第34話 名門グラディウス家の次男
気が付くとネーダは窮地に追い込まれていた。
おかしな理由で因縁をつけられたネーダは、武器をもった複数人の冒険者たちに報復にあっていた。
それなのに自分は剣を持っていないため、素手で殴ったりなどしてなんとか耐え忍んでいたのだ。
しかしネーダの体には武器によるダメージがどんどん蓄積していて、ネーダは今にも倒れそうなほどフラフラになっていた。周りの冒険者たちにはネーダの攻撃はほとんど効果は無いようだ。
「がはは、どうした? こんなものか?」
「くっ、卑怯だぞ! お前ら!」
傷ついたネーダを助けようと頭の兜の中にいたシマシマリスのチ二イが、兜の中から這い出ようともがいたが、それに気づいたネーダはチ二イを諫めた。
―出てきてはダメだぞッ 今、出てきたらコイツらにやられてしまうよ。 ボクは大丈夫だから、兜の中で隠れてて―
そうネーダがこっそり話しかけると、チ二イはしぶしぶひっこんでいった。
取り囲んでいる冒険者たちのリーダーの男は、ネーダを見てこう言った。
「がははは 英雄カーダの弟も大したことがないなあ! おっと、それは嘘なんだっけか」
「くっ……お前らなんか、ボクが剣を持ってれば、手も足も出ないんだぞ!」
「ちっ、嘘もいいかげんにしやがれ 魔法剣なんて使えないくせによ」
「ほ、ホントだぞ……!」
しかし男はネーダのいう事をまるで信じていないようだった。
すると武器を持った冒険者のうちの痩せた男が前に出てきてこういった。
「そいつ、嘘しか言ってないぜ。理由があるんだ」
「ほう」
そしてその痩せた男は武器を手放すと、式句だけの呪文を唱え魔力で精製された剣を作り出した。
ネーダはその魔法を見ると口を開けて驚き、同時に血の気の引いたような顔になった。それを見ると痩せた男は満足そうに笑みを浮かべた。
「おい、その魔法はなんだ。見たことないぞ」
「これは刀剣召喚と言って、みた通り魔力の剣を作り出す呪文なんだ。おれは知り合いの魔法剣士から教えてもらったんだが……、この呪文はな、あの名門グラディウス家が開発した新しい無属性魔法らしいぜええ?」
「ほう、ほうほう! なるほどな。あれえ、おかしいねえええ 魔力の剣を生み出す呪文なら、今こそ使い時だと思うのになあ? うーん?」
そう言いながら男はネーダの顔を覗き込んだ。
するとネーダの体はびくりと跳ねた。ネーダの戦意はもはや破綻し自分の顔を覗き込む男の視線におびえていたのだ。
「グラディウス家で開発された魔法なのにグラディウス家の人間が使えないなんてな~? それに無属性魔法なんだから素質が無い人間でも使える簡単な呪文だろ?」
「へい、魔力も大して使わないから生活呪文かと」
「ブッ… 一番下位じゃねーか。それなのに使えないのはやっぱりグラディウス家の人間ていうのが嘘っていうのか、よっぽど才能がないのどっちかだなっ がははは」
「ちげーねー! あっはははは」
周りを取り囲む冒険者たちは一斉にネーダのことをバカにして笑った。しかし今のネーダに彼らに反抗する力はなかった。
「違うもん……」
ネーダはぼそぼそとか弱い声でそう呟く事しかできなかった。周りから嘲笑が聞こえてくる。
「はいッ? 聞こえないよ!」
冒険者の一人がそう言うとネーダの事を思いっきりどついた。それをきっかけに周りの冒険者たちはネーダをまるでサンドバッグのようにどつきまわしだした。しかしネーダは抵抗しようとしない。
ネーダは刀剣召喚を使うことができなかった。しかしそれはグラディウス家でないからではなく、ただ使えないだけ。それは己の未熟さから来るものであった。そしてネーダはそのことを恥じていた。
「おら、どうした!」
チ二イは今までネーダの言いつけを守り兜の中でじっとしていたが、一方的に叩かれるネーダを見てついに我慢できなくなると、兜を押しのけ飛び出しネーダを守るように彼らの前に立ちふさがった。
「きゅい!きゅい!」
チ二イは背中の毛を逆立たせ冒険者たちを威嚇した。
「チ二イ! 出てきちゃだめだ!」
しかし冒険者たちはすでに足元の小さな獣に気が付いた後だった。
次の瞬間、周りにいる冒険者の一人がチ二イを思いっきり蹴りつけた。チ二イは短い悲鳴をあげて空へと舞い上がった。
「なんだこの生き物、どこから出たんだ? ああ、お前のペットか。おりゃあ」
「やめろよ! チ二イ、チ二イ!」
無残に地面に落ちたチ二イは起き上がろうとするも、複数の冒険者たちによってふたたび蹴られだした。
ネーダはチ二イに駆け寄ろうとするとも両脇からがっちりとおさえこまれてしまった。
「おっと、うごくなよ。お前はそこで自分のペットが殺されるのを見ていやがれ!」
「やめろっ はなせーー!!!」
チ二イを守ろうとして、ネーダはつかまれてた腕を振りほどこうと必死にもがいた。
どうにかして自分をつかんでいる冒険者の片方の腹に肘打ちを食らわすと、もう片方の腕も振りほどき拘束をのがれることに成功した。
その拍子に頭から兜がずれ落ちてしまったが、ネーダはそのことにも気づかず、まっすぐチ二イの元へと駆けた。
しかしチ二イのことで注意がそれたネーダに対し、冒険者の一人が、ガラ空きになった後頭部に目掛けておもいっきり鈍器で殴りつけた。
「あ……!」
不意打ちを受けてネーダはその場でひざから崩れ落ちてしまった。ネーダの周りに続々と冒険者たちが集まってくる。
冒険者のリーダーの男が今にも倒れそうになっていたネーダを、髪の毛をつかんでぐいっと持ち上げると、自分の顔の前に持ってきてこういった。
「もうわずかな力も残ってないようだな へ、だがもうちょっと遊んでもらうぜ 英雄の弟ちゃんよ!」
魔物のように下卑た笑みをうかべながら冒険者たちはネーダに近づいて来る。ネーダは恐怖で目を閉じた。
「き、きゅいーー!!!」
冒険者たちがネーダの方に行ったおかげで解放されたチ二イは、自らの友のためその小さな体からでているとは思えないような大きな声で叫び続けた。路地裏に悲痛な悲鳴が響く。
「ち、このネズミ。うるさいんだよどっかいけ!」
「きゅいっ! …………」
冒険者が再びチ二イの事を蹴り飛ばそうとしたその瞬間。どこからともなく、一瞬でそこに現れたユタが冒険者の蹴りをその身でふせいだ。
「な、なんだお前! どこから現れた?!」
「だまれモブ」
そういうとユタはいきなり目の前の男を殴り飛ばした。
すると異常に気付いた冒険者たちはぞろぞろと集まり、今度はユタのまわりを取り囲んで逃がさないようにした。
「お前は……あの時こいつを逃がしたやつだったな。つまり仲間ってわけだ。ちょうどいい。お前にもムカついてたんだ。いっしょにぼこしてやる」
リーダーの男はユタにそういうと仲間たちに攻撃を仕掛けるよう合図していた。
だがその時ユタは他の事を考えていた。
ユタの目線の先には二つ。何度も蹴られて血だらけの姿で横たわるリスの姿と同じくボロボロの姿のネーダだった。
チ二イが必死に叫んでくれたおかげで表通りまで鳴き声が聞こえ助けに来ることができた。
ネーダとは仲間というと微妙な関係だ。
肉を盗まれた恨みもあるし、今はなぜだか無視されている。
それにまだ知り合って日も浅い。
「…………」
ネーダをあまり助けるメリットが少ないように思えてきた。
しかしここはあえて友人として助太刀しておこう。
そう思うとユタはごろつき冒険者達に向かい合い、戦闘の構えをとった。
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