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第52話 狼と狩人

 パユには試験官としての役割の他に、もう一つ隠された任務があった。

 それはユタの監視であった。


 フォレストモアでの大討伐戦の最中、パユは一度死んだはずのユタが息を吹き返す所を目撃した。その事を不審に思ったパユは、誰にも内緒で竜のアギトの団長トリーナに報告していたのだった。


「……それは本当にたしかなのか? ユタが覚醒者(キャリアー)だというのは」


 アジトでその事を聞いたとき、トリーナはパユのいう事を疑った。


「ですが、私はすぐ近くで見たのです。あのような死んだ人間が蘇るような現象は、魔法では説明がつきません。つまりユタは覚醒者(キャリアー)という事でしょう」


「…………それはまだ分からない」


「何故ですか?」


「もしユタが覚醒者(キャリアー)だったなら、私の第六新域(シックスゾーン)がとっくにそれを感じ取るはずだからだ」


「そうなんですか……!」


 トリーナの能力(キャラ)はあらゆる事象を感じ取る力だった。特に魔法の力と殺意や邪気に敏感で、トリーナが最強の冒険者である理由の一つがこの能力だったのだ。


「では、彼のあの力は何なんでしょう……」


 それを聞くと、トリーナは一瞬何かを言い淀む素振りを見せたあと、パユにこう言った。


「聞くと、ユタの力はだいぶ異常で異質なようだ。それだから私の能力(キャラ)も作用しなかったのかもしれない」


「な、なるほど。確かにあれはとても異常でした。ええ、まがまがしくさえ、感じましたよ」


「何っ……、そうか」


 するとトリーナはしばらく沈黙し考えこんでいた。そしてパユにこう命令した。


「どうやら見極める必要がある。パユ。この任務は極秘だ。誰にも気取られぬようにユタの能力(キャラ)を調査しろ」


「はい、了解です」


 パユがその場から立ち去ろうとした時、トリーナは呼び止めてこう言った。


「もしユタに()の片鱗を感じたのなら、その場ですぐに始末するんだ」



 ボントルべの街を出て、ユタ達のパーティは人狼が現れたというハンザの村へと向かっていた。


 本来、ボントルべ地方は高低のある丘陵や崖と、小さな林が乱立したような地形だった。ハンザとの間にも針葉樹林の林がいくつかあって、歩いているうちに丘を上ったり下ったりしていた。


「きゅいい!」


「分かったんだぞ! みんな、止まってー!」


 パーティの先頭を歩いていたチニイからの合図を受け取ると、ネーダは他の者にそう言った。

 落ちたら危ない崖も道の途中にはあるが、季節外れの雪のせいで隠れて場所が分からなくなっていたのだ。だから彼らは、慎重に道の先の安全を確認しながら進んでいた。


 しかしそれは安全確認の為だけでは無かった。ユタ達はハンザに向かう途中で、偶然にも人狼のものと思わしい大きな獣の足跡を見つけていたのだ。そこで急遽予定を変えて、足跡の手がかりを元に人狼の索敵(スカウト)を行っていたのだった。


 ユタ達三人はいつも冒険者依頼(クエスト)でしているように、それぞれ役割分担しながら索敵を行っていた。

 さっき雪に隠れていた崖を見つけたように、ネーダとチニイは協力して前方を見張っていた。クレアは主に左右の確認を担当し、また木の実など植物の知識も活かしていた。ユタは二人の索敵を補うように後ろの方から全体を見渡す役目だった。


 三人の索敵はとても連携が取れていた。人狼の残した痕跡を取り逃す事なく、ゆっくりとだが確実に人狼の元へ近づくことが出来たのだ。


 ユタ達の索敵の様子を見てパユは感心した。


「なかなかやるじゃないですか。こうやって三人がかりで索敵をするのは珍しいですけどね」


「いや、最初はネーダ一人でやってたんだよ。でも……」


「でも……?」


 するとクレアが笑って吹き出しそうになりながらこう言った。


「へへへ、ネーダったらさっ。チニイと一緒にずっと下向いて歩くんだよっ。そのせいでちょっと歩くだけで木にぶつかるんだよ。でも下向くのをやめないから、またぶつかるの!」


「……それで全然進まないから、ネーダだけには任せてられないってなったんだ」


 パユは可哀そうな物を見る目をネーダに向けた。


「ふ、二人とも言うなよぉー! ボクだって必死だったんだぞ」


「…………ネーダ、優しい仲間に恵まれてよかったですね」


「えっと、なんかムカつくんだぞ?!!」



 日も沈んだ頃、ユタ達はついに人狼を見つけた。しかし彼らは困っていた。

 人狼がいたのはハンザの村からそれほど遠くない森の中だったのだ。もしここで逃がせば大変なことになる。


「被害が多いとは聞いていたけど、こんなに近くにいるなんて……もし下手に刺激して村の方にでも逃げたら、人狼は村人を襲うかもしれないっ」


「でも、だからと言ってこのまま放っておくわけにもいかないんだぞ。ここで倒すんだ」


「だからっ 攻撃した瞬間に村に逃げたらどうするのさ」


「ボクたちが攻撃しなくても、放っておいたらどっちみち村人を襲うだろ!」


 ユタ達は草むらに隠れて人狼の様子を見ていた。先ほどから人狼はうろうろと同じ場所を歩いているだけだったが、たまに顔を上げるとハンザの村の入り口の方を眺めているようだった。

 人狼の気が変わり、いつ村に乗り込もうとしても不思議じゃなかった。


「どうするんですか? このまま見ているだけですか?」


 パユは三人に尋ねた。するとユタがこう言った。


「いや、ここで倒そう。逃げる前に一瞬で倒すんだよ」


「一瞬で? でも……」


 クレアはユタの話を聞くと不安な表情をみせた。それを見たパユはこう言った。


「用意もなしに、あなた達に人狼が倒せる自信はあるのですか? 相手は仮にも進化種ですよ」


「おそらく倒せるだろう。試したことはないけどな」


「うーん、つまり分からないけどやるという事ですか。確実性のない行動は褒められませんね。失敗したらどうするんです?」


「失敗なんてしない。パユは手を出さないなら黙って見てろよ」


「……言われなくてもそのつもりですよ。」


 その後ユタは二人に作戦を伝えた。内容はシンプルだ。


 ユタとクレアが飛び出して、二人で人狼を逃がさないようにしながら気を引き続ける。その間にネーダが三人の中で一番威力のある呪文である属性付与(エンチャント)超雷霆(エルバルバトス)>を剣にしこみ、そのまま人狼にとどめを差す。


「俺が合図する。とどめは任した」


「よし、ボクは先に準備してるんだぞ」


 そう言うとネーダは人狼の背後の物陰に向かい、そこで魔力を貯め始めた。


「ユタ、私たちも行こうっ」


「うん」


 二人は左右に分かれると、人狼の前にいつでも出られる状態になった。人狼はあいかわらず村の方をぼんやりと眺めていた。


 その様子を確認した後、ユタは二人の方を見て目くばせをした。そしてすっと右手を上に伸ばした。上げた手を振り下ろした時が、作戦開始の合図だ。


 人狼の視界が陽動役のユタとクレアから外れるのを待ち、不意打ちが最大限の効果を発揮するタイミングで腕を振り下ろした。


「ユタッ!!!」


 しかしその時、大きな声でユタの名前を呼ぶ者がいた。それは背後で彼らの事を観察していたパユだった。ユタは驚いて振り向いた。


 ―そんな大声を出したら人狼に気づかれて作戦は失敗する。そんなことはパユにも分かるはずだろ?―


 案の定、人狼はパユの声で隠れていたユタ達に気が付いてしまったようだった。



 ユタはパユに非難の目を向け文句を言おうとした。だがその前に、パユは思いもよらぬことを言った。


「そこから離れなさい!狙われていますよ!」


「な、何だって?」


 パユがユタに警告した次の瞬間、ユタの少し後方の木の上から魔法の式句を唱える声が聞こえてきた。


突華氷傑(ペネフリージア)


 何者かが唱えた呪文はユタに向かって一直線に飛んで行った。


「うわああっ」


 自分に飛んでくる魔法を見るとユタはとっさにダイブするようにして横に飛びのいた。


 ユタはパユの直前の警告のおかげでなんとか直撃をまぬがれた。しかし外れて地面に当たった氷魔法は直撃した瞬間、鋭い氷の槍を何本も生み出しそれが当たった場所に深くつき刺さっていた。こんな魔法がもし当たっていれば一たまりもない。


「ユタっ 大丈夫!」


「くそっ なんだってんだよ!」


 あわててクレアがユタの所に駆け寄ってきた。クレアの手を手を借りユタは上体を起こした。


 見ると人狼は騒ぎを聞いて逃げてしまったようだが、幸い村とは反対の方へ走り去ったようだった。


「そこにいる人、下りてきなさい! 一体何者ですか」


 パユが魔法の飛んできた方向に向かって言うと、木の上から人影が飛び降りてきた。


 そいつはユタ達の前に立った。蒼みがかった銀髪で雪のような白いコートを身に着けていた。


「あれはオレの獲物だ。だから、オレの邪魔をするな!次に会ったら容赦なく殺す」


 そういい残すとその氷の魔法使いは、ユタ達が止める間もなくその場から去ってしまった。

※連載中なので本編ページの上部や下部にある「ブックマークに追加」からブックマークをよろしくお願い致します。またいいねもお願いします。作者への応援や執筆の励みになります。


魔法の解説をおまけで乗っけときます。



〇上級呪文のさらに上へ……


最近、登場した「高追尾火炎(ハイラジャスフレム)」や「突華氷傑(ペネフリージア)」など、基本の属性に性質を決める冠詞が二つ以上付けられた呪文は高級呪文と呼ばれ上級呪文の中でも上位の威力を持ちます。ただそれだけ扱うのが難しいです。

またどんな高級呪文でも極大呪文にはかないません。

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