやろうぞ!」
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