第25話 フォレストモアの女冒険者
三人は無事にフォレストモアまでたどり着いた。
案内をしてもらう約束をしていたユタとクレアは、用事があると言っていたカトラの行きつけの魔道具屋まで一緒について来た。
店のたたずまいは古めかしく土地に昔からある老舗といった感じだったが、聞いたところによるとこの魔道具屋は、世界中に系列店を展開しているいわゆるチェーン店なんだそうだ。
店内はそこまで広くはなかったが、グロッチ村でも見た事のない様々な魔道具が置いてあったので、ユタとクレアはそれらに食入るように見入っていた。
カトラはこの魔道具屋には何度も来ている常連客だった。
「キルシュ、魔道具の素材を持ってきたからまた買い取ってよ」
彼女はそう言い袋から魔物の皮や野草を取り出すと、荒々しくカウンターに置いた。
「あ゛……また来たンダラか」
店の奥からそのような低い声が聞こえてきたかと思うと、のそのそとした動きで作業着で身を包んだ男が現れた。
金属を加工する時にするような覆面のゴーグルをつけていたので、素顔は全く分からない。
キルシュと呼ばれた男は、カウンターに置かれた魔物の皮や野草を、自前の拡大鏡を使いながら一つずつ鑑定していった。
「これはイヤシクサで三つで銅貨十枚、十マジカもらうンダラ。こっちの皮はフライキッスの羽か。二つで銅貨二十枚、二十マジカだ」
キルシュはゴーグルをつけたまま視線を合わせず事務的にそう伝えた。その様子はお世辞にもいい接客とはいえない。
「ねぇ…ちょっと安くないかしら? うふんっ どう? もう少しサービスしてくれない?」
突然カトラはカウンターに身を乗り出し、体を蛇のようにくねくねさせながらそう言った。
―もしかしてあれは誘惑して値段交渉しようとしてるのだろうか。ぜんぜん色気がないぞ―
キルシュもユタと同意見だったようで、彼はこういった。
「あ゛……? もう用が無いんなら早くけえれ。邪魔なンダラ」
「チィーーッ!!!」
カトラは無駄に強く舌打ちを打つと、店のドアを開け外に出て行った。カトラが店を出たことに気が付き、二人も魔道具屋を出ようとした。
「行こうクレア」
「うんっ あ、お邪魔しましたっ」
しかしキルシュは突然二人を呼び止めるとこう言った。
「お前ら、見ない顔だが新しく街に来た冒険者か?」
ユタは旅ならしてるが、冒険などというワクワクした響きではないと思っていたし、まして冒険者などという者も知らなかった。そこでクレアに尋ねた。
「クレア、冒険者ってなんなんだ」
「カトラさんみたいな人達のことだよ。街や村なんかで困っている人を助けたり、暴れている魔物を倒したり、希少な魔法のお宝を探しにいったりするんだって。おじいさんが言ってたよ」
すると二人の会話を聞いていたキルシュはこういった。
「なンダラ、お前ら冒険者じゃないのか。それならその貧弱な装備でも問題はないな」
「貧弱な装備だって?」
「ああ、魔物と戦っても、その装備じゃすぐに致命傷ンダラ。だがもし戦闘することになったら店に来い」
確かに二人の服装は村を出た時から変わっておらず、長い旅には少し心もとなく感じた。
しかし戦闘においては今のところ不自由は感じていなかったし、なにより新しい装備を作ってもらうだけの金銭が無かった。
「俺たちには必要ないな」
「そうか……」
ユタ達はそれとなく断ると、そのまま店を出た。
その後、二人は先に魔道具屋を出ていたカトラと合流すると、約束通り彼女にフォレストモアの街を案内してもらった。
「やっぱりフォレストモアに来たら大市場が目的よね」
「え、違うけど」
「そうなの? でも絶対行くべきよ。あんたさては田舎ものね」
カトラはユタにそう言うと、半ば強引に大市場という場所へと二人を案内しだした。
彼女が言う大市場はフォレストモアの名所らしく、各地から集められた食材や魔法の品の数々が毎日たくさん取引されているのだという。
遠くの方から市場に流れてくる珍しい品を求めてやってくる者も少なくないのだとか。
「あたしのこのポンチョも、大市場でたまたま手に入れた物なの。これ、妹とおそろいなのよ」
そう言うとカトラは見せびらかすように服を揺らしくるりとまわってみせた。
「どう、かわいいでしょ」
「あはははは……そうなんじゃないか」
ユタは実際にカトラの恰好はまあまあ可愛らしく思っていたのだが、カトラが自分で自分のことを可愛いと聞いてきたので、少しあきれてしまっていたのだった。
「うんっ 可愛い! いいなー 私もその服欲しいかも」
クレアは頷きながらカトラにそう言った。
「あー……あたしが手に入れた時には私と妹で二着しか売ってなかったのの」
「そうなんだ。ちょっと残念」
「でも、他にもきっと、クレアちゃんの気に入る物はあるわよ」
「ふうん、そっかっ へへへ、なんだか楽しみになってきたよ カトラさんありがとう!」
「かしこまらなくても呼び捨てでいいわよ たぶんあたしたちそんなに歳違わないでしょ だから、あたしもクレアって呼んでいいかしら」
「うん! いいよ、カトラ よろしくね」
二人はそう言うと互いに微笑みあった。
その日、大市場にはクレアの欲しい可愛い服は出品されていなかったが、それでも二人は市場を回り買い物を楽しんでいた。
市場には元の世界には無い奇抜な形をしたアイテムや食料など珍しい物もたくさんありユタもとても満喫できた。
ユタとクレアが商品を見て楽しんでいるとカトラがこういった。
「けどさ、フォレストモアに来たのは大市場が目的じゃないのよね。何かあるならそこにも案内しようか?」
それを聞いて二人ははッとして互いに顔を見合せた。
大市場の観光に夢中で二人とも本来の目的を一時忘れてしまっていたのだ。
「そうだ! お風呂っ お風呂に入らなきゃ。ずっと野宿で体を洗えてないもの」
「いや、そうじゃないって…………」
俺たちの目的はムーン帝国に行くことだ。そしてこの街ではその手段を見つけに来たのだ。
クレアはユタに指摘されるとてへへと情けなく照れていた。
ユタはその事をカトラに伝えた。すると彼女は渋い顔になってこういった。
「ムーン帝国ねえ、あそこは今、入国を規制されててA級の冒険者か王国騎士団しか出入りできないの。一部例外もあるけど…………」
「そうなんだ…………」
帝国に入れないと分かるとユタ達は落ち込んだ。しかし二人の様子を見て彼女はこういった。
「待って、例外もあるって言ったでしょ あたしに時間を頂戴。ちょっとなんとかしてみるわ」
「カトラ……ありがとうっ」
その後カトラは二人を彼女のおすすめの宿屋「黄金果実亭」まで案内した。クレアが街に待った体が綺麗に出来る風呂付の宿屋だ。
「いらっしゃい、ようこそ黄金果実亭へ! お食事ですか、それとも宿泊?」
「あ、あの、この宿にとっても綺麗なお風呂があるって聞いたんですけどッ!」
宿屋に入ると小さな女の子が俺たちを出迎えた。この宿の看板娘だそうだ。
村を出てからずっとお風呂を我慢していたクレアは興奮しながら女の子に催促をした。
「え、ええ……ありますよ うちのお風呂はグロリランド王国全体の宿でもかなり立派な方なんです!」
「本当! 早く、早く入りたいっ」
「ええと、それならまずは宿泊分のお代をもらえないと」
クレアに催促されて女の子は困惑していたが、そこでカトラが事情を説明した。
「ココちゃん この人達はあたしの恩人なの。悪いけどクレアちゃんを先にお風呂に案内してあげてくれない?」
「カトラさんの知り合いだったんですか。わかりました! では先にご案内しますね」
それを聞くとクレアは無理を言ったかなと思い少し申し訳なくなったが、それよりお風呂に入りたい気持ちが強かった。
「やった! ありがとう、カトラ、ココちゃん」
ココはユタ達に待つように言うと、喜ぶクレアを店の奥へと連れて行った。
「そうだ カトラさん、たまっているお食事の返済分はお早目に」
去り際にココはカトラにそう言った。
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