第63話 チートエレメント
拷問器具がたくさん入れてある荷車を持って、キプラヌスはクレアのいる檻まで戻ってきた。
しかし檻の中にクレアの姿が無いと分かった途端に、怒り狂ったように持ってきた重い鉄の拷問器具を放り投げた。そして悔しそうに何度も地団太を繰り返してこう言った。
「ぐぐぎぎ、檻から逃げ出したのか。中からは決して開けられないような仕組みになっていたはずジャガノー……。まあ、良い。オイ!」
キプラヌスは下僕の小さな魔物を呼び出した。そして逃げ出したクレアの捜索を命じた。
「檻から逃げた女を探しだして、我の前に連れてこい! 必ず我の持ち物のありかを吐かせてやるのジャ」
「ギギッ……」
「行けぇ!」
魔物はキプラヌスから命令を受けると、部屋の扉から慌てて出て行った。他の下僕の魔物にも急いで命令を伝えるためだ。
「あいつだな。きっと女を逃がしたのは。ぐぎぎ、余計な事をしおって」
そしてキプラヌスは空間移動の呪文を唱えると、目的の人物のもとに行くため城の中心へと向かっていった。
階段を上り城の上階へとユタ達は進んでいたが、そこから中々先へと進む事が出来ずにいた。なぜなら、氷の城の構造は外から見たよりも複雑で広かった。そしてどこに行っても同じような景色が続き、だんだんと向かうべき方向を見失っていたのだ。
「ここ、絶対さっき通った場所なんだぞ」
ネーダは通路の脇に飾ってあった甲冑を見てそう言った。
その甲冑は右手の防具だけ不自然に無かった。それは一度通った痕跡になるようにと、ユタがさっき来た時に自分の収納魔法の中に篭手をしまったばかりだったのだ。
「気づかずに同じ所を何度も回ってたって事かよ」
「そうみたいだね」
「いやでも、おかしいだろ。俺たちずっと真っすぐ歩いたハズだゼ」
「でも甲冑の篭手を外したのは、ユタなんだぞ」
「ううーん……」
するとその時、二人の後ろにいたジオが異変に気付いた。背後から魔物が複数接近してきていたのだ。
「おい、考えるのは後にしやがれ。氷幻霊だ!」
「く、くそっ」
冷気をを纏ったドクロがふわふわと浮かびながらユタ達を追いかけてきた。その冷気は絶対零度よりも冷たく、少しでも触れれば凍傷になってしまう。
なので氷幻霊に剣による接近戦を仕掛けることは出来なかった。遠距離攻撃魔法の使えないユタとネーダは仕方なく背をむけ逃げ出した。
「ち……超氷傑」
ジオは氷幻霊に向かって離れた位置から得意の氷魔法を放った。しかし全くダメージが入っている様子は無かった。
「ダメだ!やっぱり逃げるしかねえ!」
「ジオ、氷以外の上級呪文は使えないの?」
「ああ……あいつが氷幻霊じゃなくて、火幻霊だったら俺にも倒せたんだが。すまねえ」
氷幻霊は三匹いた。そして三匹ともユタ達をしつこく追いかけてくる。
ユタは三人がバラバラに分かれれば何とか撒くことが出来るかもしれないと考えたが、この広い城の中で三人が分かれる事は危険だとも思い諦めた。
ふとネーダが前方の十字路の角に扉を見つけた。
「あそこに飛び込もう。やり過ごせるかもしれないんだぞ」
「そうだな、分かった!」
ユタは収納魔法を開き、最後に残った火の魔石を氷幻霊に投げつけた。氷幻霊達が火に驚いている間に、ユタ達はネーダが見つけた扉の中に飛び込んだ。
「扉を押さえつけといてくれ」
ユタは近くに置いてあった大きな机を持ってくると、扉の前に立てかけてつっかえ棒代わりにした。三人が駆け込んだ部屋は何かの倉庫のようで、様々な物が乱雑に詰め込まれていた。
扉に耳を当て魔物の様子を聴き耳を立て聞いていたが、氷幻霊達はどうやらユタ達を見失ってくれたようで、扉から聞こえる音は遠ざかりそのままどこかへ去っていった。
「これでひとまず安心か」
「まさか誰も魔法攻撃が出来ないなんて、信じられないんだぞ……」
「そういえば、俺たちの中でマシな遠距離魔法が使えたのはクレアだけだったな。あーあ、クレア無事かな」
ユタとネーダはこの場にいない仲間の身を案じた。すると二人の会話を聞いていたジオがこう言った。
「きっとお前の仲間は無事だぜ。キプラヌスはわざわざ捕らえた人間はそう簡単には殺さない。なぜなら魔法の研究に必要なんだから」
「そんなの、何で分かるんだよ」
「もちろん調べたからだ。それにこの城だ。この城はソアの魔法だ。なんとなく分かるんだ」
「でもさ、それだけじゃお前の妹が無事とは限らないんじゃないか? キプラヌスが城だけ作らせた場合もある。それでもう用済みってことも」
「ソアの作った氷の建築は時間が経つと崩れちまう。でもこの城は壊れていないという事は、どこかにソアが捕らえられていて、城を維持しているんだ」
「そうか……」
こんな危機的状況になってもまだ彼女たちを助ける事をあきらめてる者はいなかった。しかし迷路のような城を長くさまよい、魔物にも追われ続けたせいで、ユタ達はかなり疲労してしまっていた。ネーダなんかは地面にどっぷりしゃがみ込んでしまっている。
ユタはおもむろに収納魔法を開き中をあさり始めた。
「何してるんだぞ?」
「飯だよ飯。ちょっと休憩にしようゼ」
「だ、大丈夫なんだぞ!ボクはまだ動ける。だから早くクレア達を助けに行かないとだぞ」
「そうだけど、今のままじゃまた迷い続けるだけだ。それに外には氷幻霊もいる。なんとか方法を考えるんだ」
「う、う~ん だけど!」
すると話を聞いていたジオがこう言った。
「オレも賛成だ。無策で飛び出してもまた同じ場所に戻ってくるだけにちげえねえ。それにここは倉庫だ。魔道具もあるかもしれない。何か使えそうなものを探すのはどうだ」
「そうだね……分かったんだぞ」
そしてユタは何か食べられそうな物を、ジオとネーダは城の探索に役立ちそうなものを探して倉庫部屋の中の捜索を始めた。
数分後、ユタは収納魔法の中から乾いてボソボソになってサンドイッチを一つと、フォレストモアの大市場で買っていた野菜の残りを見つけた。ネーダ達が倉庫の探索から戻ってくるとユタはそれらを分け与えた。
サンドイッチはハムをパンで挟んで香辛料で味付けした簡素な物だった。ユタはサンドイッチの中に野菜を差し込むと、一気にかぶりついた。しかしユタには物足りなく思えた。
これまで冒険者依頼の銀貨を節約するために、食材をケチった料理ばかり作ってきた。しかし今の疲れ切った身体にこんなしみったれたサンドイッチではカロリーが全く足りていない。
ユタ自身は全然サンドイッチに満足いかなかったのだが、それでもジオとネーダはかなり喜んでいた。
「こりゃあ美味いぜ!生き返るようだ」
「感謝しろよぉ。普通ならボク達じゃなきゃ食べられない特別な物なんだからな!」
「ああ、ありがとな」
―うん、次からはもっと厚い肉を収納魔法に取っておこう。それにチーズくらいはあってもいいな……―
それから食事を終えるとネーダ達は倉庫で発見した物についてユタに話した。
「それで、何か使えそうなものはあったのかよ」
するとネーダは落ち込んだ様子でこう言った。
「それが……ガラクタばかりで何もなかったんだぞ」
「何も?本当に?」
「うん。魔軍団長の城なんだから、強い魔道具の一つや二つあってもいいと思ったのに」
「……クソ、どうすればいいんだ」
「水の魔石は大量にあったんだけど、そんなの使いようがないし」
「え、なんだって?」
二人に案内された場所に行くと、そこにはいくつかの箱の中に青い石がみっちりと詰め込まれていた。これらが全て火の魔石と同じように水を発生させる事ができる鉱石だ。
「なんでこれが使えないんだよ。これだけあれば攻撃手段になるんじゃないか?」
ユタの問いにジオが答えた。
「氷の魔物に水の攻撃は効果が薄いんだ。凍っちまうからな。たぶんこんなに沢山魔石があるのは、氷の城を長い間維持するために必要なんじゃねえかな」
ソアの氷の創造魔法は水のあるところだと効果が増すのだそうだ。
「これが氷じゃなくて、火の魔石だったらな」
「火の魔石か……」
火の魔石はさっき最後のひとつを使ってしまった。もう残っていない。
だからどうにかしてこの水の魔石でピンチを乗り越えなくてはならない。
「水の魔石……火の魔石……氷……火……火……!」
その時、ユタはひらめいた。ふと辺りを見渡すと突然、倉庫のガラクタの山を漁りだした。
「ユ、ユタ?いきなりどうしたんだぞ?」
「まあな、ちょっといい事を思いついたんだ」
「ホント!?なんとかなるんだぞ?」
「……いや、ほとんど賭けだ。けどやってみる価値はあると思う」
ジオはそれを聞くとこう言った。
「やろうぜ。オレたちにはそれしかねえよ」
「うん、そうなんだぞ。それでユタ……一体それでどうする気なんだぞ」
ガラクタを漁っていたユタは中から花をいけるような壺をとりだした。そして二人にこう言った。
「ああ。これから楽しい科学の時間なんだよ」
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