第44話 目撃者
「どういうことだ? 他の場所でもオーガが出たっていうのか」
「ありえないだろ。それじゃあ、二つの群れが同時に街を襲ったっていうのか」
「馬鹿な! オーガの群れが協力しあってるとでも?」
話を聞いて混乱する様子を見て、細い槍を持った冒険者はさらに戸惑った。
「え、お前ら。一体なんの話をしてるんだ?」
「ああ、さっきまで俺たちもオーガと戦ってたんだよ。今やっとの思いで倒せたばかりだったのに」
「そんなあ……」
絶望的な状況を知り、また協力が得られなさそうだと分かると冒険者は落胆した。
それでもダメ元にと彼はこう言った。
「お願いだ。こっちも相当ヤバいんだっ。誰でもいいから来てくれ」
しかし巨鬼と戦った後の彼らに、もう一度同じ戦いをする力は残っていなかった。
「悪いが……某たちはみんな疲弊しきっているんだ。極大呪文を打ったあとでとてもオーガと戦える魔力は残っていない。他をあたってくれ」
「もちろん他のチームにも応援はいっている。だがそれを待っていたら、死人が出てしまうよ!」
「だが無理なものは無理だ。いいかげんに……」
ハウッドと彼が言い争いになると、カトラはこう進言した。
「……アタシが行くわ。まだ、生活呪文くらいの魔力はのこっているもの」
彼女はふらつきながらも立ち上がると、槍を持った冒険者の元に近づいた。
「おう、助かる。生活呪文でも無いよりあった方がいい」
「オイ! やめろ!」
カトラはあきらかに無茶をしているのが分かり、冒険者たちは口々に止めるが、彼女は聞くそぶりをみせない。
「急いでくれ! 仲間がピンチなんだ」
「ええ、わかっているわ……」
するとカトラは魔力不足のせいでめまいを起こし、また転びそうになった。しかしすかさずバランスを崩したカトラの手をユタがつかんだので、地面にぶつからずに済んだ。
「あ、ありがとう」
「…………」
しかしユタは無言のままカトラをジト目でにらみつけると、急につかんでいた手を離した。
そのせいで、カトラは地面に強く激突してしまった。
「な、なにすんのよ! アンタ!」
「お前、何焦ってんだよ。明らかに体が追いついてないだろう」
「焦ってなんかいないわ……! 私が、やるべきだと思ってるからやってるだけよ。それにまだまだ戦えるわ」
しかし、その時カトラは完全に魔力切れを起こし、一瞬立つ力さえもなくなっていた。
「俺がいくよ。俺はまだぜんぜん余力が残ってる」
「け、けど……」
「もう大丈夫だって。まかせとけよ」
ユタはあえて自信満々にそう言った。
それでもカトラは引き下がらなかったが、他の周りの冒険者たちにも諫められしぶしぶあきらめた。
「では頼むぞ」
「ああ、行ってくる」
そうしてユタはもう一体の巨鬼の元に、魔力を使い果たしたカトラたちは一旦安全な砦の方まで下がっていった。
ユタは冒険者に連れられ、魔物のやってきたダンファンの森により近い前線の戦場へと向かった。
そこでは既に複数の冒険者が巨鬼を取り囲んでいた。
しかし他にも小鬼や人食い鬼などの多くの魔物が森から次々に来るせいで、巨鬼に対し戦力を集中できずにいたのだ。だから余計に巨鬼にダメージが入ってない。
「おいっ みんな大丈夫か!」
すると、そこでオーガと戦っていた冒険者の一人が嬉しそうにこちらを振り向いた。
「おおっ やっと増援か! ……って、たったの一人だって? そんなの意味ないじゃないか」
「すまない。実はあっちでもオーガが出現していてとても救援に来れるような様子じゃなかったんだ」
「そ、そんな! うそだろ……」
冒険者たちはさっきのカトラたちと同じように、皆、疲弊しているようだった。
「おい、お前! 龍のアギトの団員じゃないよな? 魔法属性はなんだ」
「俺は空間属性だ」
「……はっ? よりにもよって戦闘じゃ使えないやつかよ。もう終わった……」
その冒険者は俺が攻撃魔法のない空間属性だと知ると、勝機を見いだせなくなり絶望した。
しかし膝から崩れ落ちる彼に対しユタは勇まし気にこういった。
「いや、まだあきらめるのは早いぜ」
「な、なんだと?」
「俺が奴の注意を引く! その間に呪文を唱えてくれ」
「お、おい!」
ユタは冒険者の制止も聞かずにオーガに向かって飛び込んで行った。
―今度は怖気づいたりしない。もっと勇敢に戦ってやるんだ―
先ほどのオーガ戦で感じたことがあったユタは自らにそう言い聞かせた。だが今のユタは暴走してるといっていいほど気持ちが高ぶってしまっていた。
「ダメだ! いきなり特攻なんて、あいつ何やってんだ?!」
オーガもユタに気が付くと、しめしめといったように自分に真っすぐ向かってくるユタに拳の狙いを定めた。
しかし、ユタは振り下ろされた拳を寸でのところで躱した。そして呪文を唱えるとオーガの死角に回り込んだ。
「空間転移…空間転移…空間転移……!」
ユタは何度も呪文を唱え連続でショートワープを繰り返しながら、オーガの体全体を隈なく切り刻んだ。
身体中を切り刻まれたオーガは耐え切れずに苦痛の叫びを上げていた。
この戦い方はユタが森にある木々を相手に特訓していた時に思いついたものだ。不意打ちに成功すれば一気に強力な集中攻撃ができるが、魔力の消費が激しいという欠点があった。
しかしユタの膨大な魔力があれば、その欠点は補えた。
「おお! アイツなかなか呪文の使い方が上手いな」
槍の冒険者は感心してそう言った。
ユタは渾身の一撃を脳天に放った。それでオーガはさらに大きく怯み膝をついた。
「今だ!」
ユタが空間転移で地面に下りるとそう合図した。
それを聞いた周りの冒険者たちは、一斉に上級呪文を唱えた。今まで当たらなかった魔法は今度はすべて命中してオーガの体力を大幅に削った。
「お、お前! やるじゃねえか。助かったぜ」
「ああ、だけどアイツは上級魔法だけじゃ倒せなかった。ここでも極大魔法を使った方がいいんじゃないのか?」
「いや……儀式魔法のためには人が足りないんだ。それにここの辺りは雑魚が多すぎて、ハーモニクスで魔力をあつめてる間に他の魔物にやられてしまう」
「そうか、なら地道に削るしかないな!」
ユタはそう言うと、ポーチから最後の魔力ポーションを取りだし飲み干した。
そして再びオーガの方を振り返ると、魔法で上がった土煙の中でオーガは今だにうずくまったままのようだった。
―今のうちに追撃を加えてやる―
そう思ったユタはさっきと同じようにオーガに向かって突進した。そして空間転移で背後を取ろうとする。
しかしオーガはユタが思ったよりも早くに起き上がると、その手を伸ばしユタの足をつかんだ。ユタの足に激痛が走る。
「ぐあっ」
「あっ やばい掴まった!」
オーガはそのままユタをつかんでいる腕を持ち上げ地面にたたきつけようとした。
「クソっ 離せよ!」
ユタはなんとか体をねじらせて腕から脱出に成功した。そして空間転移でオーガの頭上の空間に一度退避をした。
しかしユタはその瞬間にもう片方の手で強くたたきつけられると、そのままダンファンの森まで吹っ飛ばされてしまった。
その時ユタは薄れゆく意識の中で、何か風の音のような物を聞いた。
パユが救援を受けて急いで駆けつけるも、着くとすでにオーガと誰かが戦っているようであった。しかも掴まっていて今にもやられそうになっていた。
「まずい! 無事で済まないかもしれませんが、一か八かです」
するとパユは極大呪文の詠唱を開始した。
(唸れ刃、切り裂け暴風、轟き吠えろ烈風
我が声に応え、顕現せよ、風)
「極大呪文:六槍穿風!!!」
パユは魔法によって超圧縮されたいくつかの空気弾を自分の背後に生成すると、それらを一斉にオーガに向かって放った。凄まじいスピードで放たれた空気弾はオーガの体を貫くとオーガを絶命させた。
「ふう。みなさん、大丈夫でしたか?」
パユは急いで冒険者たちの元へ駆けつけるとそういった。
「あっ、パユさんありがとうございます! 助かりました!」
「いいえ、気にしないでください。それよりさっき遠くから見たときに、誰か掴まってませんでしたか?」
「はい。パユさんの前に他のチームから応援にきた奴が……。団員じゃないらしいけど、アイツがオーガの攻撃を引き付けてくれてたから俺たちも魔法が当てられたのに。あんなに勢いよく投げ飛ばされてちゃもう……」
それを聞いてパユは同じ東側の守りにいるユタのことを思い浮かべた。
「ちょっと見てきます!」
パユは顔をゆがめるとそう言った。そして森の方へ飛行魔法を使って飛んでいった。
森の中でパユは無残な姿になったユタを見つけた。
ものすごい勢いでぶん投げられたユタの身体は、四肢がちぎれかかり頭は取れていた。
頭のあった場所から血のあとが奥に続いて、そのまま草むらの方へと伸びていることから、その先に頭が転がっているのだと分かった。
「これはひどい……しかし服装からやはりユタさんのようですね。一応顔も確認して、後できちんと弔いましょう」
パユはすると草むらをかき分け、ユタの頭が転がった方へと進んでいった。
―カトラは特に仲良くしてたようですから、彼がこんな形で亡くなったと知れば悲しむでしょうね―
少しして前方に影を見つけた。パユはその影に手を伸ばす。
しかし突然背後に気配を感じたパユは振り返ると声を出して驚いた。
パユの背後にいたのはさっき見たユタの身体だった。ひとりでに起き上がり歩いてここまでやってきたのだった。
「なっ なんなんだ一体!」
パユは異常な現象に危機感を覚え、ユタの身体から即座に離れた。パユが目の前からいなくなるとユタの身体は再び前に進みだした。
「ユタの身体は死んでたはずだ。なんで一人で動いてるんだ?」
パユはその様子を見届けようと慎重に木の後ろに自分の身をかくした。
ユタの身体は草むらの中にあった影をつかむとそれを持ち上げ頭のあった場所へと乗せた。そしてその次の瞬間、超高密度の魔力がユタの身体を包んだかと思うと、ユタは怪我一つなくなっていた状態でその場に立っていた。
―なんですか今の魔力は、今までに感じたことのないものです―
木の影に隠れていたパユはその魔力に危険な感覚を覚えた。
死んでいたユタの目が開き意識を取り戻した。
「あれ、俺なんでこんなところに……もしかして、また死んじゃってたのか」
すべてを目撃したパユはこっそりとその場を離れた。
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