第45話 最大敵
魔物の進化種巨鬼はユタ達のところだけでなく、他の戦場でも出現が目撃されていた。
その報告を砦で受けたトリーナの額からは冷や汗が流れた。
「これはマズイな。もしオーガが魔物の群れのボスではないなら、オーガより強力な魔物がボスだという事になる。つまり、イレギュラーの発生だ……」
トリーナの言葉を聞くと周りにいた団員は皆沈黙した。しかしそれは驚いたからではく、トリーナの言ってる意味が分からなかったからだ。
「団長、何が言いたいのかいまいち分かりません。確かに、これほど一度にオーガが出現するのは異常事態と言えるかもしれませんが、魔物の群れで一番強い個体がボスになるのは一般的ですし、まだ対処は可能だと思いますが」
しかしトリーナは首を横に振った。
「いやそうじゃないんだ。イレギュラーとは異常事態を示す言葉ではない。魔物の進化種のさらに上位種を示すものなんだ。そしてさらに恐ろしいのは、イレギュラーになった魔物は覚醒者と同じように能力に目覚めているということだ……」
クレアたちの西側の戦場でも、同じように苦しい戦いが続いていた。複数の巨鬼が出現し暴れまわっていたのだ。
忙しい戦闘の中、クレアも木の実パンをほおばり体力補給を同時にしながら魔法を放っていた。
「もぐもぐ……ぎゅるるるゴクン。二重旋風!」
クレアの魔法が起こした風で粘態生物が吹き飛んだ。
また、その側ではネーダが得意の剣術で小鬼数体を相手に戦っていた。
「属性付与<雷>!」
ネーダは剣の刃に手をあて根本から滑らすように魔力を込めていった。するとネーダが触れて魔力をこめた場所には稲妻の力が宿った。そしてネーダは魔法剣を振りかぶると魔物たちをまるで布を断つかのように次々に切り倒した。
魔物の数はクレアたちや冒険者のがんばりにより少しずつ数を減らしていた。しかし周りにはまだ多くの魔物の姿があった。
「ふう、これじゃあきりがないよ」
「うん。えっと、やっと半分てところじゃないか?」
「まだ半分かあ」
クレアはネーダにそういわれるとため息をついた。ただでさえ魔物との連戦で疲れだしていたのに、まだまだ終わらないと言われクレアは余計に疲労を感じた。
「でもさー! あの幹部の人がいるからだいぶ楽できてない?」
「ああ、うん! ラッツさんだっけ」
二人は同時に離れたところで戦うラッツの方を見た。そこではちょうど絶え間なく爆撃のような炎が鳴り続け、魔物の集団を殲滅している最中だった。
龍のアギトの幹部ラッツは団でも屈指の攻撃魔法の使い手で、超火炎の連続掃射が得意としていた。
「あの火力はすごいんだぞ。並みの魔法使いじゃまねできない」
ネーダはキラキラした目でそういった。
ネーダには、自分の兄のように強者に対する尊敬とあこがれの念があったのだ。
「たしかにすごいっ。もしかしたらラッツさんがいれば何とかなるかもしれないね」
クレアがそう言うと、ネーダも頷いた。
「ボクたちも頑張るんだぞ」
「うん、そうだねっ あれ、ちょっと待って?」
クレアは遠くの方で何かに気づき足を止めた。
「どうしたんだぞ」
「ほら見て、あそこで何か光ってる」
クレアが示した方向には細い光の柱が立ち上っていた。しかしその光の柱はものの数秒で消えてしまった。
「なんだろうあれ」
「分からないけど……あれを見るんだぞ」
ネーダに言われクレアは周りを見渡すと、戦っていない魔物たちが光の登った方向へと移動しているのが見えた。その現象は他の場所でも少しずつ起きているのが遠目でも分かった。
「向かってる? どうして急に」
「あの光の場所にきっと何かあるんだ。ボクたちも行こう!」
「う、うん分かった」
そして二人は移動する魔物の後ろから光の方角を目指して走り出した。
魔物が集まっていたのは戦場を東西で区切ったときにちょうど真ん中になる場所だった。
クレアたちが追ってきた西側の魔物達と同じように、東側からも結構な数の魔物が終結していた。
そして同じように、光の柱を見て異常を察知し追ってきた冒険者もいた。
東から来た冒険者の中にはユタの姿もあった。
すなわち、ユタとネーダがその場所でばったりと鉢合わせることは必然であった。
ネーダがユタに話しかけようとしたが、ユタはそれを無視してクレアにこういった。
「……よかった。クレアも無事だったんだな」
「あ、うん。へへへ、私だってけっこうやるんだよ。それに一緒に戦ってくれたネーダも頼もしかったしね」
「はあ? コイツが……」
ユタが疑いの目でネーダを見た。するとネーダは少し怒りながらユタに言い返した。
「ボクは強いんだぞ?お前よりもな」
「へえーそうは思えないけどなぁ」
「お?お前、やる気なんだぞ?」
二人は思いっきり顔を近づけバチバチとにらみあった。今にも互いに剣を抜きそうだったがとっさにクレアが間に入って仲裁をした。
「はあ~もうっ! 二人とも、今は喧嘩してる場合じゃないでしょ」
「……クソ、まあそうだ。勝負はお預けだな」
「ならしょうがないもんね、腰抜け!」
「な、なんだと! てめぇこのっ」
クレアが二人の喧嘩の仲裁をあきらめかけたその時、いつの間にか二人の背後に立っていた長身の冒険者がユタとネーダに特大のゲンコツをお見舞いして喧嘩をむりやり止めた。
二人は痛さでその場でもがきのたうち回っていた。
「いけませんよ。仲間同士で傷つけあうなんて。あなた達が戦う相手は別のところですよ」
「パユさん! 東部隊の指揮官のあなたまでここに?」
「はい。魔物がほとんどこっちに来ちゃったんで」
三人はパユに言われ周りを見渡すと、いつの間にか凄い数の魔物が集結していたことに気が付いた。それと同時に冒険者も砦の守り以外はここに皆集結しているようだった。
「おい、どいつだ。この祭りの親玉ってのは」
そう言いながら現れたのは西側を指揮していたラッツだった。
「あれですよ多分。巨鬼と人食い鬼が向こうに固まっているでしょう。あれらの奥の方からやばい感じがします」
パユの視線の先は光の柱は立ち上ったと思われれる中心地を示していて、オーガたちはなにやら蛹のように動かなくなった一匹のオーガを囲むように布陣していた。
「あれか……やっちまうか」
「おや、珍しいですね。戦闘狂のあなたなら、イレギュラーが出てくるまで待つなどと言いそうなのに」
「ケッ 文句あっか」
「いえ、英断ですよ」
するとラッツとパユは側にいたユタたち三人に離れるように指示した。そして二人で息を合わせて同時に二つの呪文の詠唱を始めた。
(唸れ刃、切り裂け暴風、轟き吠えろ烈風
我が声に応え、顕現せよ、風…………)
(焼き尽くす災禍、踊り狂う業火、龍の紅き瞳
我が声に応え、顕現せよ、火…………)
「「空を断つ、火竜の光 複合呪文:滅竜火炎」」
式句を唱え二人が同時に手を前へ伸ばすと、そこに風と火の魔力が集まりだした。二つの極大呪文が合わさった魔力は凄まじい熱量を生み、それは超高質量の熱線として放出された。
滅竜火炎は魔物の集団に直撃すると一瞬でどろどろの溶岩に変えてしまった。
「すごい……あの強い魔物が一瞬ですべて溶けてしまった」
オーガたちは声を上げる間もなく死んでいった。だがパユとラッツが懸念していたのは光の正体―怪しい気配を発している蛹だった。だがその蛹もごうごうと炎を上げながら燃えて朽ちようとしているようだった。
「や、うまくいったようですね」
「ケッ、このまま打ち続ければすぐにも燃えつきそうだな」
しかしその直後、蛹が割れて崩れ落ちたかと思うと、滅竜火炎は突然勢いを無くしそのまま消えてしまった。
「おいっ! なにを勝手にやめてるんだ。まだ蛹は残ってるだろ。油断するな頭でっかち」
「いや……私は発動をやめてなんかいませんよ。あなたこそ、間違えたのでは?」
「はあ~?なんだとっ?」
二人は互いに片方が途中で呪文を中断したものと思っていたがそうではなかった。
クレアが蛹の異変に気付きこういった。
「何か動いてるよ!」
蛹があった場所からもぞもぞと現れたのは、大きな口だった。ユタにはそれがまるで太古のティラノサウルスのような姿をしていると思った。
しかしティラノサウルスと違う点がいくつかあって、それはバランスの悪いほど大きく発達した大顎と頭の上の白いユニコーンのような角だった。その角からは白い煙のようなものが放出されていた。
「なんだ、あれ? さっきまでオーガだったのに、ぜんぜん見た目も違うんだぞ」
ネーダが戸惑いながらそう言うとラッツが答えた。
「あれがイレギュラーだ。ケッ、どういうわけかオレの魔法も効いてやがらねえ。蛹が鎧にでもなったか?」
だがイレギュラーの周りはさっき放たれた複合呪文により全て灰か炎に変わっていた。イレギュラーを包んでいた蛹も跡形もなく燃え尽きていたので、ユタはそれが鎧の代わりになったとは思えなかった。
「気をつけてください。あの竜は得たいの知れない能力を身に着けたはずです。慎重に戦いましょう」
「ケッ、そうは思わねーな。こういう時はとにかく攻めるべきだぜ! おら、高追尾火炎」
「ああ、ちょっとっ」
ラッツの放った火の魔法は狙ったようにイレギュラーの顔面目掛けて向かっていった。しかし当たる直前、思いもよらぬ事が起きた。
ティラノが大顎を開けてラッツの魔法を飲みこんでしまったのだ。
これにはさすがのラッツも声が出なかった。
ティラノがまるで食後のゲップのように角から白い煙を放出すると、猛々しい咆哮を上げた。するとそれに応えるように周りにいた魔物たちがユタや冒険者達に一斉に攻撃を開始した。
「攻撃が来ます! 気を付けてください!」
ユタ達も向かってくる魔物の群れと戦うために剣を抜いた。
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〇複合呪文について
異なった効果の呪文を同時に発動して組み合わせる事で、新たな効果の呪文を生む。
高等技術である。組み合わせる呪文同士は階級が近い事が望ましい。