第53話 ウルフハント
「大丈夫でしたか?」
そう言ってパユはユタとクレアの元に近づいてきた。
「ああ。でもアイツは何だったんだ? いきなり俺にあんな魔法を撃ってくるなんて……、撃つなら魔物の方だろ」
「そうですね。私も彼が何故、いきなり襲ってきたのかは分かりません。ただ彼は、人狼に対して、オレの獲物だと主張していました。なので少なくとも魔物の味方をしているという訳ではなさそうです」
それを聞くとクレアはこう言った。
「だとしたら余計に分かんないよねー。人狼が狙いだったんなら、なんで氷魔法を人狼に撃たなかったのかな」
しかし誰も、クレアの疑問に答えることはできなかった。
「……分からない事をいつまでも考えていても仕方ありません。とりあえずハンザの村の中に行きましょう」
「そうですね。何か分かるかもしれないしっ」
そして三人はハンザの村に行くために、今まで草むらに隠れていたネーダを呼び戻した。
「変な奴が襲ってきたって? そんな面白そうな事があったなら、もっと早く呼べよぉ。ハハハ」
「ちっとも面白くないって。こっちは危うく殺されかけたんだぜ!」
二人の会話を聞いていたパユはふと自分が過ちを犯したことに気が付いた。
―あまりに急な出来事だったのでとっさに危険を知らせてしまいましたが、もしあの時、もしユタに魔法が当たって死んでいれば、彼の|能力《キャラを見る事が出来たかもしれません―
パユは次に氷魔法使いが攻めてきたときは、知らないふりをしようと決めた。
ハンザの村は魔物の対策として周囲を簡素な木の塀で囲まれていて、出入り口は西と東に二つあった。
ユタ達は西の入り口から入ろうとして、村の門へ近づいた。しかし少し近づいたところでパユが異変に気が付いた。
「おかしい……みなさん少し待ってください。あれを見てください」
そう言うとパユは村の門を差し示した。
「タダの……村の門じゃないの?」
「確かに村の門で合っていますよ。しかし、村全体が塀で囲まれているほど守備があるにも関わらず、門番が一人も居ないのでは意味がないです」
パユの言う通り、肝心の門を守っている人間は一人も居ないようだった。その周りにも人の姿は見当たらない。
「近くに人がいる気配も感じられませんし、このままでは簡単に魔物の接近を許してしまうのも頷けますね」
門番がいないから、さっきの人狼も簡単に村のすぐ側まで近づく事ができたのかもしれない。ユタはそう思った。
「ねえ、ちょっと待って。門番がいないなら、門を開けてくれる人も居ないってことでしょ。私たちはどうやって中に入ればいいのさ」
「それは大丈夫だよ。俺一人なら空間転移で中に入れるから、門の内側から扉を開けられるから」
「そっか、やっぱりユタの魔法は便利だねっ」
ユタ達は村の門の前まで行った。手で門を開けようとしたがやはり門は固く閉ざされていて開くことが出来なかった。
「おーい! 誰かー! 居ないのかよー!」
ネーダが門を叩きながら内側に向かって叫ぶが中から返事が返ってくる様子はなかった。そこでさっき言った通りにユタは空間転移を使うと門の内側に移動し、門を開いてクレア、ネーダ、パユの三人をハンザの村の中に招き入れた。
ユタ達はそれから村の奥へと進んだが、村人の姿は一人もなかった。家の扉はすべてしまっていて、窓は板などで打ち付けられ、どの家も完全に閉め切っていた。
「こんなのまるで廃村なんだぞ。もうこの村の人は、みんな人狼にやられてしまったのかなぁ」
寂しげな村のあり様を見てネーダはそう言った。
「いや、あそこを見ろよ」
ユタは家の中からこっちの様子をじっと見つめる視線に気が付き、一つの家の窓を指さした。だがそれに気づくと家の中から覗いていたその村人はさっと顔を引っ込めてしまった。
「今のは何?」
「どうやらここの村人は、人狼に怯えて家から出られなくなってるようですね」
「そんな……早くなんとかしてあげなくちゃっ」
「ええ、そうですね。ですが村人が全員家の中にいるんじゃ、村人から人狼の話を聞くことが出来ませんね……」
そのとき、何者かが後ろからユタ達に石を投げてきた。
驚いて振り返るとそこにいたのはハンザの村人らしき小さな子供だった。
「お、お前らッ どうやって村に入って来たんだ! 村の門は俺がガチガチに閉めてきたはずなのに。まさか……村の食料を狙ってきた盗賊か?!」
「違うぞ。ボクたちはフォレストモアの冒険者だぞ。ボントルベにでる人狼を退治にしに来たんだ」
それを聞くと子供は持っていた石を落として驚いて目を丸くさせた。
「ほ、本当に? 本当に冒険者なの? ゼンゼン助けが来ないから、もうギルドは俺たちは見捨てたんだって大人は言っていたけど……やっと来てくれたんだね」
「そうだぞ。未来の英雄、魔法剣士ネーダ様が来たからにはもう安心なんだぞ」
ネーダの言葉で子供は少し安心したようで、ユタ達に対する警戒を解いた。
「俺はマリク。この村の鍛冶屋の子供さ。まあ、親父は人狼に殺されちゃったんだけどね」
「ボクはネーダだぞ」
「それはもう聞いた。でさ、他の奴らは?」
そう言われてユタ達はそれぞれマリクに自分の事を明かした。そしてパユは、マリクに人狼について話を聞くことにした。
「マリク。人狼の事について、少しでもいいので何か知りませんか?私達は人狼を討伐したいのです」
パユはマリクに尋ねた。するとマリクはこう言った。
「俺も詳しくは分からないんだ。人狼は前までボンドルベにはいない魔物だったからさ……。ただ、何処かに人狼の住処があるみたいで、村にやってきた人狼はその場所に帰っているみたいだよ。北の方が怪しいみたい」
「なるほど、北に人狼の住処ですか。いえ、それだけ情報があれば十分です。しかし冒険者でもないあなたがそんな危険な調査を一人でするのは賛成できませんね」
パユがそう言うと、マリクは首を横に振った。
「違うよ。人狼の住処があるのを突き止めたのは俺じゃなくて、ジオ兄ちゃんなんだよ」
「うん。マリクの兄は冒険者なんですか?」
「ええっと……分かんない」
マリクは口ごもっていたが、少し考えてからこう言った。
「ジオ兄ちゃんはさ、俺の本当の兄ちゃんってわけじゃないんだよ。それどころか村の人間でも無いのにさ、食料を分けてくれたり、魔物から村を守ってくれたり。親父を無くした俺にも優しくしてくれて、村の人もみんな感謝してるんだ」
マリクは嬉しそうにジオという人物の事を語っていた。するとネーダがマリクの肩に手を置いてこう言った。
「そっか。いい奴なんだね!ジオ兄ちゃんは」
するとマリクは大きくうなずいた。
「うん! それにカッコいいんだ。大きな魔物も氷の槍で一撃なんだよ!」
ユタはそれを聞くと、ついさっき出会った白いコートに銀髪の自分を襲った氷魔法使いの姿が脳裏に浮かんだ。
直接見たクレアとパユも同じようにジオと白コートが同一人物だと思ったようだった。
「あのジオって人、悪い人じゃあないのかも?」
「そうかあ? 俺はそうは思わないけど」
するとユタ達の会話を聞いていたマリクは勘違いをしてこう言った。
「あれ、もしかしてお兄ちゃんたち。ジオ兄ちゃん達の知り合いなの?」
―知り合いっていうか……殺されかけたんだけどー
ユタがその事を言おうとすると、クレアが慌ててユタの口をふさいだ。
「殺されかけたなんて言ったら、変に勘違いされてややこしくなっちゃうでしょ!」
「そ、それもそうか」
二人の行動を不審に思ったマリクは尋ねる。
「どうしたのユタとクレア」
するとクレアの意思をくみ取ったパユが間に入った。
「いえいえ、気にしないでください。あの二人は思春期特有のいちゃいちゃをしているだけなんですよ。そうですね、私達は、実はジオの仲間なんです」
クレアはパユの言葉を聞くと、赤くなりながら静かに手を放しユタから離れて行った。
「そっか、そうだったんだ! なら家においでよ。もう日が沈むよ。寝る場所くらいは用意できるよ」
そう言うとマリクは声をかける間もなく駆けて行った。
「今日はこの村で休みましょう。明日は人狼の住処を探しに行きます」
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