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第35話 ブレイクマスカレード

「やっちまえ!」


 冒険者たちは一斉にユタに向かって各々の武器を振り下ろした。周りを囲まれていたためこのままではユタは攻撃をよけられずにダメージを負ってしまうだろう。


 しかし、ユタは全く焦ってはいなかった。


 ―うっかりクレアを置いてきちゃったからな。まあ、巻き込みたくないし。うん、追いつかれる前に倒そうか―


 ユタは攻撃が当たるギリギリまで引き付けると、効果をイメージしながら呪文の式句を唱えた。


「空間魔法ッ 空間転移(テレポレア)


 するとその瞬間、その場からユタの姿は見えなくなった。そして冒険者たちの武器は何もない空間を空振りした。


「何っ どこ行きやがった?!」


「ここだっ」


 冒険者たちが慌てていると背後からユタが現れて、また一人の不意を突きダウンさせた。


 続いて他の冒険者がユタに殴りかかろうとしたが、その瞬間にまたユタはその場から消え去ると、今度は別の冒険者の背後から現れまた一人を倒した。


「く、空間魔法だと? 変な呪文を使いやがって、こざかしい! だが、空間魔法の呪文は全魔法属性の中でもかなり魔力を消費する属性だと聞いたことがある。さて、いつまで呪文を使い続けられるか。魔力がロストしたときは覚悟しろよ」


 リーダーの男はそういった。


 しかし仲間の冒険者達はユタの手によって次々と倒されていった。


 そしてついに、最後の一人が倒されて、残ったのはリーダーの男ただ一人だけになった。


「な、なんで」


 男は無残に横たわる仲間の姿を見て、動揺しながらこう言った。


「なんでそんなに魔力消費の激しい空間転移(テレポレア)を連発できる? お前の魔力は、まさか底なしなのか?!」


 それを聞くとユタは男の方にゆっくりと振りかえった。その時ユタの口には干し肉が挟まっていた。


 ユタはその肉を飲み込むと男にこういった。


「あははは この干し肉にはわずかだが魔力回復効果がある。これを食べてたから、俺は空間転移(テレポレア)の呪文を何度も使えたんだよ」


「な! そうだったのか……」


 冒険者の男は悔しそうにうなった。


 しかしそれは嘘であった。ブラフである。

 ユタには迷いの森で狩りまくったゴブリンから得た膨大な魔力量があり、ビアードの薬で抑制してある今でも空間転移(テレポレア)を数発はなつぐらいの量は充分にあった。

 だが今までの攻防でさすがに魔力がつきかけており、もう空間転移(テレポレア)を使うことはできなくなっていた。


「さあ、まだやるか?」


 ―魔力が思ったより持たなかった! さっさと消えろっ……―


 ユタは心の中を隠して、必死にブラフを張った。


「く、覚えてろ!」


 思いが通じたのか。男は仲間を置いてその場から逃走した。



 冒険者が去ると、ユタはほっと胸をなでおろした。


「ふう……いったか」


 もしあいつがあのまま向かって来たら、俺もかなり苦戦するはめになったから、逃げてくれて助かった。

 まあ、結果的に一人逃がす事になってしまったが、自分がやられるよりはましだ。


「ほら、おいで」


 ユタは地面の上で弱っているチ二イを手の上に乗せると、そっとネーダの元へと運んだ。


「ありがとう……本当に助かったんだぞ」


「いいって別に。まあ、困ったときはお互いさまっていうじゃんか」     


 ネーダはチ二イを受け取ると、胸のあたりで大事そうにかかえていた。

 見るとネーダもかなりぼろぼろに傷ついていた。


 そうとうこいつらに痛めつけられたに違いない。体中の怪我からネーダが一人で必死に抵抗する様が想像できた。

 ふとユタは、ネーダがいつも被っていた兜が頭の上から落っこちていることに気が付いた。


「おい、お前の兜も落ちてたぜ」


「え? あッ! ダメだ!」


 なぜだかネーダは慌てていたが、ユタは気にせず落ちていた兜を拾い上げるとネーダの元に持ってきてた。


「何でそんなに慌ててるんだよ。ほら、もってきてやったぞ。 ……へー、兜があって見えなかったけどお前ってそういう顔だったんだ。 …………………え?」


 その時のネーダの顔には、兜の上からも冒険者の攻撃のダメージが入っていたせいで大きな痣が頬にできていた。しかしユタの気を引いたのはもっと別のところだった。


 焦げ茶の髪を短く整えていたが、ぱっちりとした大きな瞳、特徴的な顔の骨格など。ユタにはネーダの顔がどうしても男の物には見えなかったのだ。


 ユタは驚き、ネーダの顔を見たまましばらく何も話すことができなかった。それはネーダも同様だった。


「え……? お前、お、お、女? だったのか? だって、俺が英雄の弟だって話じゃ」


「うん。ボクがカーダ兄さまの弟だって言うのは本当だぞ」


「じゃあ、ただ顔が女の子っぽいだけなのか」


「それは……違う。いろいろ事情があって」


「はあ? なんだってんだよ……」


「とにかく! ボクはユタを騙そうとしたわけじゃないんだよ。お願い信じて!」


 ネーダは冒険者たちから受けた暴力と精神的コンプレックスを打ち明かされたことによる不安からユタにすがった。


 ユタから見てその時のネーダは今まであった中で一番弱弱しく見え、前にネーダの夢を語る真っすぐな瞳にわずかながら憧れめいたものを感じていたユタはその姿を受け入れたくなかった。


「う、やめろ」


 自分の体にすがりつこうとするネーダを押しのけるとネーダは後ろに背中からこてんと転んだ。


 思いもよらず強く押してしまったので、彼女に謝り手を差し伸べようとした。しかし弱っていて必死だったこともあり、自分の主に敵意が向けられてると感じたチ二イが突如間に割り込むとユタに向かって威嚇を始めた。


「おい、やめろよ」


 しかし真向からの敵意を向けられていると、そのうちにユタは昔こうして女の子の前で同じように敵意を向けられたことがあったのを思い出した。本当に昔のことだった気がするのに。


 ―そうだった。俺もこのゴロツキの冒険者と何も変わらない。大人数で弱者をいたぶるクソだった―


 かつてユタがツヴァイガーデンに転移してくる直前の事、そのとき一緒にいた羽月理沙という学生とネーダの倒れてる姿が頭の中で重なった。


「あは、あはははは……」


 ―俺のしたのは偽善、仮初の正義。そう、俺の正体はこんなさ。気持ち悪いなあ―


「ユ、ユタ?」


「いやだね。俺はしんじない。俺はお前に何度も騙されたんだ! ……いや、そんなの関係ないか。……お前を見てると、嫌なことを思い出すんだよ!」


 すると、ちょうどその時、路地を回ってきたクレアがユタに追いついてきた。


「ユタッ 大丈夫? ここの倒れてる人、どうしたの? いったい何があったのさ」


「…………クレア。悪い、こいつの怪我の手当よろしく頼むよ」


「うん、分かった。 あええ、ユタどこ行くの?」


「ああ、俺は用事があってさ。そう、倒れてる他の冒険者には何もしなくていいよ。自警団の人間を呼んどくから。……じゃあ、まかした」


「ええっ? ちょっと!!」


 困惑するクレアをおきざりにして、ユタはその場から走り去った。いや、ユタは逃げ去りたかったのだ。現実と過去から。


※連載中なので本編ページの上部や下部にある「ブックマークに追加」からブックマークをよろしくお願いいたします。作者への応援や執筆の励みになります。



(補足)ユタが最初にチ二イの鳴き声を聞きつけ駆けつけたときは、テレポレアの呪文で建物など障害物を無視して瞬間移動したため、クレアより段違いで早くこれました。



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