第54話 雪月下
マリクの好意で四人は彼の家の鍛冶屋の空き部屋を貸してもらえる事になった。
夕食はマリクと一緒に食べたのだが、その時にまたジオの話を聞かされた。ユタは奴に対してやな思いしかなかったのだが、マリクは楽しそうに話すので止める事も出来なかった。
その時に分かった事だが、ジオは人狼が出た噂を聞いては各地を巡っているのだそうだ。
「なんでそこまで人狼に執着してるんだ? 確か人狼の元の魔物のガルリカントは、そこまで素材に価値のある魔物じゃないだろ」
ユタがそう言うと、マリクは答えた。
「ジオ兄ちゃんが人狼を追うのはお金の為じゃないよ。ジオ兄ちゃんは誰かを探しているみたいなんだ。なんかそれに、人狼が関わっているらしいよ」
―人探しで世界中を回っていて、魔物が関わっているだって? ますます怪しいな―
ユタは内心そう思った。しかし今までの会話から、ジオの事を悪く言うとマリクが機嫌を損ねるのが分かっていたので、ユタはそのまま疑う気持ちを隠していた。
数時間後、皆が寝静まり、ユタも自分の場所で眠りにつこうと横になり目を閉じていた。すると耳元でトントンと木の床を静かに歩く足音が聞えたかと思うと、その足音の主は自分のところで立ち止まりその体を小さくさせた。
「ユタ、起きてる? 私話したいことがあるの。外で待ってるねっ」
クレアは耳元でそう囁くと、ここに来たときと同じように静かに部屋から出て行った。
―こんな夜中に何の用だろ―
ユタはクレアが出て行って数分経ってからやっと起き上がると、そわそわとしながら鍛冶屋の外へ出て行った。
クレアが自分を呼び出した理由は検討もつかなかった。しかし何の根拠もないが、ユタの中には乙女チックな期待がわずかにあったのだ。
クレアは鍛冶屋のすぐ近くにはいなかった。そのため村の中を少々歩く必要があった。昼間も十分寂しげだったが、音の無い静かな夜は一層無人の村を寂しいものに感じさせた。
そしてクレアが居たのはそんな寂しい村のひと気のない広場だった。クレアはユタを見つけると早足で駆け寄ってきた。
「クレア。遅くなってごめん」
「うん、大丈夫だよっ 私こそ起こしてごめんね」
辺りは暗く、月の明かりだけでは互いの顔もよく見えなかった。そして、おそらくクレアはそう言ったきり下を向いて黙っていたと思う。
ユタは、クレアが自分を呼んだ理由も知らず、今現在の彼女の表情すら分からなかったので迂闊に声をかけられなかった。なので少し様子を見守る事にした。
その後クレアは気を紛らわせるかのように、手をぶらつかさせながらユタの周りを歩きだした。
「ねえ、覚えてる? 私達が初めて出会った日の事。私が水浴びしてる時に、急に森からユタが出てきたからスゴイ驚いたんだよっ」
「あはは……あの時はごめんって……」
「へへへッ ホントに思ってる~?」
クレアがからかうようにそう言うと、ふと彼女は空を見上げた。
「ユタは迷いの森にいたから分からないと思うけどさ、あの日も今日と同じ形の月だったんだよ。」
クレアに言われてユタも同じ月を見上げた。雲が邪魔して少ししか見えなかったが、ちょうど満月だと分かった。
元の世界と同じならば、満月の周期は29.5日だ。つまりクレアと合ってから、ちょうど一か月の時間が過ぎたという事だった。
「もう一月も経ったのか」
「……ちがう。まだ一月、だよ」
「え?」
ユタはクレアの方を向いた。するとクレアは満月の方を眺めたまま話し出した。
「村に居た時じゃ考えられないくらい、本当に色んな事があったよねっ。まだ一月しか経ってないのに一年くらいみたい。そりゃさ、楽しいことばかりじゃなかったけど、ユタがいつも助けてくれたおかげでここまで来れたんだよっ。あと少しでお母さんのいる帝国だよっ!」
クレアはそう言うとユタに微笑んだ。
「うん。グロッチ村を出てからやっと帝国に行けるな。」
「うんっ 本当にありがとう! 私一人じゃとてもここまで来れなかったよ」
「俺も、クレアが居てくれて助かった事がたくさんある。だからこれからも一緒に頑張ろう。あ、ネーダもついでにな」
「うん。けど、それだけじゃあ、ダメなんだ」
そう言うとクレアはユタの方に向き直った。雲間から差し込んだ月の光が彼女の顔を照らした時、ユタは思いもよらずに真剣な表情をしていたクレアに驚いた。
「どうしたんだよ?」
「ユタにね、お願いがあるんだ」
クレアは自分の服の胸元に手を突っ込むと、彼女がいつも大事に首にかけてある金のロケットを外してユタに差し出した。
「ユタにロケットを預かっていて欲しいの」
「えッ? いやっ、でもこれはクレアの大事なものだろ?一体どうして……」
するとクレアはこう言った。
「二人はすごいよ。ネーダは強い魔法剣呪文が使えるし、ユタはとっても頭がよくて頼りになる。でも私は二人に頼ってばかりであまり役に立っていない。このままじゃ二人に迷惑をかけてしまう」
「そ、そんなことないっ 言っただろ?居てくれて助かってるって」
「ユタは優しいねっ。けど私はもう決めたんだ。みんなと同じくらい強くなって役に立ちたい。だからそれまで、預かっていて欲しいんだっ」
そう言ったクレアの瞳から、ユタは強い意志と覚悟めいたものを感じた。
「分かった。俺が大事に預かっておく」
「うんっ ありがとう!」
「でも……」
「うん?」
「俺は、クレアが困ったらいつでも助けに行くから……」
「うん……」
夜風を肌に感じユタは身震いした。
「そろそろ戻ろう」
「うん、そうだねっ」
そして二人は一緒に来た道を戻っていったのだった。
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