第39話 10メートルの差異
フォレストモアはグロッチ村のある森と道が王都の方に続いている平原に囲まれてる街だ。
なんとなくクレアのところに帰りづらくなっていたユタは、最近はその森の中の開けた場所で、魔法の修行をしていた。
「空間転移!」
目の前の大木を敵と想定して、何度も木の周りを攪乱するように瞬間移動しながら、手に持っていた剣で切り付ける。そんな事をなんども繰り返す。
「よし、あんまり遠くまで移動しなければ、この呪文の使用回数も節約できるぞ」
するとユタは、今度は空間転移で少し遠くまで移動してみた。
「一メートルまでなら使う魔力も変わらないか。けど五メートルを過ぎると途端に消耗が激しくなるな」
呪文を使って魔力を消耗したユタの呼吸は。自然と荒くなった。
体に脱力感を感じたユタはカトラからもらったポーチを開いた。
そして中にあった二種類のポーションの内の一つの、魔力を回復するマンドラゴラポーションを手に取ると、その中身を少しだけ飲んだ。
魔力を回復するマンドラゴラポーションは体力を回復する癒しポーションより少しだけ希少だったが、大きな戦いの前だということで一瓶だけもらっていた。
「よし、魔力も回復したし、もう少しだけ練習しとくか」
ちょうどその時、ユタの目の前にふらふらと何かが舞い降りてきた。
それは龍のアギトの団長トリーナが伝達用に使用している鳥型の魏魂人だった。
「モモの予知により襲撃の日が割れた。討伐作戦に参加する者はただちにアジトに集合しろ」
トリーナの声で鳥はそう言い残すと魔力霧となって空気に霧散した。
ついに始まるのか……
ユタはこの先の戦いのことを考えると、緊張し体がこわばった。
―俺はたとえ何度死んでも生き返れる。だけど死ぬのは怖い! それにまたヌダロスみたいな手がつけられない敵がきたらどうすればいいんだ……―
あんな怪物はそう滅多に現れるとは思えない。しかしもし来たら、この街は終わりだろう。
「そうなったら、クレアだけでも連れて逃げよう。二人だけならすきを狙って逃げられるはずだ」
この世界で生きていくのに、ユタにはクレアという心の支えが必要だった。だから、万が一には大事な物を抱えて逃げ出そうと決めていたのだ。
「さて、アジトにいくんだっけ」
ユタは外にだしていた剣などの荷物を、自分の収納魔法にしまった。
アジトにはおそらく、作戦に参加する全冒険者があつまるのだろう。正直陰鬱だ。なぜなら会議に行ったらネーダにも会わなくてはならない。
ユタはネーダをずっと男だと思っていたので、女だと分かった時は少なからず動揺した。
ユタはあっちの世界の優等生優太でなく、この世界での自由な冒険者ユタでいることを好きになり始めていた。
それ故、あっちの世界の記憶である羽月理沙の面影の重なるネーダを、知らず知らずのうちに避けていたのだ。
―ジコマンなのはわかってるけど……どっちみち、あんなうそつきにはもう関わりたくない―
ネーダに対して少し言い過ぎたという気持ちもあったが、だからと言ってそれを謝ったりする気はユタにはサラサラなかった。
そしてユタは残りのマンドラゴラポーションを飲み干した。
「言われた通り急いで街へもどろう……空間転移」
ユタは呪文を唱えショートワープを何度か繰り返した後、フォレストモアのアジトへと向かった。
ユタが龍のアギトのアジトへ着くと、やはりそこには大勢の冒険者たちが集まっていた。
この前来た部屋とは違って小さめの体育館のような大勢が集まれる部屋に冒険者たちは集まっていた。薄暗くてよく見えないがユタは百人ほどの人間が密集しているのだろうと思った。
「クレアはどこだろう」
人ごみを見渡すが、人が多すぎてクレアの姿は見つからなかった。
そのうちに正面の方に台座に乗ったトリーナの姿を見つけた。
トリーナはこの前と同じく銀の鎧を身に着けていたが、兜を外すと集まった冒険者たちに対して頭を下げた。
「フォレストモアの冒険者たち、集まってくれてありがとう。これからの戦いはきっと壮絶なものになる。しかしそれを知ってなお、ここに集まったのは死をも恐れぬ勇者たちだ。どうかフォレストモアを守るために一緒に戦ってほしい」
すると、そこにいた冒険者たちはトリーナの言葉にこたえるように雄たけびを上げた。
「うおおおおおお もちろんだぜ団長!」
「団長ちゃんのためなら死ねる!」
集まった冒険者たちはトリーナの事を心から慕っているようで、彼らはトリーナに向かって雄たけびを上げ続けた。
「み、みんな……ありがとうございます!」
「団長、敬語が出ちまってるぜ」
「うう……そ、そうだったな ごほん、貴様ら、命を捨ててこい! 戦場が待っているぞ!」
「うおおおおおおお!!! 姫ええええええ」
―……オタサーかよッ―
冒険者たちの熱狂ぶりを見てユタはそんな風に思った。
彼らのあまりの士気の高さにユタは半ば呆れながら驚いていると、ふと見知った顔の人物がユタに話しかけてきた。
「どう? うちの団長はすごい人気でしょう」
振り向くとそこには魔法の剣や鎧で武装した姿のカトラがいた。
「ああ。……凄すぎてちょっと引くレベル。トリーナは前にあったときは兜で分からなかったけど女だったんだな」
「そうよ。素顔があんなに美人なんだから、兜なんてつけなければいいのに。でも彼女なりの騎士のこだわりとかで外さないらしいわ」
「ふーん」
そう言われてユタは改めて遠くのトリーナの顔を覗いた。
彼女の鎧ごしの話声の態度からは騎士らしい凛々しいものを感じていた。
雰囲気は町娘のような素朴な少女といった感じだったが、とても整った綺麗な顔をしていた。そしてその瞳には力強さのような凛々しさを感じた。
ユタはトリーナの顔をじっくり確認した後、カトラの方を向き、彼女の顔と見比べながらこういった。
「お前もおんなじ冒険団の希少な女なのに、こうも人気に差が出るんだなー」
「そうねー…… いや、あんたねぇ!」
「フッ 不憫な」
そう言った瞬間、ユタは思いっきりカトラからゲンコツをもらった。
「ふん。みんなあたしの美しさを分からないだけよ」
いや、そういうガサツなとこだろ……
あやうくまた口にでそうになったが、殴られたくなかったのでそっと口を閉ざした。
「でもね、トリーナが慕われてるのは可愛いからだけじゃないのよ。このグロリランド王国でも五指に入る大冒険団をまとめる統率力は本物よ。それに彼女は最強の冒険者で覚醒者でもあるわ」
また覚醒者? もしかしてそんなに珍しくないのだろうか。
「だけど本当に慕われてる理由は、彼女はいつもみんなの為にすごく頑張ってるからなの。あのいつもの変なしゃべり方だって、リーダーとしての威厳を出すためにわざとしてるのよ。彼女に命を救われた団員は何人もいるわ」
「そうなのか。トリーナは団員から頼られる真のリーダーなんだな」
「ええ、そうよ!」
ユタもかつては学校の生徒会長であった。自分なりにリーダーとして振舞っていたが、彼女ほど部下から慕われていたことはなかっただろう。
その差は一体なんだろう。
ユタにはまだ、考えてもその答えが分からなかった。
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