第43話 勇気の炎
(……お前は何も変わっていない。魔力を身に着けたとしても、心は以前、弱いままだ)
頭の中で問答のように声が響いた。
―そうだ、俺は嫌なことからこうやって逃げることしかできない弱いやつだよ―
ユタが戦意をなくして震えながら座り込んでいる間も、他の冒険者達は巨鬼との死闘をくり広げていた。
ハウッドが中心となり集まった十五人の冒険者たちで極大呪文の儀式を始めていたが、呪文の発動までには、まだまだ時間がかかる。
その間カトラは誰のサポートも受けられず、一人で巨鬼の相手をしていた。
「カトラ、なんとか持ちこたえてくれ……」
オーガも超火炎の高火力の熱で、肌が焼け焦げていてかなりのダメージを負っているように見えた。しかしそれでも致命傷にはならず、逆にオーガの闘争心に火をつけてしまったようだった。
猛火のごとく責め立てるオーガに対し、カトラは防戦一方だった。
(一歩でも動きを読み間違えば、そこで終わるわ)
カトラは慎重にならざるを得なかった。しかしそのせいで動きが鈍り、余計にオーガに攻められていた。
「あ、危ない!」
オーガのこぶしがカトラの頬をかすった。カトラは出血し、痛みで顔をゆがめながらも急いで態勢を立て直す。
それを見ていた女冒険者がこういった。
「このままじゃやられちゃいますよ。助太刀します!」
しかしハウッドがその冒険者の腕をつかんで引き留めた。
「ダメだ! 儀式に集中しろ。某たちが中断するわけにはいかないんだぞ」
「でも……その前にカトラさんが死んじゃいますよ!」
するとハウッドは舌打ちをしながらユタにこう叫んだ。
「ユタ!!! 顔を上げろッ カトラを見るんだ」
突然名前を呼ばれユタは驚いたが、既に気力は消え沈思し現実逃避を始めていた。だが惰性で言われたままに顔を上げた。するとそこには、傷つきながらもあきらめずに戦うカトラの姿があった。
「お前のことは聞いている。どうやら街の前でゴブリンの群れに囲まれているカトラ殿を助けたそうじゃないか。誰にでもできる事じゃない。お前は本当は勇気のあるものなんだ! いまこそ立ち上がってくれ!」
ちがう。ゴブリンには絶対勝てると分かってた。だからたくさん数が居ても挑めたんだ。
―初めから勝てると分かる相手に挑むのは勇気ではない。だから俺に勇気なんか無いんだ―
オーガはゴブリンとは違う。強大な力を持っていて勝てるかどうか分からなかった。
また死んで苦しい思いをするかもしれない。強力な能力があっても死の恐怖は誰にも等しく襲うのだ。それに今度も生き返れるなんて確実な保障もない。
ユタは立ち上がることができずにいた。
「ち、ダメか……」
ユタの様子を見て、ハウッドは肩を落とした。
その直後、オーガと戦っていたカトラがバランスを崩しつまずいた。
「や、やばい! ミスったわ」
すぐに起き上がろうとしたが、すでに彼女の頭の上にはオーガの拳があった。
「カトラ! 逃げろ!!」
しかしカトラが気づいた時には拳が振り下ろされた後だった。そして、カトラは覚悟して目を閉じた……。
「空間転移!」
次の瞬間、ユタは式句を唱えていた。そして間一髪でやられそうになっていたカトラの元に飛ぶとオーガから引き離した。
「大丈夫か?!」
死に直面したカトラを見て、気づくとユタは飛び出していた。
「ユタ!!? あ、あんたこそ 大丈夫なの? あんなにビビり散らかしてたくせに」
「大丈夫じゃない 今だって嫌だ。逃げ出したいくらいだ。けど、あのままだったらお前死んでただろう」
「そうね、礼を言っておくわ」
ユタに抱えられていたカトラは再び剣を構えた。オーガも二人に増えた敵を確認していた。
「そろそろ儀式呪文も準備が完了するはずよ。もう、逃げたりなんかしないわよね?」
「……あーーっ くそっ! 分かったよ、やるよ。やってやるよ!」
「うんうん! なんだか元気も出て来たみたいじゃないの! 二手に分かれて一気に決めるわよ。なんとか極大呪文の打つ隙を作って」
元気じゃねーよ。と言いたかったが、ユタは素直にうなずてみせた。
そして合図とともに二人はオーガの左右から同時に攻めかかった。
オーガは二方向からの攻撃に最初少しだけ戸惑っていたが、すぐに狙いをカトラに定めると彼女に殴りかかった。
それを見たユタはオーガの体に目掛けて持っていた剣を投げつけた。剣が背中に突き刺さるとオーガは驚いて振り向いた。そして怒りのターゲットをユタに変えた。
自分に向かってくる魔物に恐怖を感じながらもユタは叫んだ。
「カ、カトラ、今だ!」
「ま か せ な さい!」
自分からオーガの意識がそれたカトラは、魔力をできるだけ高めてから、高威力の魔法を放った。
「撃滅火炎!」
カトラの呪文はオーガの足元に当たると爆発した。
「ぐうう」
その時オーガは初めてひるんだ様子を見せた。
「おまけだゼ、くらえ化け物」
ユタはオーガがひるんだ瞬間、好機を察すると、再び空間転移を唱えた。
突き刺さった剣を抜くと、顔の前に転移してオーガの目玉を切り裂いた。
「ぐおおおおお……」
するとオーガが今度は、その場に完全にしゃがみこんだ。
「今しかないわ?! 儀式呪文は」
そういってカトラは冒険者たちの方を振り向いた。すると彼らからは魔力の光があふれ出るように立ち上っていた。それは詠唱によりいつでも放てる状態であることを示していた。
「二人とも、どくんだ!」
ハウッドの言葉で二人は急いでオーガの側から離れた。直後、儀式を指揮していたハウッドが詠唱を開始した。
(焼き尽くす災禍、踊り狂う業火、龍の紅き瞳
我が声に応え、顕現せよ、火)
「極大呪文:緋炎乃渦!!!」
冒険者たちの魔力は巨大な業火となった。それは空中で渦のようにどんどんと膨れ上がり、そのままオーガを包み込んだ。炎はオーガの体を一片たりとも残さず燃やしつくした。
「はあ、はあ、やった、やったぞ! オーガを倒した!」
「うおおおおお!!!」
冒険者たちは互いに喜びを分かち合った。
―こんなに大がかりな呪文だったんだな。ビアードがスクロールを使うのを渋っていたのも納得だ―
ユタは村での事を思い出しながらそう思った。
するとユタの元にカトラがやってきた。
「やったわね! やっぱりアンタはできるやつだわ」
そう言うと突き合せろと言わんばかりにコブシを突き出してきた。しかしユタは拒否した。
「いや、そんなことないよ。俺はどうしようもない弱虫だ。カトラみたいに勇敢ではないよ」
それを聞いていたハウッドはユタに対しこういった。
「違うぞ! お前はまぎれもなく勇気あるものだ!」
それを聞いてユタは意味が分からず尋ねた。
「はあ? なんでそうなるんだよ ……自分で言うのもなんだけど、俺は怖くて戦いを拒否したんだ。とても勇気があるとは言えないだろう」
「だが、カトラを助けるために、お前は飛びだしたじゃないか」
「…………それは」
「仲間のために命を懸ける事、それを勇気と呼ばず何というんだ!」
その言葉にユタは何も言い返すことが出来なかった。自分が言い争いで負けたのは初めての経験だった。
「そうね、ユタはアタシを二度も助けてくれた。誰がなんといおうとアンタは勇者よ」
「あ……ありがとう」
ユタは照れ臭くなりながらそう言った。
「おかしいわ。なんで助けたアンタが礼を言ってるのよ」
「いや、なんとなくかな」
その時、カトラがふらつき急にバランスを崩した。転びそうになったところをユタが支えた。
「どうしたんだ急に」
「うん……ちょっとだけ頑張りすぎちゃったみたいね」
カトラはオーガとの戦闘で魔力も体力も使い果たし、満身創痍であった。ユタが薬草のイヤシポーションを渡すと彼女はそれを飲み干した。
ユタが周りを見渡すと他の冒険者たちの中にも疲労が見られるものが何人かいるようだった。
「みんな疲れているみたいだな」
「そうね、けどそれだけ成果はでかいわ。巨鬼は強力な魔物。それも群れのボスクラスにね」
「それじゃあ……」
「うん、後は掃討戦だけよ」
冒険者たちは激闘を終え体力も気力も消耗していたが、大物を倒した事で気持ちは明るかった。
だがその時、ユタ達のところに他のチームの冒険者が慌ててかけてきた。
「どうしたんだ?」
ハウッドがそう尋ねた。すると細い槍を持ったその冒険者は慌てた様子でこう言った。
「た、大変だ! オーガだ。オーガが現れた。こっちの面子じゃ手が足りない。すまんが数人いっしょに来てくれ!」
それを聞くとその場にいた冒険者たちは一斉に沈黙した。
今やっと苦労して倒したオーガともう一度戦わなくてはならないって?
ユタは絶望していた。
だが冒険者たちは、オーガが二体同時に現れる状況という物自体が初めてで、驚きの方が勝っていた。
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