第57話 英雄的症候群
「まさか……冗談ですよね? 確認ですが、ゾディアックとはあの魔王軍の幹部の事を言っているのですか?」
「他に無いだろうよ。オレは妹が連れ去られた時、一度だけキプラヌスの姿を見た。……ソイツもかなりの魔力量だが、魔軍団長キプラヌスはまさに別次元の魔力だったぜ」
ジオはユタを一瞥するとそう言った。
ユタとクレアは以前ヌダロスという魔軍団長の分身の魏魂人と対峙したことがあった。しかし魏魂人は半分以下の能力しか秘めていなかったのにも関わらず、ユタはほぼ逃げ回るだけで精一杯だった。そしてヌダロスの魔力切れのおかげで、何とか生き延びることが出来たのであった。
魔軍団長の強さを知っていた二人は、キプラヌスもヌダロスと同等の化け物だろうと想像できた。
「あの時のオレは弱くて何も出来なかった!正直びびっちまってた。だがオレは村を出てキプラヌスを追いかけながらも修行を続けて、高級呪文も身に着けたんだ。今度こそ助け出してみせる!」
「ムリですよ。そんな事は」
「なッ なんだと!」
冷たく否定されたジオはカッなってパユに怒鳴りつけたが、パユがさらに冷酷に睨み返したのでジオは黙ってしまった。
「もしその話が本当なら私達に扱える冒険者依頼の範疇を遥かに超えています。三人とも、今すぐ撤退しますよ。死にたいならどうぞ、あなたお一人で」
「ちょっと言い過ぎじゃ……」
「なら残って戦いますか? 魔軍団長と。」
「え……」
パユにそう言われてクレアは何もいい返すことが出来なかった。
「いいって。元々オレ一人で戦うつもりだったんだ。ここまで付き合わせて悪かったな」
そう言うとジオはユタ達に背を向けて一人先を進みだした。
「行きましょう。この事を早く団長に知らせた方がいい」
確かにだ。竜のアギトみんなと一緒なら、数の力で何とかなるかもしれない。このまま少数で挑むよりよっぽど現実的だ。
だがいいのか?ジオの思いは強い。きっと誰の制止も聞かない。このままだと確実にジオは死ぬことになる。俺はそれを見て見ぬふりをしていいのか?
そのとき、ふとネーダが少し歩み出たかと思うとこう言った。
「ちょっと待てよぉ!お前にはまだ聞いてない事があるんだぞ」
「……何かあんのか」
するとネーダはこう言った。
「お前の妹ってどんな子なの?」
「え、ソアの事か」
ジオは予想外の事を聞かれて少し驚いていた。だがその後、ジオは妹の事について語り出した。
「妹のソアは世界一可愛いんだ。それにとっても優しいんだ。引っ込み思案なところがあって誤解される事もあるが、魔法で氷の彫刻を作ってはよくみんなを喜ばせていたよ……」
妹の事を語るジオは終始嬉しそうであった。
「ジオにとってソアは大事なんだな」
「当たり前だろが!」
「うん。だったら、絶対に助け出さなきゃだな」
「お前…………」
ネーダはそう言うとジオの肩をポンと叩きニコリと笑ってみせた。
「ううっ……ありがとう」
「良かったな。英雄のボクが居れば百人力だぞ」
「ああ……、心強いぜ」
しかしネーダ以外はまだ完全にジオに協力して魔軍団長と戦う意思はなかった。ユタも魔軍団長の脅威を知っていたし、パユの言う通り一度フォレストモアに戻るのもありだと思っていた。
するとパユはネーダにこう言った。
「その決断は非常に愚かで仲間を死なせるものだと分かっているのですか。あなたはパーティのリーダーなんですよ。冒険者として失格です!」
「……確かにそうなのかもしれない。だけど、ボクの目指す英雄は目の前の人間を死地に行かせたりなんかしないぞ!助けられる人は全て救う!絶対に見捨てないんだぞ」
「戯言……ですらない。馬鹿の妄言ですね。弱いあなたには無理ですよ。そう言ってすべて失うのが落ちです」
「ボクは……そんな事にはならないんだぞ…」
ネーダはパユに否定され続けて段々と声に活力がなくなっていった。
確かに、ネーダのいう事は理想でしかない。パユに妄言と言われても仕方がないとユタは思った。
―ネーダは馬鹿には違いない。けどだとすれば、俺もそうとう馬鹿なんだろうな―
ユタはそっとパユとクレアから離れると、ネーダの方に近づいて行った。ネーダの言葉も間違いでは無いと思ってしまったからだ。
「バカだな。ネーダが一人加わった所で大して変わらないだろ。仕方ないから俺もついてってやるよ」
「ハハハ、バカはどっちなんだぞ」
ユタとネーダは拳を突き合せた。
するとクレアも駆け寄って来てこう言った。
「私も行くっ」
「クレア、怖くないのか?」
「怖いよ。けど、みんなと一緒なら大丈夫!」
その様子を見ていたパユは自分以外の皆が戦う事を決めたと分かると、大きなため息をついてこう言った。
「はあ、もう言いませんよ。リーダーの意思には基本従うものですからね……!」
するとジオはパユに謝罪をした。
「巻き込んですまねえ。あんたらはただの人狼退治のはずだったのに」
「ホントですよッ 雑魚一匹ヤレば帰れる楽で安全な依頼のはずだったのに、なんで魔軍団長なんかと関わらなくちゃいけない事になってるんです?」
パユの額には皺がいくつも浮かび、とてもイライラしている事が伝わってきた。
「確認ですが、妹の救出が目的で魔軍団長の討伐任務ではないですよね」
「もちろんだ」
「分かりました……ですが、いつでも撤退できるように準備はしましょう」
そう言うとパユは懐から小さな鳥の模型を取りだした。パユはそれに魔力を込めると、自身の風魔法で空高く飛ばした。
「伝達用の魏魂人をボントルべのギルドまで飛ばしました。この天気では届くか不安ですけどね」
これから巨大な敵に挑もうとしているユタ達にとってはそれさえもわずかな希望であった。
ただ、キプラヌスの妨害により、ギルドにパユの魏魂人が届くことはなかった。
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