第26話 優雅なる朝食
宿屋の看板娘ココにお風呂場に連れて行かれた後、クレアはそのまま日が沈むまでお風呂から出ようとしなかった。
久々のお風呂だったのでずっと楽しんでいたかったのだという。
そういうわけで、昨日はそのまま「黄金果実亭」に泊まることになった。
部屋はクレアとの相部屋だった。
しかし、既に二回ほど野宿で夜を共にしている身としては、今更このご褒美ともいえるシチュエーションに対しても、とくに思うこともない。そう。決して。
それよりも旅の疲れもあり、久々に柔らかい寝床で寝られた事で、あっという間にユタは夢の中に入ってしまった。
朝、目が覚めると朝食の支度が既にできているようで、食堂から何やらとてもいい匂いが部屋までしてきて、その匂いでユタは目が覚めた。
クレアも朝食の匂いにつられたのか、ユタよりも早く、とっくに目を覚ました後だった。
「……美味しそうな匂いがする。なんだろ、はちみつかな それとお肉と野菜のスープと、果物もありそう……」
鼻をクンクンさせてうっとりしたようにクレアは呟いた。彼女につられてユタも階下から漂ってくる朝食の匂いに嗅覚を働かせた。
「なんだか、お腹が減ってきたな そう言えば昨日までは森で野宿だったから、まともな食事は久しぶりかもしれないな」
すると突然クレアのお腹からきゅるると音が鳴るのが聞こえた。先ほどから美味しそうなにおいに食欲を刺激されて、それをずっと我慢していたのだった。
「えへへ、実はお腹すいちゃってて 先に食べに行ってもいいかな」
「ああ、うん。いいよ 俺も準備できたらいく」
「分かった、ユタも早くきてねっ」
そう言うとクレアは部屋を出て朝食のある食堂へと向かっていった。
ユタも身支度を終え食堂へ行くと、そこにはまだ朝早いというのに多くの人々がいた。
黄金果実亭では美味しい食事をそれほど高くない価格で味わえることが出来たので、特に市場の商人や冒険者たちに人気のある店だった。
ユタは配膳棚からパンと温かいスープ、そしてデザートに果物を受け取るとそれらをクレアと一緒に食べようと思い彼女を探し始めた。
きょろきょろと周りを見渡していると食堂の一角からなにやら一際騒がしい集団を見つけた。
―うるさいなあ―
ユタは怪訝な顔になりながら集団をじろりとにらみつけた。
するとその中に見知った顔があるのに気が付いた。
そいつは食堂にいた冒険者たちと意気投合して、何やら楽しそうに会話をしていた。
「いいか、兄さまはとってもすごいんだぞ! 兄さまの剣は金剛石だって真っ二つだし、どんな魔物にだって負けないんだ。それにとってもカッコいいんだぞ」
兜を被った少年は興奮気味になって、いっしょに話をしていた冒険者にそう語っていた。
その時ユタは、その少年が森で自分の肉を奪った奴と同じだという事に気が付いた。側にはシマシマリスのチニイもいた。
すると少年の話を聞いていた冒険者たちの一人うちの、中年ぐらいの男は小ばかにしたようにフッと嘲笑するとこういった。
「おいおい、金剛石を真っ二つは言いすぎだろ? 俺らは長年冒険者をやっているがそんなに剣が使えるやつは見たことないぜ」
男の仲間たちも賛同してヤジをとばす。
「ああ。第一な、金剛石なんて剣で斬れるわけないんだよ。あほか! もったいないわ がははは」
「そりゃそうだ。あははは」
少年は冒険者たちに笑われると、とても悔しそうにしていた。
「本当だもん おい、信じろよぉ!」
「ぼうず、大人をからかっちゃいけないぞ。もしそんなことが出来るとしたなら、それは王都の騎士団長様か、かの有名な冒険団グングニルの団長様ぐらいじゃないか」
「あ、そうそれ! それがボクの兄さま!」
冒険者の言葉に反応して兜の少年はそう嬉しそうに答えた。
しかし冒険者たちは少年に馬鹿にされているのだと勘違いをして、みな不機嫌になっていた。
「おい、ぼうず。あんまり調子に乗るのもいい加減にしろよ 子どもの内から嘘ついてると将来は詐欺師か盗人だぞ」
「おっさん達、何をそんなにおこっているんだ ボクは嘘なんてついてないぞ」
「……ちょっと痛いめ見ないと分かんないか」
そういうと冒険者たちは椅子から立ち上がって各々に少年の周りを取り囲んだ。中には武器をとりだした者もいた。
―ちょっとまずくないか―
場の雰囲気はかなり危なげだ。
少年に対しては燻製にするはずだった肉を食われた恨みもあった。
しかしだからといって、流石にこれから複数人の大人から暴行されるかもしれない現場を見過ごすほどは恨んではいなかった。
ユタは手に持ってた食事を置くと、さっと集団の中に入りこんだ。そして冒険者に囲まれていた少年ネーダの手を掴んだ。
「お前は!!?」
手を掴まれハっとし、ユタの顔を見た少年は驚いた。
しかしユタは少年の事などお構いなしに、一人でこの場を乗り切るための即興劇を始めた。
「あれーこんなところにいたのか弟よー。さがしたぞ、さあ、母さんが待っている。早く帰ろー」
そうしてユタは少年の手を思いっきり引っ張ると、そのままその場から一目散に逃げ出した。
「…………アッ 待て!」
一瞬あっけにとられて動けないでいたが、冒険者たちも二人の後を追って黄金亭を出て行った。
その頃、クレアはというと、一人で食堂の食事を満喫していた。
香ばしく焼けたパンをスープにひたし、ほどよくふやかしてら口に運ぶ。
「ううーん、パンにスープのお肉の味がしみてておいしい! ユタも早くくればいいのにっ」
そうしてクレアはおかわりを頼んだ。
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