第50話 星空の下で
ユタ達三人はパユと共に針葉樹林の森を北に向かって歩いていた。目的地はフォレストモアより北にあるボントルべという場所だ。
「うう、寒いよっ 風がこんなに冷たいなんて」
クレアは服の上から防寒着を纏っていたが、それでも寒そうに体を縮めて歩いていた。
クレアが今まで暮らしていたダンファンの辺りは暖かく、それゆえ寒い気候に慣れていなかったのだ。また着ていた服が薄いものであったので、それゆえに人一倍寒そうにしていた。
「きゅいい……」
ネーダの兜から出てきたチニイは寒がるクレアの所に行くと、彼女の首にマフラーのように巻き付いた。
「あったかい……ありがとうチニイ」
なぜフォレストモアの冒険者であるユタ達が、全く別の場所のボントルべまで向かっているのかというと、それはB級昇格試験の依頼の場所がまさにそこであったからだ。
フォレストモア冒険者ギルド支部長のコリンズはユタ達にこう言った。
「皆さんに受けていただきたいのは、人狼の討伐です。本来はボントルべのギルドで扱っていたクエストだったのですが、救援としてこちらに回ってきたのです。だからくれぐれも注意してください」
フォレストモアの辺りでは見られなかったが、ガルリカントという狼の魔物が進化したのが人狼であった。人狼になると人も積極的に襲うようになり、すでに多くの人間が被害に遭っているのだそうだ。
「まずはボントルべのギルドに向かってください。フォレストモアよりギルドの規模は小さいですが、そこで詳しい情報が聞けるはずです。はい」
という事で、ユタ達はひとまずギルドのあるボントルべの街に向かっていた。
クレアもしばらくすると寒さにも慣れて、ユタ達は順調に歩を進めていた。
「パユは今までで一番やばかった事とかあるんだぞ?」
「そうですねー。私は風の魔法使いですから、風魔法がほとんど効かない火の竜に出くわしたときは死の危険を感じました」
「へえー……そうなんだぁっ!」
普段は生意気な態度のネーダだったが、強い冒険者へのあこがれの気持ちが彼女には常にあったので、ここぞとばかりにパユの話を楽しそうに聞いていた。
その様子を二人の後ろからユタとクレアは見ていた。
「ネーダってお兄さんが凄い冒険者なんでしょ」
「ああ、聞いた話だと魔王軍からムーン帝国の完全侵略を防いだらしいよ 今も戦ってるそうだ」
「帝国の……」
クレアはそう言うと黙ってしまった。B級に昇格すればいよいよクレアの母がいるかもしれないムーン帝国に行くことが出来る。目的が近くなった今、彼女はいろいろ思う事もあるのかも……。
「クレア……」
「スゴイねっ 二人とも」
クレアの言葉の意味が分からず、ユタは聞き返した。
「え、二人って?」
「二人は二人だよ。だってさ、あの戦いでも凄い活躍してたでしょ。本当にすごかったよっ それにユタはもう新しい呪文を覚えたんでしょ」
「あ、ああ。まだ練習中だけど。いや、なんかそんなに褒められると照れるよ。クレアだって活躍してたじゃん」
「へへへ、そうかな けど、私はもっと頑張らなくちゃ」
その時、前を歩いていた二人の足が止まっていたのに気が付いた。
「どうしたんだ?」
ユタがそう声をかけると二人は困惑した顔をしていた。
「ユタ、あれを見てください」
パユが示した先の地面を見るとそこには白い塊があった。
「まさか、雪?! 今は春なのに、ここってそんなに寒いのか」
「いいえ、例年ならボントルべでも雪は冬のうちに消えてしまうんです。もっと奥の寒い山岳なら別ですが、ダンファンの近くの平野部は寒さもそこまで厳しくないはずです」
しかし雪はこの先でもさらに積もっているようだった。
「どうやら今年は格別に寒さが厳しいようですね」
「ええ? そんなあっ」
クレアはそれを聞くと嘆きの声を上げた。しかしパユはそれを無視すると空を見上げ日の傾き具合を確認していた。
「もうすぐ日も落ちますし、今日はここで休みましょうか。明日のために体力を温存しておくのです」
「そうだな、そうするか」
一応ユタの収納魔法の中には予備の服が何着か入っている。それを上から着こめば防寒着の代わりにもなるだろう。
そしてユタ達はそのまま野営の準備を始めた。夕食の支度はもちろん、いつも通りユタの役割だった。
収納魔法から大きめの鍋を取り出すと、その中に切った具材を次々と放り込んで行く。寒いときはやはり鍋料理が一番だ。
「おい、野菜は入れるなよぉ! 肉だぞ、肉を入れるんだからね」
「安心しろって、ネーダには特別たくさん野菜を入れてやるからよ」
「ハ、ちゃんと話聞いてたんだぞ??」
一部例外もいたが、大市場で手に入れた食料を使った野菜スープをみんな喜んで食べてくれていた。
「ふうー。ユタ、美味しかったですよ。こうやって大勢で食べる食事は久しぶりだったのですが、やっぱりいいですね」
「え、いつも竜のアギトの団員とこうやって依頼に行ってるんじゃないのか」
「いいえ。私はこれでも幹部ですから、私の技量だと冒険者依頼も単独で行くことの方が多いですかね」
「ふーん そういうもんなんだ」
みんなが食事を終えるとユタは鍋を洗ってから再び収納魔法の中にしまった。今回、調理する時に使った火と水は、どちらもクレアに出してもらった火と水を使っていた。
いつも三人で冒険者依頼に行くときは、夜は交代で見張りを行い魔物などが襲ってこないかを警戒していた。しかしパユがユタ達三人の代わりに一晩の見張りをかって出てくれた。
しかし一人だけに任せるのは悪いとクレアが言うと、パユはこう言った。
「明日はきっともっと寒い場所を歩かないといけないですよ。私はこういうのには慣れていて平気ですから、あなたはもう休んでいなさい。明日にはボントルべに着きますよ」
「分かりました。おやすみなさい」
クレアは素直に了承した。そしてユタとネーダの元へと戻るとその側でこてんと横になった。
するとクレアが戻ってきたのに気が付いたネーダが、ポツリとこう言った。
「クレア……空を見て」
「わあ、綺麗っ」
空には満点の星空が広がっていたのだ。地面に寝転んだまま三人は、一緒にあふれんばかりの美しい星空をじっと眺めた。
「そういえば、寒い時は星が良く見えるって聞いたことがあったな」
ユタがそう言うと、ネーダが変なことを言いだした。
「星って? それは何なんだ?」
「はあ? 何いってんだよ。空で光ってるのを星っていうんだろうが」
「ハハハ、ちがうよー。あれは魔力霧だろぉ」
「え、魔力霧?」
するとクレアがこう言った。
「そっか。そういえばユタは迷いの森に閉じ込められてたから、色々忘れちゃってるんだね。あれを見て」
クレアはそう言うと夜空に向かって手を伸ばした。その先には星々が無数に集まってまるで一つの大河のような形を作っていた。
「あれはね。天の河っていうんだよ。魔物は死ぬと魔力霧になって消えちゃうけど……人とか動物もね、死ぬと魔力霧が体から出て行っちゃうんだよ。そしてその魔力霧は一度、空に昇ってあの天の河に集まるの。それから自分がまた、好きな人のとなりで生まれ変われるのを待ってるんだってさっ」
「ふーん、この世界だとそうなんだ。ていうか魔力霧ってただの魔力みたいなもんだと思ってたけど、そうでもないのか」
するとネーダがこう言った。
「ボクもよく分からないけど、昔屋敷で魔力霧は意思のある魔力だって教わったたぞ。あとクレアの話は結構有名だから」
「ふーん……」
ユタが再び夜空を見つめた。配置こそ違うが元いた世界の星空ととてもよく似ていた。だがあの光輝く星々は宇宙にある星ではなく、魔物を倒したときに出るあの青白い霧と同じものなのだそうだ。
とても信じられなかったがここは異世界だ。ありえないはありえない。
ネーダは魔力霧を意思ある魔力だと言った。つまりあの星々一つ一つに意思があって、今も俺たちを監視しているという事だろうか。そう考えるとあんなに美しかった星空が途端に気味の悪いものに思えてきた。
「俺、もう寝るからっ」
そう言うと、ユタは目をとじ眠りについた。
ご拝読いただきありがとうございます!
もしよろしければブクマや評価、感想やいいねなどいただけるととても励みになります!
この先もよろしくお願いいたします。