第29話 戦いの準備
「ネーダ!」
ユタは何度かネーダに呼びかけた。しかしまるでユタのことを避けるようにしてそそくさとその場から去ってしまった。
「なんだってんだ一体……」
明らかに避けられている気がした。だが、その原因にユタは覚えが全くなかった。
「ユタ、大丈夫っ? 団長さんが呼んでるよ」
クレアに呼ばれたユタは、一旦ネーダの事を考えるのは後回しにすると決めた。そして元いた部屋の中へと戻った。
龍のアギトの団長トリーナは、団の予知能力者によると魔物の大発生が起こるまではあと十日ほどしかない、と言った。
十日経ったらこの街にあるたくさんの魔道具や、魔物の大好きなたくさんの人間を求めて、奴らは大挙して攻めてくる。それまでに冒険者で総力をあげ、迎え撃つ準備をしておく必要があった。
トリーナは魔物との戦いに備えて、ユタとクレアに自らの魔法を鍛えておくように命じた。
「カトラ、たしかクレアは風の呪文が使えるんだったな」
「うん、そうよ 私の炎の呪文とのコンボでゴブリンを倒したの」
「そうか……だったら彼女はパユから一度魔法を教わるといい。パユ、頼めるか」
するとトリーナの右にいた長身の優男の冒険者がうなずいた。
「もちろん、お安いご用ですよ」
パユはクレアにこういった。
「私も少し風の呪文が使えるのです。だからお役に立てる事があると思いますよ」
「は、はい! おねがいしますっ」
クレアが慌ててたどたどしくお辞儀をし、パユはニコリと微笑んだ。
パユは謙虚に少しだけ魔法が使えると言った。だが団長の横にいるという事は、おそらくあの二人は団の幹部クラスのハズだ。きっと魔法の実力も相当だろう。
トリーナは次にユタにも魔法をきたえるように言おうとしたが、ユタが戦い向きの魔法を使えないと分かると代わりにこう言った。
「お前はカトラに、剣を見てもらえ。彼女は団の中でもかなりの使い手だ」
それを聞くとカトラは、握手を求めスッと手を差し出した。
「改めてよろしく! まあ、団長ほどの腕前ではないんだけどね」
「ああ。こちらこそよろしく頼むよ」
その後ユタとクレアは、それぞれのパートナーと魔物の大発生までに修練の約束を決めると、龍のアギトのアジトから出て行った。
二人が出て行った後、トリーナの側にいたもう一人の幹部冒険者―ラッツは頭をかきながらこうぼやいた。赤いロングスカートを着てイスの上で胡坐をかいている。
「ケッ オレには任せてくんないんだもんな団長……そんなに頼りないのかー」
「ふっ あなたはガサツですからね。器用な私と違って手加減などできないでしょう」
「なんだとーっ テメエやる気か!」
見た目も性格も正反対のパユとラッツの二人は、何か事ある度に片方がつっかかり、すぐ喧嘩になっていた。冒険団の中でも二人の不仲は有名だったのだ。
「もう、やめなさいよ二人とも。 またそうやってえ」
「だってッ こいつがオレのことアホだっていうんだぜ」
「そんなことは言ってないでしょう」
二人の話を聞いていると、パユは少し前に先にアジトを去ったもう一人の冒険者のことを思い出した。
「そういえばあの少年少女二人の他に、もう一人兜をかぶっていた子がいましたよね。団長、あの子の力は見なくていいんですか? いざ戦いになったときに、もし足手まといになっては全体の戦況にも影響する事もありますよね」
「そ、そうだぜ なんならオレが……」
しかしトリーナはラッツの言葉を遮ってこう言った。
「いや、必要ないだろう。だって彼はあのグラディウス家の次男だと聞いているから」
「なるほど。あの魔法剣士の家系として有名なグラディウス家ですか……今は救国の英雄カーダの名前の方が有名かもしれませんね」
パユはトリーナの話にうなずいた。
「ケッ それならたしかにオレの出番はねーな。ああーあっ つまんね」
「ふっ あなたはやっぱりガキですねー」
「なんだとーっ テメエやる気か!」
性懲りもなくラッツとパユは、また二人で喧嘩を始めそうになった。
するとみかねたトリーナが鎧の中から威圧感のある気迫を放った。するとすぐさま二人を静かになった。
「モモによれば魔物の襲撃まであまり時間は残されていないだろう。他のみんなにもできる限り街の防衛強化と見回りを徹底するよう、おねがいします」
「「了解!」」
ユタとクレアは団のアジトを出た後、二人で少し話をした。
やっぱり大討伐に参加するなら、たくさんの魔物と戦うことになるだろう。
その場合、やっぱり今の村人の生活着では、戦いに赴くには心もとなく感じたのだ。
二人は、前にカトラといっしょに行った魔道具屋を訪れ装備を新調することにした。
「お……、お前らやっぱり来たな」
魔道具屋の店主のキルシュは店に入ってきたユタ達を見るなりそう言った。
「ああ、厄介事に巻き込まれちゃってな」
「そうか……まあ、それでおれの店の防具を買ってくれるんなら、おれにとっては吉報なンダラ」
そういうとキルシュは店の奥から何か大きな包みをいくつか取り出してきた。
「はあ、でも俺たちはまだ何を買うか決めてないんだゼ」
「だいじょうぶだ。もうおれがお前らの装備は選んである」
キルシュの言葉をユタとクレアは二人とも理解ができずに顔を見合わせた。キルシュには事前に装備を買いに来る事を伝えていたわけでもない。それなのに二人分用意してあるというのはおかしいからだ。
するとキルシュがこういった。
「長年魔道具屋で冒険者相手に防具やら武器を売っているとな、客を見ただけでそいつがどのくらいおれの防具を必要としているのかが自然と分かるンダラ。で、中でもお前らはピカイチさ。最初見たときから絶対また来るって分かってたね」
作業用のマスクごしでも声の調子から、キルシュがにやりと笑みを浮かべているだろうというのが分かった。
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